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~とある日、とある宿屋での出来事~

お疲れ様です!!


ブックマーク三百件突破記念として特別投稿させて頂きますね。


少々長めの文となっておりますので予めご了承下さいませ。




 タイトルに記載した通り、とある日の出来事がこれから始まります。本編に一切絡む事はありませんので寛いで御覧頂けたら幸いです。




























 この世で生きとし生ける者であるのならば誰しもが持つ欲の一つに食欲というものがある。


 この食欲というものは頑張って生きて行く為に必要な栄養を摂取する様にと、頭が体にその命令を下す事によって生じると言われている。


 私は腹が減っているのだと激しい自己主張を叫ぶ者も居れば、それに対して霞を食べて慎ましく生活している仙人の様に全く腹の虫が鳴らぬ者もいる。



 つまり、人によってその欲の強さは変わるのだ。



 私の場合は……。まぁ恐らく前者に当て嵌まるでしょうね。


 未だ見ぬ素敵な料理を求めてえっこらよっこらと海を越えて来たのだから。



「ケプッ……。うふっ、可愛い幸せな吐息が漏れちった」



 微妙に薄汚れている宿屋の一室のベッドの上。


 十人いればその内の九人がアイツはだらしない恰好を取っていると断定出来る姿でまぁまぁ膨れたお腹ちゃんを一つ撫でてやる。



「部屋に帰って来てからずっと食べていたけど、やっと食べ終えたの??」


 左隣りのベッドで寛ぐ灰色の狼が顔を上げて私の顔を若干呆れた瞳で見つめる。


「ココナッツのパンはどれもすべからく美味いけども。流石に十個平らげるのには時間が掛かっちゃったわね」



 あの姉ちゃんが毎度贔屓にしてくれて有難う御座いますって割引して貰ったから物凄く安く買えたのだ。



 焼けた小麦の香りが漂うパン屋の中に浮かぶ快活な笑みに誘われて用も無いのに足を運ぶ男も大勢居ると聞いた。


 乾いた心を満たす為に足を運ぶのか将又、己が食欲を満たす為に訪れるのか。


 人によってその目的は異なるが私の場合は当然!! 腹を満たす為にパン屋に足を運ぶのだ。


 当たり前でしょ?? 心潤う笑みを見ても腹は膨れないのだから。



「十個……。マイ、貴様は限度という言葉を知らぬのか??」


 強面狼が翡翠の瞳をキュっと尖らせる。


「知らん!! 私の胃袋は正に天井知らずなのさ!!!!」



 龍の姿に変わり、両の翼をガバっと左右に広げて仰々しく叫んでやった。



「誰のお金で食えたと思ってんだよ……」



 私の行動と言動にちょいと苛立ちを覚えたのか。


 我が親友が己のベッドで仰向けの状態で横になり、宿の待合室から持って来た雑誌を読みつつ呆れた吐息を零す。



「べ、別に良いじゃん!! 困った時はお互い様って言うでしょ!?」


 超絶カッコいい龍の翼をはためかせてふわりと浮かぶと、そのついでにユウのお腹ちゃんの上に着地した。


「あたしが困った時、お前さんは助けの手を差し伸べてくれたかい??」



 超格好良く着地を決めた私に一切視線を送らず、両手で掲げている雑誌の文字の海へ視線を泳がせながら話す。



「あ、あぁ。沢山あり過ぎてどれから話そうか迷っちゃうわね……」


「マイちゃん。直ぐにバレちゃう嘘なら言わない方がマシだよ??」


「黙れ小娘がっ!!!!」



 全く!! 体の半分は優しさで出来ている私に何て台詞を吐くのだ!!



「マイちゃんと私はそれほど年が変わらないのに小娘って……。ねぇ――、アオイちゃん。そこはレイドのベッドだよ??」



 お惚け狼が自分の利用しているベッドから降りると。



「んぁっ……。はぁぁ――……。レイド様の香りが染み込んだこの枕……。この世の全ての金銀財宝よりも価値がありますわぁ」



 ボケナスのベッドの上で悶えている蜘蛛の足をタフタフと叩いた。


 おっぇ……。きっしょ!!


 ボケナスも可哀想だな。


 あぁんな気持ち悪い女が悶え打った後のベッドで眠らなきゃいけないのだから。



「レイド様が私の香りを嗅いで眠られる様にしているのです。貴女は大変獣臭いのですから近付かないで下さいましっ」



 獣臭い。


 この言葉に反応した一頭の灰色狼の両耳がピンっと立ち、勢いそのまま蜘蛛の体の上に覆い被さってしまった。



「そこまで臭くもん!!」


「お、お止めなさい!! どこに鼻を突っ込んでいるのですか!!」


「アオイちゃんの胸の間だよ!! ほぉ――!! 相変わらず良い匂い!!」


「あ、あははは!! 舌は卑怯ですわよ!!!!」



 ちっ、うるせぇなぁ……。


 こちとらユウのお腹ちゃんの上で食後の寛ぎを満喫しているってのにテメェの金切り声を聞いていたら休めねぇだろうが。


 大馬鹿野郎共の総大将である私がビシッ!! と超絶カッコいい台詞を吐いて黙らせてやろうとした刹那。



「なぁ、カエデ。レイドは何時頃帰って来るって言ってた??」


 ユウがいつものベッドの位置で壁に背を預けて本を読んでいる海竜ちゃんへ質問した。


「夕方以降になると言っていましたよ」



 ほぉん……。次の任務の説明を受けに行くって言っていたし。それ位かかるかもね。



「任務の説明も大変そうですが、それより辛いのは報告書との近接格闘でしょう。自分に与えられた少ない時間を使って大量の仕事をこなさなければならないのですから」



 カエデが壁に背を預け、両膝を折り曲げて座る姿勢を保持したまま口を開く。



 おぉ……。もうちょいで長いスカートの中身が御目見えしそうだ。



 長いスカートからにゅっと伸びた白く美しい足が急角度で曲がり、その二本の足の間には猛烈に興味を惹かれてしまう空間の存在が確認出来る。


 アイツが部屋を出た時に着替えを済ますという暗黙の了解が私達の間にはあるのだが……。


 本日はぐ――すかと眠っていたのでカエデの着替えを見逃してしまったのだ。


 倫理観と風紀に重きを置く私は大馬鹿野郎共が着用している下着にも気を配らなければならんのよ。



 まぁっ、これは建前でぇ。本音は超堅物である海竜ちゃんがどんな下着を履いているのか気になるのさっ。


 真面目そうに見えてエゲツナイ柄の下着とか履いていないわよね??



「……っ」



 興味半分、面白半分という妙にワックワクした気持ちを胸に抱いてユウの腹の上を匍匐前進して絶好の位置へ移動していると。



「我々の役目は彼に余計な苦労を掛けない事です。――――。マイ、それ以上進めば命の保証はしませんよ??」


「ぬぉっ!?」



 あ、あっぶねぇ!!


 足と足の間の隙間を覗こうとしたら先端が鋭く尖った氷柱が飛んで来やがった!!



「あ、当たったら危ないじゃん!!」


「直撃しても二日間苦しむ程度の威力に減少してあるので安心して下さい」



 いやいや、二日間でも結構な威力だからね??


 安心の意味を履き違えた海竜ちゃんの下着を見る事は叶わず。



「ちょっとユウ。さっきから何見てるのよ」


 えっさほいさと匍匐前進を再開して超巨大な山の麓に到着した。


「あ?? これ?? 宿屋の待合室に置いてあった雑誌なんだけどさ。その中身が意外と面白くて」


「ふぅん……」



 どんな面白い文字が書いてあるのか。


 多大なる興味を覚えた私は世界最高峰の寝心地を提供してくれる我が親友の体の上で仰向けの状態へと移行。


 ユウとほぼ同じ姿勢となって文字を咀嚼し始めた。



『男性が喜ぶ女性の何気ない仕草はこれ!! 彼と一緒に出掛けて時にさり気なく行ってみよう!! 普段との差異も効果的だぞ!?』



 てっきり美味しいお店の情報が書かれているかと思ったけども……。また微妙に役に立ちそうにない情報が羅列してあるわねぇ。



「なぁ!! この男性の袖をクイクイと引っ張る仕草とか良くね!?」



 ふぅむ……。成程。


 ユウは男性心理を理解したいが為に無駄な努力をしているのか。



「ユウ、あんたが頬を朱に染めて袖をクイクイと引っ張ったら相手が倒れてしまうから止めておきなさい」



 怪力爆乳娘は見た目に反してちょいと初心であり、体の中で沸々と湧く緊張感を誤魔化す為に異性が着用する袖を引っ張ったらどうなるのか。


 その結果は彼女の力を知っている者なら自明の理なのさ。



「はぁっ?? 流石に袖が千切れる位に留めておくよ」


 それでも十分におかしくね??


「じゃ、じゃあこのさり気なく相手の体に触れるってのは!?」



 またこいつは性懲りもなく……。



「そこの破廉恥爆乳女、耳をよぉぉくかっぽじって聞きなさい。乙女心をさり気無く醸し出したいのは痛い程理解出来るけども。高揚と緊張が混ざり合った何とも言えない感情が湧く体で相手の体を叩いたらきっと、ううん。確実に骨の一本や二本は折れちゃうのよ」



「だから、ヒビ程度にしとくって」



 こ、こいつはどうしても相手の体を破壊しなければ気が済まないのだろうか??


 そういう結果に至る時点で乙女って範囲から逸脱していると自覚して貰いたいものさ。



「ねぇ、ユウちゃん!! 私にも見せて――!!」


「ケ、ケ、ケダモノめっ!!」



 ボケナスのベッドの上で淫らに乱れた着衣を直す蜘蛛を他所に、一頭の灰色狼が満面の笑みを浮かべて私の視界の端からニュウっと現れた。



「いいぞ――」


「ふむふむぅ……。ユウちゃんならぁ……。おぉ!! この色気ある上目遣いで相手を見つめるってのはどう!? これなら怪我をさせる心配もないよ!?」


「いいねぇ!! ちょっと練習してみるか!!」



 ユウがベッドの上に雑誌を置くと勢い良く立ち上がり。



「カエデ!! ちょっとあたしの事を上目遣いで見つめて!!」


 美味しそうに本の文字を咀嚼している彼女に手本の指南を求めた。


「上目遣いですか??」


「そうそう!! 恥じらいと色気。それが美味い塩梅で混ざり合った感じで!!」


「ふむっ、面白そうですね」



 カエデが静かに本を置くと大変静かな足取りでユウの前へと進み。



「――――。ふぅっ、今日はちょっと疲れちゃいましたね」



 女でも思わず心がキャア!! っと可愛い声を叫び。頬を朱に染めてしまうきゃわいい瞳を浮かべた。



「お、おぉ。そ、そうだな……」



 彼女の上目遣いはかなりの威力を有している様で、その直撃を受け止めた乳牛が小恥ずかしそうに頬をポっと赤く染めていた。


 吸い込まれてしまいそうな藍色の瞳に囚われたら最後、目が離せなくなってしまいますぅってか。


 顔も良ければ目も可愛いし、それに付け加え守ってやりたくなる丸みを帯びた肩幅が心の中に潜むナニかを猛烈に引き出すのだろう。


 正にあれこそが女が取るべき仕草なのかもしれん。



「上目遣いは相手に守ってあげたいと思わせる効果もあるそうですよ??」


「はいは――い!! じゃあ私もやりま――す!!」



 狼の姿のルーがユウの前へと進み。



「えへへ。今日はちょっと帰りたく無いなぁ……」



 テメェは一体どんな場面を想定してその台詞を吐いたんだ?? と。思わず首を傾げたくなる言葉を放ち、クゥンと一つ寂しそうに鳴く。


 その台詞を吐くのは百年早いぞ、お惚け狼めがっ。



「う――ん……。何か、散歩から帰りたくない飼い犬みたいだな」


「あ――、それ私も今思った」



 金色の瞳をウルウルと湿らせているお惚け狼を見下ろしながら言ってやった。



「ひ、酷いよ!! 頑張ってやったのに!!」


「はは、悪いって。じゃあ次はあたしだな!! よぉ、そこのずんぐりむっくり太った赤い雀。あたしがしゃがんで見上げるから乙女度を評価してくれっ」


「ん――、分かったわ。溜まりに溜まった牛乳を誰にも搾られずにヤキモキしている乳牛」



 私がそう話すと。




「「……ッ」」



 乳牛との間にちょいと不穏な空気が漂い始めた。


 オッ?? 何見てんだコラッ。こちとら売られた喧嘩は全部買うわよ??



「二人共――、喧嘩じゃなくてこれは上目遣いの練習なんだからね??」


「あ、あぁ。そうだったな。よっしゃああ!! 気合入れて行くぜ!!!!」



 ユウが床に両膝を着けて私を見上げる。



「え、えっと。へへ、今日はもうちょっと歩いていたい……。かな??」



 誰しもが温かな感情を抱いてしまう深緑の瞳は若干潤みそれを捉えた相手の心に陽性な感情を沸かせる。


 そして異性であれば思わず彼女の柔らかい頬に手を添えて愛を囁いてしまうだろう。



 う、うぉぉ……。すっげぇ可愛いじゃん。


 ユウが放つ上目遣いにはとんでもねぇ破壊力が秘められているわね。しかも!! 相変わらずすんげぇイイ匂いがするしっ!!!!


 この甘い仕草と肉の温かみを感じ取れる距離感、そして心をギュンっと刺激する匂いを捉えたら普通の性欲を持つ男ならなりふり構わず襲ってしまうだろう。



 大変良く出来ました!! と。


 ここで褒めるのがふつ――の友人なのだが……。



 万が一、億が一!! この瞳の威力を受け止めてしまったボケナスが我を忘れてユウに襲い掛かってしまう可能性も捨てきれないのだ。



「あ、あ――。何か腹が減って直ぐに御飯を食べさせてくれって懇願している痩せ細った犬みたいだったわ」


「は、はぁっ!? そんな訳ねぇだろ!! あたしなりに頑張ったんだぞ!?」



 あはは、ごめんって。これは私の女の部分が出て来ちゃったのさっ。



「そこまでボロクソに言うのなら今度はマイがやってみろよ」


 ユウが立ち上がると私を見下ろしてそう話す。


「はっ、私の目力に平伏すがよい!!!!」



 人の姿に変わると我が親友の腰を優しくキュっと抱き、構って欲しくて仕方がない愛猫の潤んだ瞳を浮かべてやった。


 どうだい?? ど――さ?? 私の上目遣いの威力はっ。




「ん――……。何だろう、この目……。どこかで見た事があるようなぁ……」


 ユウが大変訝し気な瞳で私を見下ろす。


「あぁ!! そうだ!! 泣きそうな顔で親におねしょをした事を伝える子供の顔だ!!」


「誰が寝小便ダレだごらぁぁあああああ――――!!」



 阿保な台詞を吐いた愚か者の顎に光よりも速い速度の剛拳をぶち込んでやった。



「うっ!?」


 予想だにしなかった私の一撃を食らったユウの膝が刹那にカクンっと折れるが。


「いってぇなぁ……」

「ウブッ!?!?」



 瞬き一つの間に態勢を整え、岩をも砕く事を可能にした右手で私の顔を掴んでしまった。



「は、放せぇぇ……。御婆ちゃんのお尻に潰されたアンパンみたいに顔が潰れちまうじゃねぇか!!」



 キュムっと萎む御口ちゃんを頑張って動かして筋肉馬鹿へそう言ってやる。



「お前さんが勝手にあたしの顎をブチ抜くからそうなるんだよ」


「ヴぁ、ヴぁれだって寝小便タレってヴぃわれたら腹が立つヴぁ!?」


「だとしても、友人の顎を殴るのはイケナイよなぁ……??」


 ユウが厭らしく口元をニィっと曲げると。


「ファァッ!?!?!?」



 私の素敵な体がふわぁっと上空に浮かんでしまった。



「さっ、下顎の骨に気持ちイ――イ亀裂を生じさせてやるよっ」



 滅茶苦茶可愛い笑みとは裏腹に心の臓がヒェェっと冷えてしまう台詞をユウが吐くと。



「――――。はぁ――……。只今――」



 仕事で疲れ切ったお父さんの雰囲気を醸し出しつつ、ボケナスが疲労困憊の顔を引っ提げて部屋に入って来た。



「よぉ!! お帰りっ!!」


「あぁ、今……。って、ユウ。マイの顔面を掴んで何しているの??」



 草臥れた表情を浮かべていたボケナスの顔が驚きと辟易が同時に存在する何とも言えない顔に変化。



「アゴファ!! トレフッテ!!」



 粉砕寸前にまで追い詰められた私の顔を見つめた。



「コイツが横着を働いたからあたしが成敗しているんだよ」


 こ、この破廉恥乳女めがっ!!


「ヴぁだしは悪くヴぁい!!!! ボフェナス!! ヴぁんどかしろ!!」


「ふぅん、そっか。まぁ程々にな」



 い、いやいや!? ここは一言二言労いの声。若しくは救助の手を差し伸べる場面なんだけど!?


 普通の表情に戻ったボケナスがこんもりと膨れた背嚢を背負ったまま重たい足取りで部屋の隅の机へと向かう。



「レ――イド様っ。アオイが疲れを癒して差し上げますわっ」


「あ、うん。今は良いかな」


「あは――んっ。辛辣ですわぁ――」



 その道中。


 顔面にへばりついた気色悪い黒い蜘蛛を引っぺがしてお惚け狼の顔へと放り投げた。



「アオイちゃん、毛が痛い」


「愛の痛みは心地良い痛みなのですわっ」


「い、いい加減……。ふぁなしてもふぉくね??」



 いつも通りの蜘蛛と狼のやり取りを見下ろしつつ、さぁってそろそろシメに向かいますかと右腕にワンパクな気合を注入してしまった親友へ優しい声色で懇願する。



「海の底よりもふかぁく反省したか??」


「ヴぉちろん!! ヴぁだしは、ヴミよりも反省ヴぃてますっ!!」



 左右から襲い掛かる圧によってもう殆ど塞がってしまった唇を頑張って動かし、ユウのきゃわいい顔面に向かって大量の唾を撒き散らしながら叫んでやった。



「だ――!! 唾が飛ぶだろうが!!!!」

「あいだっ!!!!」



 馬鹿げた筋力が積載されている右腕を勢い良く払うと、その勢いで彼女が使用しているベッドにお尻から着地してしまった。



「ちょっと!! お尻が四つに割れたどうしてくれるのよ!?」


「六個に割らないだけ有難く思えよ」


「お、おぉ……。そりゃどうも……」



 こめかみにミチっと血管が浮かぶユウの顔を見上げると何故か礼を述べてしまう。


 恐らくこれ以上彼女の怒りを買うべきでは無いと体が無自覚の内に自覚しちゃったのでしょう。


 ほ、ほら。優しい人程怒らせたら怖いって言うしっ。


 バッコンバッコンと五月蠅く鳴る心臓を宥めていると。



「なぁ、レイド――……。さっきからずっと酷い目に遭っているんだけどさぁ」



 先程の実戦と言わんばかりに破廉恥な乳を持つ彼女が力無く椅子に腰かけているボケナスの袖をクイっと引っ張った。



「いつも有難うね、頼りになるよ」


「えへへっ、どういたしまして」


「後、悪いんだけど……。軍服が破れちゃうから余り強く引っ張らないでくれるかな」



 きっと陽性な気分が右手の指に現れちゃったのだろうさ。


 袖口から肩口へ続く革の服がピンッ!! っと物凄い勢いで張っているし。



「ねぇねぇ、レイドぉ。私もマイちゃんに酷い目に遭わされていたんだよ??」



 今度はお惚け狼の出番か。


 皺が綺麗に伸びた袖口を牙で傷付けぬ様に優しくハムっと食み、甘える口調と上目遣いで見上げる。



「それはいつもの通りでしょ。それと……。俺はこれから報告書を仕上げなきゃいけないから散歩には連れて行けないよ??」



 散歩用の紐を持って来た愛犬を宥める飼い主の様にやんわりと狼の意図を粉砕してしまった。



「クスクス……。揃いも揃って憐れですわねぇ……」



 ボケナスの頭上に留まる一匹の蜘蛛が二本の前足を器用に動かして口元を抑える。



「アオイ!! 何もそこまで言わなくてもいいだろう!?」


「そうだよアオイちゃん!! 今回はた、偶々上手くいかなかっただけだもん!!」



 それに食って掛かるミノタウロスと雷狼の娘達。


 気が付けば、彼の周りはいつもの喧噪が訪れ。耳を塞ぎたくなる騒音にボケナスは鉄よりも重たい溜め息を吐いて耐え忍んでいた。




「あ、あたしはあたしなりに頑張ったんだぞ!?」


「私も頑張ったもん!!」


「努力は必ずしも実るとは限りませんからねぇ……。無駄な努力程、見ていて滑稽に映るものはありませんわぁ」


「アオイちゃん!! 酷いよ!!」


「これから報告書を仕上げなきゃいけなんだから、頼むから静かにしてくれ……」



 ふぅ――……。ヤレヤレ。


 やっぱりこういう時こそ総大将である私がビシッとカッコいい台詞を吐いてふざけた場の雰囲気を引き締めないといけないわね。


 物凄く良い匂いが漂うユウのベッドの上で肩をグルリと回してその時に備えていると。



「――――。主」



 強面狼が全く気配を確知させない足取りで今にも泣き出してしまいそうな顔を浮かべているボケナスの下へと進んで行った。



「リューヴ、どうした??」


「長時間の移動によって疲れているのは分かる。そして、そのふざけた量の報告書を仕上げなければいけないのも理解出来る。だが、主は自分が思っている以上に疲れているのだ。偶には手を休めて早めの就寝に心掛けると良い」


「えっ……。う、うん」



 鋭い翡翠の瞳を宿す灰色狼から心温まる台詞が放たれると、真っ青であったボケナスの疲労困憊の顔が微かに朱に染まった。



「有難うね、リューヴ」


「ふ、ふんっ。分かればいいのだっ」



 リューヴが尻尾をフルっと一つ振って此方に向かってぎこちない足取りでやって来る。


 その姿を捉えた私達は。



「「「な、成程ぉ……」」」



 納得と感嘆の吐息が混じった声を漏らしてしまった。



 女性が異性に対して何気なく放つ温かな感情を沸かせる仕草。


 そして、常日頃からおっそろしい顔を浮かべている強面狼から放たれたとは思えない温かな真心。


 恐らくあの野郎が顔をポっと染めたのは日常とかけ離れた差異ギャップの力によるモノなのだろうさ。


 実践するかどうかは置いておいて、物凄く勉強になったのは確かだ。



「き、貴様等。何を見ている……」



「へへっ、いやぁ――。まさかリューヴが実践してくれるとは思えなくてさぁ」


「そ――そ――。全く以て見事だったわよ」


「リューはずるいよねぇ。何だかんだいって美味しい所ぜぇんぶ持って行っちゃったんだからさっ」



 陽気組の三人が声を合わせてピンっと両耳を立てている狼を揶揄う。



「し、し、知らぬっ!! 私は自分が思った言葉を述べたのみだっ!!」



 大変怪しい呂律で一気呵成に台詞を捲し立てると、私達に尻を向けて己がベッドで四つん這いの姿勢で塞ぎ込んでしまった。


 ってか、器用に前足を動かすわね。


 これ以上ふざけた台詞は受け付けん!! って感じで両耳を抑えているし。



「はい、絶対嘘――。聞き耳立てて私達の会話を聞いていたんでしょ?? リューは昔から自分は関係ありません――って感じを醸し出しているけど、本当は興味津々だもんねぇ――」


「う、五月蠅い!! 聞いてなどいないと言っているだろうが!!」


「やぁぁああ!!!! 尻尾噛まないでぇぇええ――!!」



 強面狼が勢い良く立ち上がり、もう一頭の狼の尻尾を食むと。



「あんっ。レイド様っ、申し訳ありませんわ。二頭の狼が私の体を撥ねてしまいました」



 これに乗じて調子こいた蜘蛛がボケナスの顔面に張りつく。



「なぁ、レイド。あたしがあの二頭を抑え込んでやろうか??」



 諦めの悪い乳牛が野郎の顔を何んとか朱に染めてやろうとして今度は左腕の袖口をグィィっと引っ張る。



「この五月蠅さが更に悪い方向に向かって行きそうだから何もしないでくれ。それと、アオイ。前が見えないから退きなさい」



「ま、まぁっ!! 正妻の愛情表現を受け止められないと申すのですか!? アオイは今日も一日レイド様の為を想って寂しい思いを抱いて過ごしていたのですっ。それなのに帰って来たらあろうことか、あの獣に頬を染めるではありませんか!! 私は常々口を酸っぱくして申しておりますよね!? レイド様は正妻である私の愛を受け止めるべ……。ちょ、ちょっと!? ユウ!? 何をしますの!?」



「このままだと長ったらしい台詞が続きそうだからなぁ――」


「はぁあんっ、レイド様ぁ――。使い道が無い巨大な胸を持つ化け物に誘拐されてしまいますわぁ――。助けて下さいまし――」



 一人で一生叫んでろや、気色悪い蜘蛛め。



 けたたましい足音を奏でて室内を駆け回る二頭の雷狼。


 怪力無双から何んとか逃れようとして頑張って八本の足を動かす気色悪い蜘蛛と、これだけの喧噪だってのに沈黙を貫いて図書館から借りて来た本の文字を貪り続ける海竜。



「はぁ――……。もうクタクタだよ……」



 そして、疲労困憊の顔を歪めて大きな溜息を吐き尽くした一人の男性。



 我が親友のベッドの上で寝っ転がりながら室内を見回していると、これこそが私達の日常であると痛感していた。


 心温まり、物凄く平和的な光景を眺めていた所為か私のお腹ちゃんが。



『この素敵な光景を眺めながら頂く食べ物は最高に美味いぜっ!?』 と催促するので。


「うんっ、何か食べよう」



 己の心に湧く欲求に素直に従い、ユウが荷物の中に大切に仕舞い込んでいる焼き菓子を勝手に取り出すと幸せな光景をおかずにして素敵な夜食会を開始したのだった。




お疲れ様でした。


久々に彼等の話を書いたのですが……。何んと言いますか、久し振り過ぎて最初は上手く書けなくてビックリしましたよ。


最近は専ら第一部のもう一人の主人公が活躍する過去編を書きまくっている所為でしょうかね??


こうして偶に書いていないと現代編に戻った時に混乱しそうでちょっと怖いです。



この御話は日頃の感謝を籠めて投稿させて頂きました。


これからもどうか彼等の冒険を温かな瞳で見守って下さい。



それでは皆様、お休みなさいませ。

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