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別れの際まで口元に注意

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 随分と人通りが疎らになった南大通りには物静かな夜に相応しい景色が流れている。


 私達と同じく食事を済ませた人々が幸せそうな笑みを浮かべて料理の感想を言い合い、夜遅くまでの勤務に応えたのか哀愁漂う猫背の姿勢で家路へと向かう一人の男性。


 そして誰かが捨て置いた紙屑が風に吹かれて何処かへ飛んで行く様をぐにゃりと歪んだ視界で見送ってあげた。


 等間隔に上下に揺れ動く気持ちの良い揺れ、私の体に染み込んで来る温かな彼の体温がこの景色と相俟って此処は天国かなぁっと錯覚してしまう程の心地良さを私に与えていた。


 これは本当に私の我儘だけど……。


 出来る事ならこの状態がずぅっと続かないかなぁっと考えてしまう。


 春の陽光が燦々と降り注ぐ縁側の様な温かな天国の中で微睡んでいると。



「おい。起きてるか」



 私の願いを完全完璧に打ち砕く無粋な声が耳に届いた。



「あん?? あ――……。おきれますよ」



 おっと、まだまだ体から抜けない酒の効果によって噛んでしまった。



「ったく。歩けなくなるまで飲むなよ。運ぶこっちの身にもなってくれ」


「うっさいわねぇ。トア様の素晴らしい体を運べるのだぞ!? そこは、発奮して頂かないと!!」



 彼に体全部を預けたままボンクラの頭をぽかんと叩いてやった。



「いって。俺は怪我してるってのに……。怪我人に運ばれる酔っ払いってなんかアレだよね?? 納得いかないよね??」



 先程の飲み屋で酒の香りに当てられたのか。


 ほんのりと頬が朱に染まったきゃわいい子へ意見を伺う。



「ま、まぁ。トアさんは歩けなさそうでしたし。それに、帰ろうって言っても聞かなかったので……」


 ボンクラの問いにしどろもどろに答え、私と馬鹿真面目な奴を交互に見つめた。


「ほらぁ――。他人様から見てもお前さんが悪いんじゃないか。それに、謹慎処分中だろ?? こんな時間まで出歩いていていいのか」


「あ――。大丈夫じゃない?? 外出許可も貰ってきたしぃ。それにぃ――。あんたと私。二人の伍長が居れば、大体の事は目を瞑ってくれるでしょ」



 そう。


 先程の飲み屋で話ついでに聞いた際、こ奴もいつの間にか昇進していたのだ。


 大方、あのおっぱい皇聖が一人だけ昇進させたら依怙贔屓えこひいいきとして捉えられてしまう。その事について憚れると考えたのでしょうね。


 ひょっとすると、私の昇進はレイドの昇進のおまけなのかも。


 そう考えると……。


 いかん。腹が立って来たぞ。


 おまけで昇進した所為で私は謹慎処分を食らったのか!?


 くっそう。あの卑猥な皇聖め。


 今度会ったらあのほっせぇ首をグイグイ絞めて問い詰めてやろう。



「そんな下らない事の為に昇進した訳じゃない」


「ま――ね――。あんたはいいわよねぇ気楽で。パルチザン独立遊軍補給隊。僅か隊員二名のヘンテコな部隊でぇ、下官もいないしぃ。隊員達の責任を負う事もないもんねぇ??」


「気楽とは失礼だな。幾ら隊員数が少ないって言ってもやる事はあるんだよ」



 そうでしょうねぇ。


 こんな傷だらけになって帰って来て、しかも見る度に逞しくなっていくんだもん。


 暇で退屈な任務だったらこうはなるまい。



「レイドさんはいつまで、この街に居るんですか??」


「ん?? 次の任務の説明が明後日だから……。それ以降はどうなるか分からないなぁ」



 ふぅん。明後日までは居るんだ。



「良かったら、いつでもお店に足を運んで下さいね?? 先程、新作のパンの構成が頭に浮かんだんですよ」


「新作、ですか。それはまた……興味がそそられますね」



 またまたぁ。


 それは体のいい言い訳でぇ??


 この可愛い笑みが目的でお店に足を運ぶんでしょ?? 看板娘の笑みを求めココナッツに足を運ぶ有象無象の男共と一緒じゃない。



「因みに、その新作のパンとやらはどんな味を考えています??」


「ん――。今言っちゃったら楽しみが減るから内緒です」



 ぺろっと小さな舌を覗かせて言う。


 ちぃっ!! 惜しげもなく可愛さを覗かせおって!!


 その可愛さの二割を私に寄越せ!!



「そこまで期待しないで待ってて下さいね?? 落胆させちゃったら申し訳無いですし」


「いいや!! ココナッツのパンは天下一品ですからね!! 多大に、大いに期待を膨らませてお邪魔しますよ」


「もう――……。意地悪しないで下さい」


「はは。ごめんね??」



 お――いおいおい。そこの御両人っ??


 私も居るんですけど??


 酔っ払いという名の御荷物を他所に、二人だけであったけぇ雰囲気作っちゃってまぁ。



「ねぇ――。早く歩いてよ――」



 この妙に親密感溢れる雰囲気を払拭する為。


 レイドの項へ温かい吐息を吹きかけながら言ってやった。



「うおっ!? おい。変な息掛けるなよ」


「へ、変っ!? 私の吐息って変なの!?」


「そういう意味じゃないって!!」



 上体をがばっと起こしてレイドの肩を激しく揺らしてやる。



「そ、そういう意味じゃないって!! 頼むから大人しくしてくれ!!」


「い――や――だ――!!!! 私の息を変扱いしたのが悪いんだぞ――!!」



 母親に激しく反抗する幼子の様に意味不明な動きと無意味に五月蠅い叫び声を放ってやった。



「全く……。何で俺がこんな目に遭わなきゃならんのだ」



 レイドが静かに溜息を吐くと、暴れて姿勢が悪くなった私をおぶり直してくれた。



 んふふ――。今、さり気なく私のお尻に触れたけど今日だけ!! は見逃してあげるわ。



 私は彼の背に再び体を密着させて本当に静かな中央屋台群へと突入した。


 日中は己の目を疑いたくなる量の人が犇めき合っているが、今現在は屋台の中で仕込みを続けている店員さん達と疎らな人通りしか確認出来ない。


 がらんとした両幅約十数メートルの円状の道路、それを囲む数百を超える屋台群は活気を失い口を閉ざしている。


 いつもの様子とは違う夜の姿を捉えるとこの場所は本当に広いんだなぁっと改めて実感してしまった。



「えへへ。広いね――」



 昼と夜。


 全く異なる景色が私に妙な高揚感を与えてしまい、無意識の内に楽し気な声色が口から零れてしまう。



「はいはい、そうですね――」



 彼が気の無い相槌を打ち日中は大勢の人で蠢く中央屋台群を堂々と通り抜け。そして北大通に面するパン屋のココナッツへ到着した。


 星も綺麗だし――。人も少なくて気持ちの良い時間帯だったねぇ――。


 ここまですいすいっと立ち止まる事無く到着できたもん。



「わざわざ送って頂いてありがとうございます。トアさん、あんまりレイドさんを虐めちゃ駄目ですからね??」


「はいはいっ!! 適度に虐めま――す!!」


「虐めるのかよ!!」



 ふふ、いつものやり取りがこうも心を潤すとは。


 お酒の力も相俟ってか心に陽性な感情が沸きっぱなしね。



「それじゃ、御二人共。おやすみなさい」


「おやすみ――!!」


「おやすみ。ゆっくり休んでね」


「は、はいっ!!」



 ここからボンクラの顔は窺えないけど、彼の顔を見たロティの笑みが夜の闇を打ち払う光量を放つ。


 おいおい――。私の友人を誑かすなよぉ??


 こりゃ要注意ね。



「それじゃ、失礼します」



 夜の暗闇を照らす笑みを残して店の裏手へと向かい姿を消してしまった。



「「……」」



 彼女の姿が見えなくなると初冬に相応しい冷たい風が体を冷まして煌びやかに瞬く星の声が聞こえる程の静寂が私達を包む。


 嫌いじゃない物静かな雰囲気とレイドの温かな体温と男の香りが私の心を嬉しく騒がせた。



「うっし。お次は、お前さんだな??」


「ん――。宜しく――」


 返事を返すと同時に肩から首に腕を回して弱々しくきゅっと締めてやる。


「お、おい」


「ん??」



 ふふっ。


 どうだ?? トアさんの密着具合は??


 焦るがいいさ。



「はぁ――。まぁいい。宿舎、前と一緒だよな??」


「うん。一緒」



 本当に重たい瞼を閉じて彼に体を預けて話す。


 この姿勢、気持ち良いなぁ。ずぅっと身を委ねていたくなってしまう。



「それじゃ、このままだと寝ちまうだろうし。出発するぞ」


「了解であります。伍長殿」


「お前さんも伍長だろうが」



 揶揄い合いが始まると同時に再び気持ちの良い揺れが始まった。


 あいつらの揶揄いは鼻に付くのに、レイドとの揶揄い合いは全く苦にならない。


 寧ろずっと肩を並べて言い合っていたい程だ。


 良かったぁ、顔を見られない姿勢で。


 今、絶対にやけているもん。


 お酒の力?? それとも、やっぱり……。



「なぁ、トア」


 彼の足音と呼吸音に耳を澄ませていると不意に声が届く。


「ん?? 何??」




「まぁ……。何だ。いきなり部下を率いて任務を遂行するのは大変だとは思う。でも、トアは同期の中でも優秀で教官達からも一目置かれていた。期待を担い、重責を背負うのは酷かもしれない。逆に、さ。それだけトアは人から認められているんだよ。ほら、言ってたじゃないか。さっきの飲み屋で。新任大尉は一応、褒めてくれるって。普通、褒めないぞ?? 新任伍長なんか。期待に応えようと発奮するのはいいが、分を弁えた範囲でいいんだよ。俺達は俺達に出来る範囲の事をしっかりとこなせばいい。だから……さ。もっと肩の力、抜けよ??」



 レイドの言葉一つ一つが私の心の中に染み渡る。


 ずるいよ……。


 弱っている時にそんな言葉、言わないでよ。



「ん……。分かった……」



 だ、駄目だぁ!! 顔の筋肉が言う事を聞かない!!


 ニヤニヤとヘラヘラと。


 表情を悟られないのを良い事に顔全体の筋肉が緩みっぱなしだよ。



「おいおい。元気が無いな?? 首席卒業のトア伍長??」


「私は元気だ!! おりゃっ!!」



 今放てる最大限の腕力で首を絞めてやる。


 ほぉれ。トア様の体温とありがたぁい香りを嗅ぎたまえ!!



「んぐぇっ!! し、死ぬ!!」



 あり?? 力加減、間違っちゃったかな??


 酔っ払ってるから良く分かんないや。



「ゲホッ……。はぁ――……。俺を殺す気か??」


「馬鹿みたいに体が頑丈だし、大丈夫でしょ」


「馬鹿馬鹿連呼し過ぎだ」


「馬鹿四天王だもんねぇ――」



 ちょっとだけ腕の力を抜いて言ってやる。



「何とでも言え。…………なんかさ。懐かしい響きだよなぁ」



 陽性な感じから、ふっと懐かしむ声へと変わる。



「私も今そう思ってたとこ。たった数か月しか経過していないのに、もう随分と昔に感じるよ」


「それだけ沢山の事を経験したんだよ。良い事も悪い事も、な」



 良い事も悪い事もねぇ。


 それは、うん。間違いないわね。


 人の生死。体に圧し掛かる重圧。


 悪い事ばかりが率先して思い出されるけど、結局最後は……。



「冷えて来たな。寒く無いか??」


「え?? あ、うん。大丈夫」


「そっか。寒かったら言えよ?? 上着、掛けてやるから」



 そう。


 こいつの顔が頭の中に浮かび、嫌な事や体と心が参ってしまう悲惨な光景を払拭してしまうのだ。


 くっそぅ、卑怯だぞ。


 私にこんな温かい気持ちを浮かばせて。私ばっかりが浮かれてたらズルイわよね??


 こ奴にも多少は浮かれて貰わないと不公平だと思うのですよ、えぇ。



「ありがとう。…………ね??」


「うん??」


「このままさ、二人で……。宿に泊まる??」


「ぶっ!!!!」



 私の揶揄いにも似た衝撃発言を受けると体が縦にガクンっと大きく揺れる。



「は、はぁ!? 外泊許可取った訳じゃないんだろ!?」


「うん。でも、なんか帰りたくない気持ちなの」



 ふっふっふ――。トア様の衝撃発言を受けて恥ずかしがれ。



「あのなぁ……。只でさえ謹慎処分を食らってる身でそんな事してみろ。下手したら、首だぞ??」


「いいよ。首でも」


「いぃ!?」



 解いた腕を再び彼の首に巻き付け、温かな私の息を彼の襟から背筋へと送り込む。



「トア個人の問題じゃなくなるぞ。御両親が困るんじゃないのか??」


「ん――ん。困らないと思う。寧ろ、剣術の道場の跡継ぎが帰ってきたぁ!! って大喜びしそう」


「あ、そっか。実家は道場を営んでいるって言ってたな」



 通常の揺れに戻り、何かを思い出したかの様に話す。



「私と一緒に道場で指南しよ??」


「俺は人に教えるのは柄じゃないの。この前の任務で思い知ったさ」



 あ――。そう言えばさっきの酒場で後輩達へ指導を施したって言ってたわね。



「スレイン教官とビッグス教官。元気だった??」


「もう元気一杯で困ったくらいだよ。トアにも見せてやりたかったな」


「ふふ、あの二人はそうそう大人しくならないからね。容易に想像出来ちゃった」


「酷い言い草だな?? 今度告げ口してやるぞ」


「そんな事言う悪い輩には……。こうだ」



 ちょっと汗ばむ首の根本へ、潤んだ唇をそっとくっつけてやった。



「ひぃっ!? さっきから何だよ!! 酔い過ぎだ!!」


「へへ――。酔っ払いだも――ん」



 ごめんね??


 レイドの反応が面白いのが半分で、もう半分は私の我儘。


 本当はさ……。その笑みと優しい想いを私だけで独占したいんだぞ??


 でも、それは出来ないよね。


 お互いやる事が沢山あるし、それどころじゃない。


 それに……。気持ちを精一杯伝えて叶わなかったら立ち直れなくなりそうだし。


 私は臆病なんだぞ?? 察しろ!! 馬鹿!!



「ったく……。おぉ。やっと見えて来たな」


 レイドの声を受けて重い頭を動かし、彼越しに視線を正面に向けると非情の終着点を捉えてしまった。


「もぅ着いちゃった」


「は?? やっとの間違いだろ。こちとら、夜遅くまで付き合わされて怪我してるっていうのにおんぶをさせられて……」



 むぅ!!


 女の子との別れ際に言う台詞かね!?



「台無しだぁ!!」


「いっでぇ!! 右腕怪我してるって言っただろ!?」



 ちょっとだけ腹が立ったので私のあんよをがっちりと掴んで離さない右腕を抓ってやった。


 そうでもしないと苛立ちが収まらないもん。


 やいのやいのと騒ぎながら女性兵専用の宿舎に近付くと。



「…………トア?? お、おいおい。飲み過ぎじゃ無いのか??」



 門番の先輩がだらしない私を見つけて呆れた声を零した。



「レイド、降ろして。……はっ。申し訳ありません。旧友との親交を深める為、多少飲み過ぎたかもしれませんが。許容範囲だと捉えております」


「その足元でか??」



 視点が定まらない私の瞳と、覚束ない足元を交互に見つめて言う。


 あ、あらら?? 足が言う事聞いてくれないや。



「まぁいい、早く部屋に戻って休め」


「了解しました!! レイド、またね??」



 重厚な門の脇を通り抜けて一度振り返る。



「おう。そっちも無理しない程度に頑張れよ??」


「へへっ。ありがと」



 門の脇の松明に照らされたレイドの朗らかな顔がお酒の余韻が残る私の体温を上昇させてしまった。


 へへ、最後に良いお土産貰っちゃった。



「あ――。トア」


 気分良く宿舎へ戻ろうとすると先輩の声が私の歩みを止めた。


「はい?? 何でしょうか??」


「えっとな?? 酒の匂いとものすんごく大蒜臭いから、風呂入って匂いを落としてから寝ろ。風呂はもう大分温くなっているかもしれんが、我慢しろ。いいな??」


「……っ!! 分かってます!! おやすみなさい!!」



 かぁっと顔の温度が急上昇したのを感じ、宿舎へと踵を返してやった。


 何もこんな時に言わなくてもいいでしょ!? 折角、気分良く寝ようと思ったのに!!



「すまんな?? 後輩が面倒を掛けて」


「いえ。そのぉ……。自分も匂います?? ずっとおぶっていたので、匂いが移ったかもしれませんので」


「ば、ば、馬鹿じゃないの!! 人の事を臭い物扱いすんなぁ!!」



 あの大馬鹿が何気なく言い放った一言が私の怒りに火を灯す。


 地面に転がっている手頃な石を掴み、怒りに身を任せて阿保に向かって投擲してやった。



「ぐはっ!? いっでぇぇええ――――ッ!!」


「ふんっ!! 自業自得よ!! おやすみ!! ば――かっ!!!!」



 額を抑え、苦しみ悶えるレイドを尻目に怒りの匂いを撒き散らしながら宿舎の扉を潜ってやった。



「どれ、見せてみろ……。大丈夫、ちょっと血が出ているくらいだ。それと服に染み付いた匂いも歩いている内に取れるだろうさ」


「ど、どうも……」



 レイド、今日は本当に楽しかったよ??


 最後のは多大に余分だったけど、それ以外は合格点をあげるわ。


 何様だと己に言い聞かせながら頼りない足元で己の部屋を目指すが、足元がフワフワと覚束ないので時折壁に肩をトンっと預けて休む。


 そして、暫しの休憩を頂いた後。痛んだ木目が目立つ壁に励まされつつ部屋へと向かって行った。




お疲れ様でした。


彼を弁護する訳ではありませんが、彼が服の匂いを気にした理由は匂いに敏感な龍と狼の事を気にしての行為です。


鋭い人は何となく気付いたのではないのでしょうか。



本日は番外編の投稿とプロットの執筆作業に追われ中途半端に疲れが残る休日となってしまいましたね。


ですが、しっかりと御飯を食べたので多忙を極める今週を乗り切れそうです!!



次回の更新は本編となりますのでそちらでまた会いましょう!!!!



それでは皆様、お休みなさいませ。

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