追い求めていたもの
お疲れ様です。
帰宅と同時に本日の投稿になります。
空に浮かぶ柔らかな雲の上で寝っ転がっている様な。フワフワとした不思議な感覚に包まれ心地良い眠りを享受していた。
寝返りをコロンっと打てばそれに合わせて雲の形も変わり、ちょっと寒いなぁっと思えば上から降り注ぐ温かな陽射しが体を温めてくれる。
正に至れり尽せりの夢見心地。
極々稀に襲い掛かって来る悪夢も今の私の夢の中に現れる事は叶わず、とぉおい地上から雲の上で眠りこける私を睨みつけていた。
このままずぅっと幸せな感覚に包まれたまま眠っていたいと考えるが……。夢はあくまでも夢。
私が真に望むものはこの世界に存在しないのだ。
ちょっと勿体ないけど、お出掛けしましょうかね。
夢の中の私が雲の上で元気良く立ち上がり、淫魔の力を解放して幸せな心地を提供してくれる雲を霧散させると空高く飛翔して行った。
夢の世界に別れを告げ本当に重たい瞼を開けるとそこは雲の上では無く、何の変哲もない平屋の中であった。
「あ――。眠っていたのか……」
柔らかい月明りが窓から差し込み朧げに室内を照らし、冬らしい乾燥して冷たい空気が悪戯に肌を刺す。
飲み過ぎて……。寝ちゃったのか。
誰かさんが敷いてくれた布団の上で寝返りを打ち、偶々鼻頭に当たった己の服の香りをスンスンと嗅ぐと先程の果実酒の残り香が仄かに感じ取れた。
いい匂い。香水代わりに丁度いいかもね。
「ふわぁ――……。ふぅ」
お馬鹿な犬も目を丸くする程大きく口を開けて欠伸を放ち、長い本当に長い瞬きを繰り返す。
いつもより早めに就寝した所為かそれともこの所作が影響したのか、目が覚めてきてしまう。
真夜中、よね??
しんっと静まり返った空気の中。耳をすませば夜風の歌声が微かに聞こえて来る。
まだ夜明けまで時間がある事もあり、再び眠りに就こうとして布団の中に潜り込んでみても私の予想とは裏腹に。我儘な眠気さんは一向に訪れてはくれなかった。
眠気を召喚させる為に頻繁に寝返りを打ったり、内股で布団をきゅっと挟んでも一切合切私の下に馳せ参じてはくれない。
「はぁ……。仕方が無い」
減量の小旅行で得た出来事や彼のはにかんだ顔を思い浮かべ時間を悪戯に浪費してやろう。
満足のいく良い物を買い揃えても隣に彼がいないと楽しさも半減しちゃったし。
料理を頑張って練習しても厳しい味の感想を述べてくれる彼がいないとやり甲斐が無い。
私が父親になってくれと頼み込み距離を削ると、仰々しい顔で慌てふためく彼の顔を見られないとつまらない。
やっぱり……うん。本心は会いたいんだと思う。
多種多様な彼の顔が私の体を本格的に覚醒させてしまった。
何でうじうじしていたんだろ。会いたければ会えばいいんじゃん!!!!
任務中?? 仕事の邪魔にならなければ大丈夫!!
月も爆睡中の夜中?? 知らない!!!!
「ふんっ!!」
体の上に覆いかぶさる布団を勢い良く蹴り飛ばし、数舜で着替え終えると肩で風を切り平屋を後にした。
おぉ――。激熱な夜這いにお誂え向きの満月じゃない。
真ん丸お月様が全力の笑顔を浮かべ。
『イケイケ!! ヤレるうちにやっとかなきゃ損よ!?』 と。
ビックリする位の後押しをして頂けた。
はいはい、分かっていますよ?? 満月は人を狂わすって言うし??
こんな夜中にでもお邪魔したくなるのは人の性であって致し方無いと思う訳ですよ。
「えっとぉ。レイドは今どこかなぁ――……」
彼の体の奥底に仕込んである私の矮小な魔力の欠片を察知する為、術式を解放して感知を始めた。
んむむ…………。
どこかしらね、私を悩ませるお馬鹿さんは。
「……………………。いたっ!!!!」
モアが話していた通りここから北へ暫く進んだ場所で私の豆粒大の魔力を感知した。
さっすが将来の旦那様、数日でかなりの距離踏破している。
空間転移でぱぱっと移動してもいいけど……。
まだお酒が抜けていないからなぁ。お口ちゃんの中に若干の酒臭さが残るのが気掛かりだ。
だけど、そんな事を一々気にしていたら夜這いは出来ぬ。
本日の最終目的地はあの人の下で決定っ!! 匂い消しの為に飛翔して向かいましょう!!
「いざしゅっぱ――っつぅ!!!!」
魔物の姿に変わり、可愛くない翼を広げて満月の下へと羽ばたいて行くまでは良かったが。
「――――。さっむ!!」
真冬の空の冷たさを嘗め過ぎたわね。
骨の芯まで凍てついてしまいそうな冷涼な空気が五臓六腑を突き刺さし、冷たい風を真面に受ける瞼もカチカチに凍って閉ざされてしまいそうだ。
しまったなぁ。もうちょっと分厚い服を着るべきだったわね。
空気を遮断して飛翔しようかな……。でもそうすると優秀な生徒に接近を勘付かれてしまう恐れがあるのよねぇ。
人の目につかない深夜、更に上空の冷たさを考慮した結果。昼間よりも随分と低い位置を飛翔している。
今ここで魔力を解放してしまうと地上付近で幸せな生活を送っている人間達に悪影響を及ぼす恐れもあるのだ。
「ここは我慢の一択ね。我慢すればする程、御馳走は美味しくなるって言うし!?」
彼の美味そうなお肉ちゃんの味を想像すると思わず口元がへにゃっと柔らかく曲がってしまう。
そして私の心も彼との距離が縮まるに連れてキャアキャアと嬉しい声を上げていた。
『ねぇねぇっ』
燥ぐ心が恋話に夢中になり高揚しきった乙女の様な口調で問うてくる。
うん?? 何??
『会いに来た理由を聞かれたら何て答えるつもり??』
ん――。近くを通ったから、かな。
『もぉ――。バレバレの嘘付いちゃって――』
し、仕方ないでしょ!? それが尤もらしい理由なんだから。
『素直にさ――。会いたかったって言えばいいじゃん――』
あのね?? 私は女王なの。立場を考えなさいよね。立場を。
『あ、それ。昨日の朝も阿保執事に言ってたね』
五月蠅いなぁ。もぉ――、黙っててよ。
『嫌よ。この声は私の心の声なんだから黙る訳ないじゃない』
ごもっともで。
『ほら、昨日かっこいい下着を買ったよね?? その事は言うの??』
言いません。今度さり気なく見せるからいいのっ。
『さり気なくぅ??』
あはっ、ごめん。がっつりだったわね。
『さっすが!! 私!! じゃあさ。彼の朝食、作っちゃおうか??』
はぁ!?
『昨日、練習したんだしぃ。成果みせたいじゃん??』
べ、別にいいわよ。彼の方が上手いんだし……。
『またまた嘘が下手だなぁ――。大丈夫だって。きっと気に入ってくれるからさ』
そうかなぁ……。でもなぁ――。
『弱気は損気。攻めのエルザードちゃんらしくないゾ』
何が、ゾよ。
『あはは!! ごめんね?? でも、色々と早く決めておいた方がいいよ??』
ん?? どうして??
『だってさ……。ほら、見える?? あそこ』
「――――――。あっ」
驚く程明るい月夜の下、街道から大きく外れ何も無い真っ平な平原で夜営を張っている大きな天幕が見えて来た。
その中から六つの強い魔力の波動を掴み取り、そしてそこからちょっとだけ離れた場所に、こじんまりと肩を窄めている小さな一人用の天幕の中から私の魔力の欠片を感知した。
つ、つ、着いちゃった……。
重みの無い羽がふわりと地面に落ちる様に上空から地上へ舞い降り、草の絨毯の上に立つ。
上空に吹く風と比べると地上に吹く風は随分と穏やかで、私の髪を頑張れよと優しく撫でてくれた。
ふ、ふぅ。髪型を直して、人間の姿になって。それから……。
うんっ!!
下着も大丈夫!! かっこ悪く無い奴だった!!
くいっとシャツをずらして見下ろし、そこから覗いた下着は普段用より少しだけ可愛い物だと確認出来て安堵の息を漏らす。
口臭は??
……うん。酔いも醒めているし、大丈夫っ。
クソ狐の匂いは!? スンスンと服の匂いを嗅ぐが、あの狐の臭いは微塵も感じなかった。
まだほんの僅かに果実酒の香りが残っているけどね。
服に掛かったのかな?? まっ、別にいいけど。
目と鼻の先。
手を伸ばせば届く距離にひっそりと佇む小さな天幕を視界に捉えると、心臓がトクンと嬉しい悲鳴を上げた。
いるんだよ、ね?? そこに。
「……っ」
一歩踏み出せば心が高鳴り二歩進めば頬が蒸気する。
想像じゃなくて現実の彼がそこにいると思うだけで、嬉しくて顔の筋力がだらしなくなってしまいそうだ。
私の指が天幕の入り口に掛かると更に心臓が五月蠅く鳴り響いてしまう。
これを開けば……。やっと、会えるんだよね??
「…………ふぅ。よしっ。行こうっ」
大きく息を吸い込み決意を固めると、入り口の幕をゆるりと開いた。
『お邪魔しま――す……』
声、ちっさ!!!!
自分でも驚く程の矮小さに思わず突っ込んでしまった。
いや、起こしちゃ悪いじゃん??
すかさず突っ込んだ自分に一応、そう弁解しておく。
「すぅ……」
わっ……。いた……。
一人がやっと入れる空間に彼が静かに横たわり安らかな寝息を立てていた。
しかし。
「…………」
天幕の入り口が開き、冷たい風が入って来た所為か寒そうに体を丸めてしまった
あ、ごめんね?? 直ぐ閉めるからさ。
すっと幕を引くと漆黒の暗闇が包み、濃厚な雄の匂いが鼻腔を突いた。
堪らないわね……。この匂い。
ちょっとだけツンっとした汗の匂い。女の子宮をキュンと刺激する形容し難い雄の香り。
全部私の大好きな匂いだ。
これだけでお酒は三杯飲めるわね。
夜目を効かせ彼の体に触れぬ様に狭苦しい天幕内を移動し、静かに彼の隣に横たわる。
「…………寝てる、よね??」
何とも無しに声を発してみるが耳を刺激するのは彼の微かな寝息だけ。
風の音も。夜虫の歌声も。口喧しい生徒達の声も聞こえてこない。
只々私の心を温まらせる声だけが届く。
えっと……。折角ここまで来たんだからぁ。も――ちょっとだけ堪能しても罰は当たらないわよね??
彼の隣に女一人が何んとか入れる空間を見つけ出し、冷えた体を温める為に毛布の中へもぐりこんでやった。
どうしよう……。すんごく温かいんですけど!?
彼の体温が毛布を伝い私を芯から温めてくれる。
ちょこんと視線を上げるとそこには自分の腕を枕代わりに眠っている彼の寝顔。
思わず声が漏れてしまう宝石を散りばめた満天の星空。白波が押し寄せ心のしこりを溶かす大海原。どこまでも続く雲が一切見当たらない突き抜けた青空。
世界屈指の風光明媚な景色を以てしてもこの景色には勝てぬだろう。
ずぅっとこの顔を見ていたい。いつまでもこの温もりを感じていたい。
そう感じさせる程の景色に私は嬉しい溜息をついて何をするという事も無く、只々眺めていた。
「はぁ……。やっと、会えたね??」
昨日から何度この顔を想像しただろうか。
現実の彼は想像の数千……いや。比べるのも失礼な程輝いて見えた。
もっと近くで。そう、互いの心臓の音が聞こえる距離で見つめていたい。
無意識の内に私は彼に寄り添い、薄暗い中でじぃっと彼の顔を見上げていた。
「……ん」
彼が寝言を漏らせば心臓が胸を抑えて苦しそうに喜びの声を上げ。漏れる吐息が顔に掛かると否応なしに拍動を早めてしまう。
も、もうちょっと位なら近付いてもいいかな!!
音を極力立てずに、彼の下へとにじり寄る。
んしょ……。
ほ――ら。世界中の男を虜にする美女がこんな近くにいるんだぞ??
彼と共に毛布にくるまり、彼の体に己の体を当て、互いの生の香りを感じる距離に身を置いた。
「あはっ、寒い?? ほら、こっちにおいで……」
ごめんね?? 私が外の空気を入れちゃったから寒いんだよね??
彼が寒そうに顔を顰めると一度だけ小さく体を震わせた。
どうしようかな。
もっと体を密着させて体温を上昇させてもいいけど……。これ以上密着すると私のタガが外れてしまいそうだしっ。
己が本能に従い猛烈爆進したいけども倫理的思考が後退を高らかに叫ぶ。
この相対的事象に悩んでいると彼は何を思ったのか。
「ん……」
枕代わりに使っていた腕を解き私をぎゅっと抱き締めるではないか!!
「へ!? ちょっ……!!」
突然の出来事にここ数年感じた事の無い動悸が体中を駆け巡った。
彼の腕から稲妻が迸り私の体を刹那に痺れさせ。ちょっとだけ冷たい胸元から、柔らかい想いが滲み出て私の中が彼で満たされてしまった。
目の前には私の性欲をギュンギュンに滾らせてしまう筋肉質で厚い男の胸。性欲を無理矢理誤魔化そうと目線を下げると、雄の象徴である一部に注視してしまう。
いやいや。違うでしょ??
そう己に言い聞かせ、視線を上げると……。
「……っ」
上げなきゃ良かった。
己のどうしようも無い性欲を誤魔化そうとしていた感情が彼の寝顔で刹那に崩されてしまう。
卑怯だぞ?? こんな無防備な顔を見せて……。
目線のちょっと上。
そこには甘い吐息を漏らす魔性の唇が鎮座して私の心を狂わせ。傷が目立つ男の腕が私を包み込み、沸々と欲情を温めていく。
んぅ……。参ったわね。
流石に寝ている間に無理矢理するのはちょっとねぇ。
どうせならお互いに意識がある時にしたいし??
今日はここまでで我慢しようかしら。
ていうか。女王である私を湯たんぽ代わりに使うなんてどういう了見よ。
「困ったさんね」
狭い空間から頑張って手を動かし、指先でちょんっと鼻を突いてやった。
この動きが彼の何かを刺激してしまったのか。私の顔に向けて己の顔を近付けて来た。
「へ??」
これは、幻?? それとも現実?? 突然の出来事に頭の処理が追い付かない。
えっとぉ……。このままぱっくり食べちゃってもいい、のかな??
『イケイケ!! 今なら誰も邪魔されないし!!』
五月蠅いわねぇ。少し位考えさせてよ!!
再びもう一人の自分が現れ、この幸せな出来事を受け止めろと咆哮する。
『クソ狐も、口喧しい生徒もいないんだぞ!? 千載一遇じゃない!!』
分かってるわよ!!
『淫魔の女王が据え膳を食べないなんて聞いた事ないぞ!!』
初めては大切にしたいの!!
自問自答している間にも彼が容赦無く空間を削り迫って来る。
わっわっ……。近過ぎ!!
互いの鼻と鼻がちょんっと触れてしまうと私の欲情が一気に沸騰してしまった。
あ、もうどうにでもなっちゃえ…………。
『いよっ!! さっすが淫魔の女王!! 食っちゃえ食っちゃえ!!』
もう一人の喧しい私に倣いこの素晴らしい夜に感謝しながらそっと瞳を閉じた。
「……………………んっ。やっぱ、だ――め」
遅々として迫りくる彼の唇に人差し指で待ったを掛けてやる。
やっぱり、さ。初めてはお互い意識があった時の方が良いと思うのよ。
こんなだらけた寝顔じゃなくて。恥ずかしさで可笑しくなりそうな位、真っ赤になった顔でして欲しい。
私をちゃんと明確に意識して抱き締めて欲しい。そして……。愛の言葉を囁きながらして欲しいの。
『うわぁ――。どこの恋する乙女よ――。今時古風じゃん』
黙りなさいよね。私も勿体無いとは思ってるのよ??
『だったら今からでも遅く無いじゃん!! ほら、イケッ!!』
や――。今日は……こうして寝るんだ。
彼の胸元にポスンっと顔を埋め、彼の体に細い腕を絡ませ、胸一杯に素敵な匂いを吸い込む。
落ち着くなぁ……。この匂い。
何でだろう?? 男の香り、だからかな??
『根性無し!! 無性欲!! 宝の持ち腐れ!!』
はいはい。黙りましょうね――。
邪魔な心の声を無視してひしと彼に身を寄せる。
あ、宝の持ち腐れは肯定出来るかな??
この体いつか、全部……。あげる……ね……??
私の体を彼が余すこと無く包み込み、私は身も心もそして、空気さえも独占されてしまう。
ここ、本当に最高だな……。
高級な綿で作られたフカフカのベッド、まるで雲の上で眠る様な錯覚を感じてしまうふわふわな羽毛が詰められたお布団。
それに対し。
地面に敷かれた硬くて体に悪そうな厚い布。寒さを遮断出来ない質素な毛布。
万人にどちらの寝具を使用して眠りたいかと問えば、十中八九前者を選ぶであろう。
でも、私は彼がいるのなら後者を選ぶ。
安い女、かもしれないわね。
でも良いじゃない。隣に……いや。目の前に彼がいるだけで私は満たされてしまうのだから。
彼の胸元にちょこんと顔を当て、静かに顔を横に振って幸せなお肉の沼へと沈み込んで行く。
今日は世界最高の寝具に包まれたまま安らかな眠りに就こう。
「おやすみ……。お馬鹿さん」
彼の胸の奥に私の言葉を染み込ませると漸く訪れてくれた睡魔に体の全権を預け。人生で一番かもしれない多幸感に包まれながら最高の眠りに就いたのだった。
お疲れ様でした。
今から焼うどんを作り、がっつり食べた後にエピローグを執筆しますので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




