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謹慎とは名ばかりのお出掛け

引き続きの投稿になります。




 何処までも続いて行く人々の列が奏でる足音が人の営みを確実に感じさせ、道沿いの店から客を引こうとする店主達の雄叫びが心を潤す。


 恐ろしい獣が襲い掛かって来る事も無い安全安心な街中では本日も経済活動が潤沢に行われている。


 美味そうなお肉が挟まれたパンを豪快に食む男性、誰かさんと一緒に食事を交わす事を想像して笑みを零している女性等々。


 人の行き交いの多さに比例する様に多種多様の笑みが零れていた。



「へ、へぇ。そうなんですか……。大変でしたねぇ」


「でしょう?? 大体、何で私が謹慎を食らわなきゃいけないのよ」



 前線基地から数える事、三十と四日。私は夢にまで見たレイモンドの街へと到着した。


 到着した当日は私に割り当てられた宿舎の部屋に転がり込み、死んだように眠りに就いた。


 今までは四人一部屋だったけど昇進してからは二人一部屋の部屋へと成り上がり。広さが倍以上の空間を満喫出来た事に初めて昇進した事を感謝した。


 しかも。相部屋の伍長は前線に張り付いている為、実質一人部屋であった。


 五月蠅い鼾も、口喧しい女の嫌味も、陰で嘯く悪口も耳を刺激しない。素敵で静寂な空気が私の疲れを拭い去ってくれたのだ。



 その翌日。



 暇を持て余した私は装備を整えいざ街へと繰り出し、行きつけのパン屋の看板娘を誘って食事を摂ろうと画策。今はこうして肩を仲良く並べて南大通りを歩いている。


 夕食時を迎えた街は帰路に着く人々で溢れかえり、柔和な笑みを浮かべる者もいれば、空腹に耐えかね急く足に顔を顰める者もいた。


 久方ぶりに見る市井の様々な顔達が私の心を否応なしに盛り上げてくれる。



 さぁ、どこでやけ食いをしようかしらねぇ!!



「その謹慎処分はどれ位の期間なのですか??」


「ん――?? あ――。何日だっけ」


「えぇ?? 言い渡されたんじゃないんですか??」



 私の発言を受け、驚いた明るい茶の髪がふわっと揺れ動く。



「冗談よ、この街の中で十日大人しくお座りしてろって。宿舎でさ、私が先輩を投げ飛ばした経緯の報告書と反省書の作成をこの十日で完成させなきゃいけないの」


「反省書??」


「そ。私、トア=フリージアの愚行がクソ忌々しい……。失礼。立派な先輩兵士を傷付けた事を深く反省し……。って長々と書きたくも無い文章を書き綴らなきゃいけないの!!」



 あ――。くっそぅ。


 あの女の顔を思い出したら腹が立って来た。



「ふ、フフ。あはは!! だ、駄目だ。トアさん、嫌な事があるといっつもそうやって唇を尖らせるんだもん」


「あ――!! 私の憤りを見て、笑ったな!!」



 私のすぐ隣。


 パン屋の看板娘が年相応の笑みを浮かべ、軽快な声が冬を迎えた茜色に染まる空へと昇って行く。



「ご、ごめんなさい。あんまりにも尖るからつい……」


「ついぃ?? このぉ……。トア様に逆らったら、こうなるんだぞ!!」


「へ?? きゃあ!! ちょ、ちょっとぉ!!」



 ぬおっ!? 何て、細い腰なの……。


 むんずっと掴めばきゅっと折れ曲がり、華奢なお肉が脇に申し訳なさそうにくっついている。


 これは擽り甲斐のある腰ね!!


 私は人目も憚らず一心不乱に、ナニかに取り憑かれた様に細い腰を堪能した。



「アハハ!! 擽ったいですっ!!」


「いいじゃない。ちょっと位、触らせてよ――。うりうり――」


「駄目ですぅ!!」



 細い両腕が私の悪意の指を取り払い、可愛い腰がするりと逃げてしまった。



「もお――。御飯前に笑いでお腹が一杯になっちゃいそうじゃないですか」


「それで腹が膨れたら私は永遠に笑っているわよ」


「ふふ。それもそうですね」



 笑った勢いで胸元から飛び出てしまった銀細工の風車の首飾りを仕舞いながら話す。


 うん?? 中々可愛いじゃない。



「ロティ。それ、どこで買ったの??」


「え?? これですか??」



 今しがた仕舞った風車を再び取り出して言う。



「そう。可愛いなぁって思ったからさ」


「えっと、南大通りの東区画。その裏通りの小さなお店で買いました」



 ほぉ、今度寄ってみましょうかね。


 なんたって……。暇だし!!!!


 買い物でもして憂さ晴らししないとやってらんないわよ。



「ふぅん」


「あ、因みに。妹とお揃いなんですよ??」

 


 えへへと可愛い笑みを放つ。


 ちぃっ!! 今の笑みで数十人の男は堕ちるわね。



「パーネと??」


「えぇ。一緒に買って貰いました」



 花も羨む可愛い笑みから一転。意中の男性を頭の中で思い描く笑みを浮かべて風車をきゅっと握った。


 まぁまぁ……。誰かしらねぇ。


 こぉんな可愛い子に、こんな素敵な笑みを浮かべさせる殿方は。



「買って貰ったぁ?? 誰にぃ??」


 私がそうやって揶揄うと。


「へ?? だ、誰って……。ゆ、友人ですよ!! 友人……」


 うわぁっ。分かり易い嘘。


「まぁそれ以上は伺いませんよ?? 人の恋路を邪魔する程、私は横暴じゃないし」


「恋路って……」


「それは兎も角。御飯は何処で食べる??」



 先程から腹の機嫌も悪い。


 今は人が織り成す喧噪で腹の音は掻き消されているが、早いとこ何かをあげないときっと盛大な音が漏れてしまう。


 流石の私でも友人の前でそれは恥ずかしいしさ。



「そうですねぇ……。美味しいパスタを提供してくれるお店にしましょうか」



 ほお!! そう来ましたか!! 


 良いわねぇ。こちとら、向こうじゃ冷たいパンと草臥れた野菜。それに、カチカチのベーコンしか食べていなかったし。


 まぁ帰還途中に色んな街に寄ったけども、どの店も私の舌と腹を満たすまでには至らなかった。


 久方ぶりの御馳走、しかも繁盛している飲食店の店員が進めるお店だ。意図せずとも唾液がジャブジャブと湧き出て来る。


 落ち着きなさい、私。まだ料理は出ていないのよ??


 ここはぐっと堪えるべきだ。


 私も女の端くれ。


 食いしん坊だと思われるのは、流石に……ね??



「いいじゃない!! 楽しみだなぁ」



 逸る気持ちを悟らぬ様、酷く落ち着いた口調で言ってやった。



「向こうでは食べないんですか?? 麺料理」


「食べない事は無いわよ?? 保存の効く乾麺を使用したりするし。でも、後方から送られてくる食料はど――も味気が無いのよ」


「まぁ……。基本は保存が効く食料が選ばれる筈ですからね」


「そうそう。味は……まぁ悪くは無いけど。毎日似たような物を口にしていると、飽きちゃうのよ」



 これが嘘偽りの無い本音ね。



「その気持、分かりますよ?? 売れ残ったパンばかり食べていると舌が参っちゃうんですよねぇ」


「ココナッツのパン、美味しいからいいじゃない。売れ残ったパンがあれば頂戴よ」



 味、風味、値段。果ては売れっ子店員。四拍子揃ったパン屋なんてそうそう無い。


 出来る事なら前線まで送り届けて貰いたいものだ。



「駄目ですよ。お客様にもしもの事があったら、責任取れません」


「大丈夫だって。私の胃袋はそうそうへこたれないの」



 ぽんっと一つ大袈裟に腹を叩く。



「駄目ですっ。売れ残ったって事はそれだけお客様から目を向けられなかったんですよ?? パン屋の自尊心が傷付けられちゃいますもの」



 まぁ――。それは分かるかな。


 丹精込めて作ったパンが、夜の帳が降りても机の上で寂しそうにこちらを見上げていたら悔しいだろうし。



「じゃあ、正規の客として。パンを買いに行こうかしらね」


「毎度ありがとうございます」



 いつもの営業中の笑みを浮かべて綺麗な角度で腰を折った。



「ねぇ、トアさん」


「ん?? どしたの」



 顔をふっと上げてこちらを窺う。



「そのぉ……。ちょっと一つ御伺いしても宜しいですか??」


「いいわよ」



 何だろう、改まって。



「で、では。最近、レイドさんとお会いになりました??」


「は?? レイド?? いんや。会っていないわよ??」


 どうして急に奴の名が??


「そ、そうですか。随分とお店に来られないので……」



 あぁ、そういう事。



「あ――。多分、任務で遠方に飛ばされたんでしょ。あいつの所、軍部に良い様に使われているし」



 前線に赴く兵士ばかりでは無く後方支援に就く者もいるように、パルチザンには様々な部署が広く存在している。


 人事課、経理課、総務課等ありふれた部署もあれば。


 採用促進課、食料選別課等何をするのだろうと首を捻りたくなる所もあり。


 特殊作戦課、魔女討伐作戦課、魔物対策課等、武骨な看板を掲げている部署もあるのだ。まぁ特殊作戦課については存在するかどうか定かでは無いけどね。


 私は魔女討伐作戦課。前線歩哨隊、第三十五連隊に所属している。


 仕事内容はとおっても簡単。


 人とオークの縄張りの狭間に立ち、敵が向かって来るのならぶちのめし。敵の姿が見えなければ相手の陣地へと侵入するのだ。


 レイドから卒業間際にこう聞かれた。



『なぁ、トアはどこへ配属願い出したんだ??』


『私?? 魔女討伐作戦課よ』


『おぉ!! 俺の第一志望と一緒じゃないか!!』



 なんて。屈託の無い笑みを大食堂で浮かべていた。


 あの時、ちょっとだけ嬉しかったのを今でも覚えている。


 運が良かったら一緒に肩を並べて戦えるかもしれないって思うとそりゃあ嬉しいんですよ。



 そ、それに前回の護衛任務の際。


 私はうっかり己の想いの丈を漏らしちゃったし??


 言っちゃたし!?


 はぁ――……。相手が寝言に捉えてくれて助かったわ。どうせならお互い意識のある時にそういった気持ちを伝えたいもの。



「良い様にって。御使いみたいな感じですね」


「そうそう。顎で使われ、齷齪働こうが、得る給料はそこまで高くないときたもんだ。しかも、何故かレイドは負傷が目立つし。よっぽど危険な事を押し付けられている様な気がするのよねぇ……」



 でも、会う度にレイドは強くなってる。


 入隊した頃は特に気になる強さも、剣術も、格闘術も兼ね備えていない単なる体力馬鹿だったのに。


 今では私が勝てなかった相手に勝っちゃうし……。


 友人、そして同期としてここは素直に褒めるべきなのに。どうしても厭らしい私がそれを褒めようとしてくれない。



 ん――。これは単なる嫉妬よね。


 今度会ったら褒めてやろう。


 さり気なく、そして相手がにんまりと口角を上げる言葉を掛けて。



「怪我、ですか。心配になりますよね……」


「大丈夫大丈夫!! あいつはそうそう打たれても死にやしないし。馬鹿みたいに体が頑丈なのよ」


「馬鹿って……。トアさんとレイドさんは同期なんでしょ?? もっと褒めるべきでは??」



 ふんっと可愛い音の鼻息を漏らして話す。



「褒める?? 駄目よ、犬は躾が大事なの。飼い主がちゃあんと手綱を引いてあげないと言う事聞きやしないんだから」


「い、犬ですか??」



 丸い目が更にきゅっと丸くなる。



「犬に失礼かしらね??」


「ふふ。そうかも知れませんね」



 彼女と目が合うと自然に笑みが零れて来る、そしてすれ違う人々はその笑みを見つけると。


『彼女達には今日も幸せな一日が訪れたのだな』 と。


 朗らかな気持ちを抱かせる柔和な笑みを浮かべていたのだった。



お疲れ様でした。


気付いている方もいらっしゃるでしょうが王都で人気のパン屋さん。そのお店の看板娘さんの名前がこの御話で初公開となりました。


最初から最後まで名前を伏せておこうかなと考えておりましたが、それでは余りにも可哀想との判断に至り本編よりも先にこちらで公開させて頂きました。


実はこの伏線は本編のとあるシーンで活躍させようとして、敢えて伏せていました。


本編でその場面が訪れるのはもう少し先の御話になりますので番外編を御覧になられた方は。


『あぁ、このシーンで使う為か』 と。


理解して頂けるかと思います。


また面倒な事をしやがってと、読者様達の辛辣な視線がひしひしと光る画面越しに突き刺さりますが。少しでも皆様に楽しんで貰おうとした筆者なりの工夫ですのでそこは目を瞑って頂けたらと。



それでは皆様、お休みなさいませ。


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