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~プロローグ~ 新任伍長の謹慎処分

お疲れ様です。


本日の行進となります。




 この御話は本編第三章、百五十九話前後の番外編となります。


 まだそちらをお読みになっていない方は本編を先に読む事をお薦め致します。

























 馬の蹄が大地を掴むと軽快な音と共に土塊が宙へと舞い、等間隔に響くこの音が鼓膜を気持ち良く刺激してくれる。


 頭上に広がる空の青が私の姿を捉えると頑張れっ!! と軽快な声で励まし。空に浮かぶ白い雲がすれ違いざまに拝み手をしつつ申し訳なさそうに私の頭上を静かに通り過ぎて行く。


 朗らかな大自然は今の私の状況を見てきっと御苦労様って感じで呆れてるんだろうなぁ。


 それ程に今の私は辟易を通り越して大いなる焦燥感に苛まれていた。



 その理由は至極簡単。


 私の後ろに金魚の糞みたいにくっついている分隊員達の所為なのよ。



「トア小隊長?? 哨戒任務を終えたら大尉へ任務の報告を忘れずにね??」



 後方から嫌味を含めたうざったい声が響いたので。



「あ、はい。分かっていますよ??」



 私は振り返らず、数時間ぶりに見えて来た前線基地を眺めながら答えてやった。


 先端の尖った人の体程ある大木が外側へと向かい、何人も通さぬ構えを取り綺麗な角度で地面にずらりと設置されている。


 その柵に囲まれた中では今も大勢の隊員達が自分の仕事を全うしようと奔走し、給料に見合った活躍をしていた。



 魔女が居ると予想されるアイリス大陸の南南西。


 そこからずうっと、ずう――っと!! 北上した地の前線基地に今の私は配属されている。


 ここに来てからというもののオークの影すら見当たらない。


 索敵と哨戒を呆れる程繰り返し。


 敵影が確認出来なければここから北西と東に存在する前線基地と連携し、南方へと移動させ相手の勢力図を削る。



 うん。大変理にかなった戦略ですよ??


 だけど!! 口煩い分隊員達の面倒まで見るのはお門違い、いや。分不相応なのよ。



「本当かしらねぇ?? ほら、この前だって忘れてたじゃない。二期先輩の私が!! 代わりに報告してあげたのよ??」


「ですから、その件に関しては礼を述べたじゃありませんか」



 今度は振り返り、苦虫を食い潰したような顔を浮かべる先輩へ話してやる。


 一々小言が多いのよね。コイツ。



「あらぁ?? 敬語使わなくてもいいって言ったわよね。上官であるトア伍長は、一等兵!! である私に敬語を使う必要は無いのよ??」


「は、はぁ……」



 うざいわねぇ……。それって、単に嫌味でしょ!!!!


 申し訳ありませんね――。あんたよりも先に昇進しちゃって――??


 よっぽどそう言ってやろうかと思ったわよ。だが私は分別の付く大人なのでそんな事はしません。



 この微妙な関係に至ったのは勿論理由がある。


 先日、あのクソ忌々しいインチキ教団の護衛任務を終えると上官からお呼びの声が掛かった。



『トア。貴様、何をした??』


『はい??』


 訝し気な声と顔で私を見つめる上官から驚きの声が上がる。


『本日を以て、トア二等兵を伍長へ昇進させる』



 そう、どういう訳か昇進してしまったのだ。


 恐らくあの教皇が別れ際に言っていた贈物って奴だろう。


 まぁ、給料は上がるし?? 欲しい服とか、食べたい物が沢山あるから嬉しくないとは言えない。


 有難く頂戴したのはいいが……。



「トア――。…………っと。失礼しました。トア伍長。次の哨戒任務はいつですか??」


「ちょっと。ため口でいいって言ったでしょ」


「いえいえ。上官には敬意を払わなければいけませんのでぇ」



 同期の連中にもこうして揶揄われるのが鼻に付く。


 私は昇進の事を軽々しく考えていた。階級が上がれば当然、負うべき責任は増えるのだ。


 伍長は分隊長を兼ねる事が可能。


 つまり。今もこうして率いている四名の行動に責任が生じてしまうのですよっと。


 これこそが私の心を蝕み、疲弊させ、憤怒が募る要因であった。



「なぁ――。トア伍長――。お腹空いた」


「ウェイルズ。もう直ぐ到着するから我慢しなさい」


「ウェイルズ?? 伍長にその口調は無いんじゃないの?? ねぇ――?? 伍長」



 あぁ……。その鬱陶しい顔にスカッと気持ちの良い拳を一発捻じ込んでやりたい。


 斜め下からじぃっと私の顔色を窺う姿が、私の悪い一面を悪戯に刺激した。



「で、ですから。私は気にしていませんので……」


「良く無いわよ。いつ敵の襲撃があるのか分からないのよ?? そういった仲良し感覚で任務をこなすのは了承出来ないわね」



 だったらあんたが代わりにやってよ。


 慌てて飛び出そうになった言葉を必死に飲み込み、胃の奥。ううん。更に更に奥へと引っ込めてやった。

 

 はぁ――……。これで何度目だろ?? 疲労を滲ませた溜息付くのは。


 前線基地の哨戒任務に就いてもう二十日か。


 そろそろ街に帰りたい……。


 いい加減飽きた溜息と口喧しい隊員達を引っ提げ、大勢の仲間達が待ち構えている前線基地へと辿り着き柵の脇を通り抜けた。



「よぉ!! どうだった!?」



 整った黒髪を引っ提げ、ちょっとだけ頼りない体格の新任大尉が哨戒任務を終えた私達をありふれた笑みで迎えてくれる。


 この人。


 実力はそう高い訳じゃないのに、どうして大尉になれたのだろう。


 多分、当たり障りの無い人柄の良さで上官達に媚を売ったのよねぇ。


 勿論?? 推測ですよ。


 間違っても上官に。



『大尉殿は、媚を売って昇進したのですか??』



 等とは口が裂けても言え無いし。



「はっ!! 周囲に敵影は確認出来ませんでした。今回の哨戒任務では私の判断で索敵範囲を広げた為。帰還が少々遅れてしまいました。責任は全て私にあります」



 愛馬リクから下馬し、大尉の真正面で姿勢を整えて話す。



「気にするな。俺が頼んだ任務だ。数時間の遅れは目を瞑る」


「ありがとうございます」



 そりゃどうも。



「ねぇ――。ルスナック大尉ぃ。伍長はもっと叱るべきじゃないの――??」



 あの猫撫で声、鬱陶しいわねぇ。


 女の武器を使って媚を売るんじゃないわよ。


 持ち主と似て阿保そうな馬から下馬して大尉に擦り寄って話す。



「はは。新任分隊長としては上出来だよ。いや、上出来過ぎじゃないかな?? 仕事はいつも真面目且、丁寧。只任務を達成するだけじゃなくて、今回みたいに進言をしてくれるし。ここを預かる身としては大助かりさ」


「光栄であります」



 今はその言葉が頼りねぇ……。何度か救われたのは事実よ。


 人当たりの良さだけは目を見張るものがある。


 これも立派な取り柄、か。


 私には到底無理。気に入らない奴にまで頭をヘコヘコ下げる気にはなれないもん。


 だから、軍に入隊して幼少期から実家の道場で鍛えた剣で食って行こうと考えたのよね。


 軍に入隊した志望動機がふっと横切って行った。



「え――。それじゃ駄目だって――。大尉の厳しい御言葉、聞きたいなぁ??」


「こら。上官には敬意を払えって言ってるだろ」


「んもう。私、こわぁい」



 なぁ――にが。私、こわぁい。だ!!!!


 世の中にはあぁやって男を誑かして、昇進していく者もいるのよね。


 私にも出来るのかしら。



『大尉――。私ぃ、疲れちゃったなぁ』



 おぇっ。想像しただけで吐き気がしてきた。



「それでは報告書を纏めて来ますので。失礼致します」



 感情を殺した声でそう話し、リクの手綱を取って前線基地の後方へと歩みを進めた。



「ちょっと。大尉がまだ話終えていないのに、その態度はどうなの??」


「はい??」


「だ――か――ら――。大尉の指示が無いのに、勝手に行動しちゃ不味いって言ったの。ね?? そうですよねぇ――」



「あ、あぁ。そうだね」



 大尉の腕を取り、中途半端な大きさの双丘をくっつけ、厭らしい笑みを浮かべて私を見つめる。


 駄目だ。堪えろよ――。


 拳をぎゅうっと握り行き場の無い怒りを拳の中に閉じ込めるが。



「トア伍長――。俺、腹減った――」

 


 それと同時に同期達の鬱陶しい懇願が始まってしまった。


 今、一番聞きたく無いってのに……。



「ちょっと待って」


「トア――。馬の世話、やっといて」


「自分でやれ」


「トア。俺の報告書、どこにしまったっけ??」


「知るか」


「腹減った――!! パン、大盛で寄越せよ??」


「私の分まで食ったら、首と上半身を分けてやるわ」


「うひょう!! こっわぁい!!」



 多方向から浴びせられる質問と野次に怒りの炎が灯ってしまう。


 手綱を持つ手が震え、知らぬ内に顔が憤怒で歪み、炎で燃え上がった心が今にも爆ぜそうに膨れて行く。



「きゃあ!! 大尉!! 見て?? 伍長ったらぁ。あぁやっていつも私を睨むんですぅ……」


「そうなの??」


「はいっ!! 私、怖いなぁ。所属分隊、変えて欲しいなぁ??」



 あんたなんかお払い箱よ。


 さっさと何処へでも行っちまえ。



「あれで女なんですよぉ?? 女の影も見えない、男勝りの分隊長はぁ。いやっ。ねぇ――。大尉ぃ。おねがぁい?? あの分隊長の下じゃ私直ぐ死んじゃうかもしれないもんっ」



 阿保な先輩の声が頭に響くと同時。



「ッ」



 私の中で何かが弾ける音が響いた。


 それから、私の体は誰かの傀儡となり。



「ちょ、ちょっと!? 何する……。きゃぁっ!?!?」



 今まで行き場の無かった力を先輩へ何の躊躇いも無しに放つ。


 力の限りにクソ女の胸倉を掴みぶれた相手の重心を利用して盛大にぶん投げてやった。


 あぁ……。さいっこう!!


 今まで溜まった怒りが霧散してスッッカァ!! と心が晴れ渡る。



 しかし私を待ち受けていたのは、強敵を倒した時に湧く喝采では無く。



「「「……」」」



 大尉の呆れた視線と、地面に這いつくばり汚れた土に塗れ大粒の涙目を浮かべる先輩の瞳。


 そして同期達の。


『こ、こいつ。遂にやりやがったな』


 憐れむ瞳が痛烈に体へと突き刺さったのであった。





お疲れ様でした。


続いて次話の更新となります。

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