蜘蛛の里へお邪魔します
お疲れ様です。
本日の更新になります。
徐々に一日の終わりに近付くと空の青に茜が混じり始め、太陽が今日の夕食は何にしようかと考え顎に手を添え。空に浮かぶ雲は一日の労を誤魔化す様に大きな欠伸を放つ。
天然自然は表情を浮かべる訳では無いのでこれはあくまでもこの朗らかな光景を捉えた私の妄想だ。
モコモコとした綿雲が何も考えず無防備な状態でぼぅっと浮かんでいるが私の飛翔速度を見付けると、ハっとした面持ちに変化。
そんな驚きを隠せない雲へ向かって世界最高の魔力を帯びたまま突貫を始め、強力な風の力を纏った若干気に食わない淫魔の翼が雲を霧散させてしまった。
本当ならもう少し速度を落として落ち着いた飛行を披露したいんだけどぉ……。我が生徒の母親であるヒューリンが言っていた。
『九祖の血を引く者は魔物の手本となるべき』
その言葉が今も頭の片隅に残り、ずぅっと絶え間なく私に問いかけ悩ませていたのでそれは叶わなかった。
女王の座を引き継ぐ為でも無く魔物の手本となるべきでも無く。純粋に私と彼がこの世に存在した証を次の世代に残したいの。
なぁんで生物として当たり前の行為がこうも難しいのかしら……。
それは恐らく人が考える生物であるが所以なのであろう。
邪魔な倫理観。余計な論理的思考。正常な思考を企む自制心。
こんな下らない物なんか全て取っ払って、恥じも外聞も気にせず彼と素敵で甘い時間を共有して。お互いの体……。ううん。
魂までもが溶け合う濃密な時間を過ごしたい。
「まぁ、絶対拒否するわよね」
私が彼を囲う小さな花達の包囲網を突破し、敵の本拠地への急襲に成功したとしても。
『勘弁して下さい!!』
驚いた面持ちを浮かべ、逃げ腰で私の雷撃を躱すのだ。
もぅ……。私から逃げないでよね。こっちはずぅっとレイドの事を見ているんだから。
軍の任務やこれから訪れるであろう激動の為、私的な時間が限られているのは分かるけどさぁ。
「焦るべきじゃない。それは分かっているんだけど……。あら?? ここだっけ」
あっぶない。危く蜘蛛の里を通り過ぎてしまう所であった。
眼下に広がる深い森。その一箇所から幾つもの強い魔力が発せられている。
「どこもかしこも似た景色だから見逃す所だったじゃない」
一人勝手にぷんすかと行き場の無い憤りを撒き散らして颯爽と淫魔の姿を解除。
そして感知されない様に魔力を消失させ、中々素敵な魔力の下へ誘われる様に高度を落として行った。
「――――。踏み込みが遅い!! 何度言ったら分かるのですか??」
「は、はい!!」
体に纏わり付く湿気と咽返る程の緑の香りが漂う中、ぽっかりと開いた森の空間で素晴らしき力達が躍動している。
へぇ――……。今は蜘蛛の兵士さん達の稽古中なのねぇ。
冬の季節だってのにちょっと汗ばむ気温と湿気の中で体を動かすのは感心しちゃうわ。私だったら汗を掻きたくないから絶対拒否しちゃうもの。
緑の蔦が巻き付く巨木の幹から伸びる太い枝にちょこんと腰を下ろして、彼女達の稽古風景を何とも無しに見学していた。
「ほら、立ちなさい。貴女は倒れていても敵は待ってくれないのよ??」
「くっ……。はぁっ!!」
おっ、良い気迫じゃない!!
指導役である女性の声を受けた兵士が奥歯をぎゅっと握り締めて大地に二本の足を突き立てた。
深い青の着物を着た……。あの子って確かシオンって言ったわよね??
前はどういう訳か目元を覆う程に前髪を伸ばしていたけど、今は随分とスッキリしている。前髪を伸ばしていた理由、それは恐らくあの顔に刻まれた傷の所為だろう。
たとえ強くとも女の子だもの。傷跡は隠したいわよね。
「せぇいっ!!!!」
震える足を御して立ち上がった一人の兵士がシオンの腹部へ向かい、鋭く木剣を突き刺すが。
「甘い!!」
「きゃっ!!」
シオンの木剣が女性兵の木剣を鋭く切り上げ、宙へと吹き飛ばした。
お――。良い剣筋じゃん。
斬撃の威力もさながら、的確に相手の手元を狙いすました攻撃に思わず舌を巻く。
「今の気迫は良かったですよ?? けれど、隙があり過ぎます。最短距離を進み且、敵の急所を狙いすまし己の剛撃を叩き込みなさい」
「わ、分かりました!!」
草の地面に転がっている木剣を拾い女性兵に手渡しながら話す。
上官になって欲しい人物の上位に食い込みそうな姿勢に私はついつい頷いてしまった。
うちの阿保執事もあれ位気が回ればいいのになぁ。フォレインが羨ましいわよ。
「で、ですが。急所を探る為にはどうすれば……」
「相手の癖、何気ない所作、戦闘を継続しながら探る……。方法は幾らでもあります。戦闘中は決して気を抜かない。相手が完全に息絶えるまで攻撃を継続させなさい」
「は、はぁ……。ですが私はシオン様やアオイ様。そしてフォレイン様の様な鋭い感覚を持ち合わせていません」
「いいですか?? 敵は様々な気を発します」
「「「気??」」」
二人の稽古の様子を見守っていた女性兵達の数名が声を合わせる。
「筋肉の動き、目線の移り変わり、刹那に放つ殺気、呼吸の流れ、魔力の上昇又は下降。相手は絶えず状態を変化させ攻撃に移ります。その一挙手一投足を目で、耳で、肌で。五感全てを駆使して感じなさい。そうすれば自ずと感知出来ると思います」
「シオン様は出来るかも知れませんけど……。私達普通の魔物には無理ですよ」
兵士達の中、薄い緑色の髪の女性がぽつりと言葉を漏らす。
「ふふっ。私も最初は出来ませんでしたよ?? ですが、フォレイン様やここの里を守る先輩方々から指導を享受して頂き覚えました。何も一日で覚えろとはいいません。日進月歩。ゆるりとした歩みで体に覚えさせていきなさい」
「はぁ――い。分かりました――」
「語尾は伸ばさない……」
あはっ、どこの種族も若い子の相手は大変そうねぇ。
シオンの溜息を付く様がクソ狐と重なる。
「気を探る……か。シオン様は魔法を使わずともそれが可能なのですか??」
「達人の領域、とまではいきませんがある程度は可能ですよ?? 現に…………。そこの人。隠れて居ないで出て来たら如何ですか??」
シオンが女性兵達から視線を外し、黒の瞳を此方に向けた。
うっそ!? やるじゃん!!
魔力は完璧に感知されないように遮断していたんだけどなぁ――。
「やっほ――。なぁんだ。バレちゃってたか」
軽快な言葉を発しながら軽やかに地面へと着地すると。
「な、何者だ!? 貴様!!」
一瞬で数名の兵士達が私の周りを取り囲んだ。
「通りすがりのか弱い女性よ?? 怖いから武器を向けないで――」
「そ、そんな訳あるか!! 大体、周囲を警戒している兵達の目を盗んでここに現れるか弱い女性なんている筈がないだろう!!」
「うん!! ごもっとも!!」
呆れた声を出す女性兵に肯定してやった。
「ふ、ふ、ふざけるな!! 貴様……」
お?? そんなちゃちな木剣で私と戦うの??
先程までシオンと対峙していた女性兵が木剣の切っ先を喉元に突き刺そうと向けて来る。
「んふっ。私とじゃれ合いたいの??」
「じゃれあう?? ふんっ。貴様の様な武の欠片も見えぬ体に負ける訳がない!!」
最近の若い者はど――も目上の者に対する態度が宜しくない気がするわねぇ。
本日二回目の挑発に怒りを通り越して、呆れてしまった。
「ほぉら。突いて御覧なさい??」
貴女が攻撃する場所はここですよ――っと、私の可愛い喉をちょんちょんと突いて晒してあげる。
「な、嘗めるなぁッ!!」
私の挑発に乗った彼女が一瞬で距離を詰め、無慈悲に私の細い首目掛け切っ先を突く。
えぇ――っと。結界の厚みはこれ位かしらね??
木剣と喉の間に目に見えぬ程度の極薄の結界を張り彼女の攻撃に備えた。
「キャッ!!!! な、なに!?」
「やんっ。どうしたの?? まだその可愛い剣ちゃんは私の喉に到着していないわよ??」
己の渾身の一撃が弾かれてしまい、分かり易い驚愕の色を浮かべて私を見つめる。
「ほらぁ――。お嬢ちゃん?? ここでちゅよ――」
私のふざけた態度が気に食わなかったのか。
「このぉっ!!!!」
激情に駆られ、防御をかなぐり捨てて向かって来た。
ふぅん。ちょっと脅かしてやろうかしらね。
嗜虐心をそそる顔が思わず私のイケナイ感情を刺激してしまう。
「…………。止めなさい」
「シオン様!?」
突貫を開始しようとする女性の前に木剣を差し出して彼女の足を止めてしまった。
もぅ!! 後ちょっとで面白い事出来たのにぃ!!
「な、何故止めたのですか!?」
「ふぅ……。あなたはまだまだ稽古不足の様ですね」
シオンが大きな溜息を吐くと地面の石を手に取り、女性兵の前へぽ――んっと放ると美しい放物線を描いて着地。
すると……。
「!?!?」
地面に設置した魔法陣が石に反応してとても小さな雷を発生させた。
よっぽど感覚に鋭い人じゃないと反応出来ないくらいに極少の魔力展開だったのに……。
「さっすが。フォレインの右腕ね」
大魔を支える重臣の実力は伊達じゃない。言葉では無くとも実力で示してくれた。
「まだまだ役不足ですよ。お久しぶりです、エルザード様」
深々と頭を下げ、礼節を心掛ける者が手本にすべきと思われる挨拶を交わしてくれた。
「エルザード?? 誰です?? この人??」
「美しい姿とは裏腹に魔法に関してはこの大陸で彼女に敵う者はいない。凛とした立ち姿に人々は思わず息を飲む……」
ほうほう!!
いい感じよ?? もっと敬いなさい!!
シオンの甘い言葉に酔いしれ、目を瞑りウンウンと頷いていた。
やっぱり大魔である私は敬服されるべきなのよねぇ。ちょっと私の周りがアレなだけで、これが本来あるべき上下関係なのよ!!
「一度動けば魔物達は恐れ戦き、彼女が発する禍々しい魔力に矮小な動物は眉を顰める……」
う、うん??
その言い方ちょっと怖くなぁい?? 私的にはもっと可愛く言って欲しいんだけど。
「通過した後に残るは混沌の渦。私を含め魔物達は彼女が訪れぬ様にと密かに祈りを捧げる。そして、魔物達は口を揃えてこう言いました。兇変の到来と」
「あ、あのさぁ。人を恐ろしい災害みたいな扱いにするの止めてくれないかしら??」
しかもワザとらしく口調を低くして話すし!!
「そ、そんな怖い人なんですか!?」
ほらぁ、若い子達が怖がってるじゃない。
「まさかぁ。私、ぜ――んぜん怖くないわよ??」
私に恐れをなしてたじろぐ子犬達へ怖がらせない様に話しかけるが……。どうにも信用されていない様だ。
「「「……っ」」」
皆一様に最大限の警戒心を抱きつつ、まるで化け物を見る様な面持ちでこちらの様子を窺っていた。
「ふふ、冗談ですよ。以前、はぐれ淫魔の個体がオークを引き連れ私達の里を襲った事がありますので。彼女達は淫魔に対して若干ではありますが猜疑心を持っているのです」
「あのねぇ。それを悪戯に刺激したのはそっちでしょ??」
全く、心外だわ。
ふんっと鼻を鳴らし、そっぽを向いてやった。
「皆さん。改めてご紹介致します。こちらが淫魔を統べる御方であり女王の座に君臨するエルザード様です。フォレイン様と同じく大魔の血を引く素晴らしい御方ですのでくれぐれも粗相の無い様に」
いきなり粗相をしたのに君は何を言うか。
喉までその言葉が出て来たので慌てて飲み込んだ。
「さ、先程は失礼しました!!」
「いいのよ――。じゃれあいって言ったじゃない」
私に向かって来た女性兵が木剣を収め、頭を確と下げて話す。
こういった何気無い所作もこの子の指導の賜物よねぇ。私よりも随分と若いのに随分としっかりしている。
出来る事ならうちの阿保執事と交換して欲しいくらいだ。
この件について後でフォレインに相談しようかな?? まぁ絶対拒否されるだろうけども……。
「それよりフォレインいる??」
「はい。居られますよ」
そっか。じゃあ古き良き友人の顔を見て行こうかなぁ――。
何とも無しに洞窟の入り口へと向かうと。
「しかし、その何んと言いますか。フォレイン様は現在執務中であり顔を顰めておりますので……。余り気分を害される様な言動を控えて頂くと、こちらとしても助かります」
「なぁにぃ?? 私がアイツを揶揄いに来たと思ってるの??」
「い、いいえ!! そんな事は……」
シオンが可愛い驚きの表情を浮かべ、私に向けて慌てて手を振る。
「どいつもこいつも人を厄介者扱いにしてぇ。ちょっと心外だわ。安心なさい。顔を見て、色々報告したら帰るからさ――」
シオンのお可愛い御顔からからくるり反転。洞窟の入り口に体の正面を向けて再び歩み出す。
「ふふん――。ふふ――」
久し振りの旧友との再会に僅かながらに心が躍る。
湿気を含んだ緑の絨毯から洞窟内の乾いた土の上に足を運び、のんびりと鼻歌を口ずさみながら薄暗い洞窟内に足を入れてやった。
「ねぇ……。大丈夫かしら?? フォレイン様、今日機嫌悪かったし」
「大丈夫よ……。多分……」
その浮かれた後ろ姿を見た女性兵達は得も言われぬ不安感を大いに抱き。頼むから何事も無く立ち去って下さいと、心の中で小さく祈ったのだった。
お疲れ様でした。
この後、番外編を二話更新しまして本編へと戻ります。
今暫くの間、淫魔の女王様の御散歩にお付き合いくださいませ。
今日も大変寒かったですね……。いきなり寒くなり過ぎてまだまだ体が寒さに慣れていないのでより一層寒く感じてしまいます。
そして間も無く訪れる年末年始。
巣籠りに備えて今の内に色々買い揃えておかなければなりませんよね……。
それでは皆様、良い週末をお過ごし下さいませ。




