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教え子の実家へ家庭訪問 その二

お疲れ様です。


後半部分の投稿になります。


話を区切ると流れが悪くなる恐れがあり、一万文字以上の長文となっておりますので予めご了承ください。




 分厚い防壁に包まれたまま大分暗い海水の中を進んで行くと、不意に頭上から柔らかい橙の明かりが降り注ぎ海底と海綿がこびりついているゴツイ岩肌の壁を仄かに照らす。


 これだけでも十二分に素敵な光景なんだけど。


 私達が奥に向かって進んで行くと歩調に合わせ海底からふわっと砂が舞い上がり、頭上から差し込む光に砂粒達が照らされるとキラキラと光り輝き幻想的な光景がお目見えした。



 海の底で不意に始まったお出迎え会に思わず見惚れてしまう。



 へぇ……。結構綺麗かも。


 どうせならもっと砂粒を舞い上げてこのお出迎え会を壮大に演出したいけど……。不法侵入している手前、派手な行動はちょっと躊躇われるわね。


 普段のそれよりも慎重に移動する事に心掛けていると。



「んおっ!! 結構綺麗じゃんっ!!」



 御主人様が散歩に連れて行ってくれる事を確知した飼い犬の様に無意味にピョンと跳ね、大きな尻尾を左右に揺らして軽快な足踏みを披露してしまった。



「おひょ――!! 俺が舞い上げた砂が綺麗に反射してるぞ!?」


「ば――か。他人様の領域なんだからもう少し大人しくしていなさいよ」



 ここを収めるのは九祖が一体、海竜の血を色濃く受け継ぐ大魔なのだ。冷静沈着なアイツはこんな事でヘソを曲げる事はしないけど一応私も一族を纏める者。


 それ相応の態度を以てお邪魔する必要があるのに……。


 まぁ、不法侵入をしている時点でどの口が言うのだと突っ込まれてしまいそうだけどさ。



「ここに来るのは……。三十年振り位かしらねぇ」



 相も変わらずぴょんぴょん跳ねている駄犬に向かって話す。


 無駄な事について忘れっぽいのは自負しているけど、どうもその辺りの記憶が曖昧だ。


 ま、凡そそれ位って事で。



「そうだったっけ?? 久々に来るからつい忘れちまったよ」


「使い魔の中で一番の下っ端のあんたが生まれたのはつい最近でしょ?? しっかりしなさいよ」


「下っ端な俺様だがこれでも余裕で五十は越えているぞ??」


「そんなに経っていたっけ」


「お、おいおい。自分の使い魔の年齢位はせめて覚えておこうぜ」


 やれやれといった感じでベゼルが大きな息を吐いて此方に振り返る。


「一々覚えておくのが面倒なのよ」



 そう、どうでもいい数は覚えなくても良いのだ。大切な数字は絶対忘れないけどね。



 私の大切な彼は二十……。あ、いや。もう直ぐ誕生日を迎えるから二十三歳か。


 人間から見れば立派な青年だけど約三百年も生きている私から見ればまだまだお子様だ。


 でも、その分。


 若いからアッチの方に期待が持てるし?? 何より、龍の契約によって長生きするんだからその分私に一杯の愛を注いで欲しいのよねぇ……。


 普段の生活態度は虫も殺さぬ大人しい顔だけどもベッドの上では女体を激しく食い散らかす獰猛な野獣の様になるのよ。


 私が限界を迎えたってのに彼はまだまだ満足せず、史上最美麗な体を骨の髄まで平らげてしまう。


 彼が満足する頃には私はきっと失神しちゃって素敵な夢見心地を享受して朝を迎えるの。



「おい。階段が見えて来たぞ」



 ベゼルの声を受け、恍惚の表情を浮かべて失神している己の姿を霧散させて前方を見ると前方には確かに石造りの階段が静かに私達を待ち受けていた。


 昔は美しい角度で立っていたのだろうが今は所々が崩れ、石の表面には緑色の海藻がびっしりと覆い尽くし時間の流れを視覚で分かり易く知らせてくれる。


 そして私達は時間の流れの上に足を乗せ、ゆるりと海面へと姿を現した。



「ん――。はぁっ、到着」



 結界を解除すると同時に高湿度且強烈な磯の香りが鼻腔を襲う。



「んへ――。磯くっさ」


「そう?? 私は嫌いじゃない香りだけどな」


「お前と違って俺は鼻がいいの。さてさて……。扉を開けてかつての旧敵とご対面――っと」



 おいおい。


 こいつは本当に礼儀を弁えていないわね。



「はぁ――い。ちょっと待ちなさい」



 通路の奥。


 大粒の水滴を纏う岩肌の中に設置されている岩の扉へと進む駄犬の背に声を掛けてやる。



「あ?? 何だよ??」



 この……。グウェネスといい。駄犬といい。


 私の立場を理解しての発言なんでしょうね?? もうちょっと言葉使いに気を付けなさいよ。



「あなたはもう戻りなさい。無断で入っている上に使い魔がいきなり押しかけたら失礼でしょ??」


「それだったら不法侵入したエルザードも駄目だろ。俺と同罪じゃん」



 ちっ。駄犬のくせに的を射てやがる。



「私はいいのよ。女王だし」


「なぁにが女王だし、だよ。女王だったらもっと気品溢れる立ち振る舞いをするだろ?? お前さんにはそれが皆無じゃないか」


 ふんっと鼻息を荒げてそっぽを向く。


「うっさいわね。ほら、戻れって」



 ベゼルの前に魔法陣を浮かべて私の中に戻るよう催促する。



「え――。久々の外だし。もっと散歩……基。自由に歩き回りてぇよ」


「今度レイドにでも散歩に連れて行って貰いなさい」


「俺は犬じゃねぇ!!」



 今散歩って言いかけたじゃん。


 はぁ――。もぉ――。面倒ねぇ…………。


 この後はフォレインの所へお邪魔して委任した仕事の進捗具合、そこから更にクソ狐の里で御風呂に浸からなきゃいけないのよ。


 こいつは一度文句を垂れると中々指示に従わないのが偶に瑕。そして今後の予定の事を加味して悪戯に時間を消費するのは得策では無い。



 何かいい方法はないかしら?? ブツクサと文句を垂れ流すコイツを一瞬で納得させる方法は……。



「なぁ――。早く入ろうぜ――」



 腕を組みつつ一度体の髄までに主従関係を叩き込んでやろうかと決意させる口調で私を催促する駄犬を睨んでやると視界が世界最強の武器を捉えた。


 そうじゃん。これを使えば良いんじゃん!!!!



「あっそうだ。ベゼルぅ、イイ事して……。あげよっか??」



 天才的閃きが頭に浮かんだので早速実行してやりましょうかね。



「イイ事??」


「そ……。先ず、ほら。お座りして??」


「お座りって。ほら、これでいいのか??」



 波に揺られて海水がチャプンっと押し寄せる岩の床にちょこんと腰を下ろし、無駄にデカイ図体で私の体を正面で捉える。



「ん。いい子ね?? ほら、御手して??」


「はぁ?? 何で俺様が…………っ!!!!」



 早速食いついたぁっ!!


 私が前屈みになり、これ見よがしに女の武器の末端をちらりと見せてやると数舜で目の色が変わる。



「ハッ……。ハッ……。ハッ……!!!!」



 刻一刻と鼻息が荒くなり口から長い舌を垂らして粘度の高い唾液を床へと零す。


 今にも私の果実にむしゃぶり付いて来そうな様子ね。



「ほ、ほら!!」



 私の手、では無く。服の合間から覗き見える谷間を注視して右足を前に出す。



「よぉく出来ましたぁ。はいっ。おかわりは??」


「は、はいぃ!!」



 もう私の双丘に夢中って感じね。でもぉ、まだまだお預けだからね――。



「んっ。もぅ――。強いよ――。ゆっくり乗せなきゃ……イヤだ、よ??」


 はい。ここでさり気なく両腕でむぎゅっと寄せる!!


「うほぉうぉう!!!!」



 変態犬にこの視覚効果は抜群の様だ。


 目が血走り猛った呼吸を続け、私の命令を無視してお座りの状態から勝手に腰を上げてしまう。



「ベゼルぅ……。ここ、なぁんか暑いわよね??」


 右手の人差し指で襟をクイっと下げ、双丘の合間に手の平でパタパタと新鮮な風を送る。


「あ、暑いよなぁ!! じゃ、じゃあ脱がないと!! な!?」


「脱ぐ……?? 脱がせてくれない……の??」



 ここは……。こうね!!


 今まで見せていた胸元を敢えて仕舞い相手の想像力を強力に刺激。


 嫋やかに両手で体を隠す様に覆いそしてぇ……。清らかな乙女の瞳で斜め四十五度の角度で見上げる!!



「はぁ……はぁ……。いいのか!?!?」


「恥ずかしいからぁ……。二回も言わせないで??」



 気怠く垂れた前髪の隙間から蒸気した阿保面を見上げてやる。


 さぁさぁ、淫靡な体に目掛けて飛び込んで来なさい。



「辛抱た、た、堪らん!!!! 今すぐ……。その超絶美味そうな果実をペロペロしてやんよ!! アォォオオ――――ンッ!!」



 ば――か。



「はい。御苦労さ――ん。また用が出来たら呼ぶわねぇ――」



 後ろ足で床を蹴り天井すれすれまで舞い上がり、こちらに襲い掛かって来る駄犬に向かって魔法陣を展開。



「げぇっ!! う、嘘だろ!?」


「あんたはこうでもしないと言う事聞かないし」


「ま、待て!! 約束とちがっ……!!」


「何も約束していないじゃない。じゃあ――ね――」


「う、裏切り者ぉぉおお――――ッ!!」



 地上へ下降しながら捨て台詞を吐き、血走った目に大粒の涙を浮かべながら魔法陣の中へと姿を消して行った。



 はぁ――。余計な体力使っちゃったな。


 でも、これで漸く堂々と訪問出来るわね!!


 少しばかり凝った肩をぐるりと回して通路の奥へと進み。主の帰還を待ち望んでいる岩の扉に触れると左右に素直に開き、そして我が教え子の実家へとお邪魔させて頂いた。



「うわぁ……」



 相も変わらずすんごい本の量よねぇ。


 先ず目に飛び込んで来たのは二階建て程の高さの本棚だ。その一面に隙間無く本が整然と陳列されている。


 鼻腔を擽るのは紙特有の香りと少しだけ埃が混ざり合った空気だが、不思議な事に海底に沈んでいる筈なのに磯の香りは微かにしか捉えられなかった。


 後ろ手に手を組み、フンフンと頷きながら本棚の合間を進んで行くと。とある本の題名が私の軽やかな歩みを止めた。



「わっ。この本……すっごい前の奴じゃない」



 その本を手に取り、何気なく紙を捲ると幼少期に読んだ童話が目に飛び込んで来た。


 なっつかし――!!


 グウェネスに寝る前に良く読んで貰ったっけ!!


 あいつ、童話に一々難癖付けながら読んでいたわよねぇ。



『栗鼠の王子は襲い掛かる矢から彼女を庇い……。エルザード様。おかしいと思いませんか?? 栗鼠の体長、並びに肉の厚み、矢の勢いを考慮致しますと。放たれた矢は余裕で栗鼠を貫通すると思います。盾の意味を成しません。それに矢が放たれた場所から、着弾するまで数秒足らずしかありません。とてもじゃありませんが栗鼠如きの速さでは間に合わないかと』



『もう!! 早く続きを読んでよ!!!!』



 子供を寝かしつける為に読むのになんで寝る前に発奮しなきゃいけないのよ。


 童話の内容処か、要らぬ情報の方が頭にこびりついて眠れなくなった幼少の頃の苦い記憶を思い出してしまった。


 私の子供にはちゃんと童話を読み聞かせてやろう。そう決意して静かに本を棚に戻した。



 基本中の基本の魔導教書、人体構造の解説書、種族間の差異について及びその傾向と対策等々。



 大変御堅い題名達が私の歩みを両側から監視する様に冷静な瞳で見つめるも、それを苦にせず。


 まるで買い物中の女子の軽い歩みで聳え立つ本の合間を縫って奥へと進んで行くと開かれた空間へと躍り出た。



 おっ、中々快適そうな場所ね。


 正面に長机が二対、床の木目と平行に置かれている。


 ここが海の中という事を忘れさせてくれる程天井は高く窮屈な思いは一切しない。



「随分と痛んだ机ねぇ……」



 この家の主の了承を得ずに座り心地の良い椅子に何気なく腰かけ、机の上の傷を何とも無しに見下ろす。



「ん?? この落書きって…………」



 木目に逆らう様に擦った傷、何かの液体の染み。その中にちょっとだけ異質な傷跡が私の目を引いた。



「あはっ。文字の特徴で分かるわ。これ、カエデの落書きじゃない」



 多分、子供の時の悪戯書きであろう。


 幼稚な文字とは対照的に、文列は木目に沿ってきっちりと美しい平行線を描いて机に刻まれていた。



『しょうらいのゆめはおとうさんとおかあさんをこえる、まほうつかいさん』



 んふ。


 それにはまだまだ時間が掛かりそうねぇ。


 擦り切れてもう殆ど見えなくなった文字で書き綴ってあるのは他愛のない子供が夢見る他愛の無い将来の願望や夢。


 両者の終わりには注意して見ないと分からない程小さく、そして窮屈そうに肩を窄めてこう締めくくられていた。



『すてきなおよめさんになって。だいすきなだんなさんをささえていきたいです』



 謙虚な姿勢よねぇ。


 夢なんだから、世界最高の魔法使いになる!! とか。超絶美人な御嫁さんになるっ!!とでも書けばいいのに。



 それに?? この小さな可愛らしい夢は恥ずかしかったのなら書かなきゃいいのに。


 そんな心配をこちらに湧かせる程に矮小な文字で綴られていた。


 素敵なお嫁さんになって旦那さんを支えて行きたいです……、か。



 大人になって子供の夢を聞かされるとさ。


 何を馬鹿なと思う事もあれば。ハッ、と何かを気付かされる事もある。


 この謙虚な文字が良い例だ。


 十数年の時を経て、幼稚な文字を通して幼いカエデが私に問いかけてくる。



『おねぇさんはけっこんしないの??』



 好きな人はいるのよ??


 でもね。こわ――い人達が私の恋路を邪魔するの。



『そ、そうなの??』



 そ――よ??


 特に普段は物静かで、優等生で、本の虫の可愛い子がいるんだけどね。


 私が好きな人にちょっかいを掛けるとその子が物凄く怒るのよ――。


 だから、くっつけないでいるのよ??



『おねぇさんかわいそう!! わたしがそのひとをやっつけてあげる!!』



 ありがとうね??


 ま、成長したあなたの事なんですけど……。



「結婚…………か」



 人間同士なら法で夫婦と認められれば、生涯死を別つまで夫婦として添い遂げる事が出来る。


 しかし魔物にはこれといって特に定められた法は無い。


 一応、習慣として結婚式は挙げるみたいだけどね。



 結婚式はそうねぇ、里で盛大に……。


 いや、静かに二人だけで挙げたいかも。



 誰居ない静かな孤島、海からの風が静かに吹くと草が微かに擦れる音が響き。波のさざ音が私達の式を祝福してくれる。


 夜空から降り注ぐ怪しい月明かりを受けた私を捉えると彼が物凄く驚いた顔を浮かべるのよ。


 そして二人は幻想的で風光明媚な風景の中で誓いの口付けを交わす。



 私が彼の腰をきゅっと抱き、彼がぎこちなく私の肩を優しく食む。


 そっと唇を離すと透明な幸せの架け橋が両者を結び、二人は永遠の愛を誓うのだ。



 うんうん!! いいじゃない!!


 この減量旅の途中で式場候補を探そうかな?? あ――、でもこの大陸で挙げるとなると口喧しい連中達が大挙してやって来そうよね。


 彼と私だけの式場選びに唸っていると正面奥に見える一階部分の三つの扉。


 その一番左端の扉が静かに開かれた。



「あれ?? エルザード、さん??」


「久々ね、テスラ。お邪魔してるわよ――」



 椅子で寛ぐ私を見付けるなり目を丸くして驚きを隠せないでいた。


 海よりも深い青の長髪、後頭部の髪を乱雑に縛りそれぞれが好き勝手な方向に向いている。


 カエデの寝起きみたいな髪型ね……。


 薄汚れた白のローブにしわくちゃな青のシャツ。



『引きこもりの研究者』



 正にその姿を体現した格好に何とも言えない気持ちが生まれた。


 もう少しさぁちゃんとした服装。それと身だしなみにも気を遣って欲しいものだ。



「ってか。侵入に気付きなさいよね。仮にもこの大陸で一二を争う魔法の使い手でしょ??」



 机の上で頬杖を付き、若干呆れながら言ってやった。



「はは、申し訳無い。悪意の欠片も感じ無かったから無視しちゃったよ。ほら、例の件。いよいよ最終段階に入ってね?? 毎日が忙しくてそれ処じゃ無いんだ」



 陽気な笑みを浮かべて私の正面の椅子に腰かけた。



「へぇ?? 進捗具合を聞かせてくれる?? 他の面子にも知らせておきたいし」


「構いませんよ。魔女の居城、その最奥には魔物の侵入を防ぐ防壁が展開されています。エルザードさん達からの依頼。それに……私の研究を兼ねて例の件に着手しました」



 真剣な面持ちでそう話す。



「改まってどうしたのよ」


「ほら。エルザードさん忘れっぽいから一応説明しておこうかなぁって」



 あははと笑い、さり気なく失礼な事を言い放つ。



「ふんっ。で?? どうなの。出来そう??」


「えぇ。後……そうですね。一か月……。いや。二か月あれば完成するかと」



 口元に指をあてがい、頭の中で大雑把な計算をしているようだ。



「了解。イスハ達にもそう伝えておくわ」



「何人も通さぬ鉄壁を誇る障壁を突破する難解な魔法の構築。確立した術式を術符に魔力を籠めて描く。一見簡単に見える構図ですが術式の構築に数十年。更に私の魔力に耐えられる素材の術符を探すのに三年。それから精査を続けてやっと最終形が見えてきたのです!! いやぁ……。正直骨が折れましたよ。何度か先生に意見を伺いに行ったのですがね?? やれ面倒だ。やれ自分で仕上げろ。事ある毎に文句を仰るものだから困ってしまったのですよ。あ!! そうだ!! エルザードさんにも是非……」



 喜々とした瞳の色で捲し立てる彼には悪いが自分の中でこれからの予定を組み込む事にした。



 最大の難所であった障壁を突破するのに掛かる時間は後二か月……。


 マウルが言うには魔女の復活は年が明けてからって言ってたし。何とか間に合いそうね。


 問題があるとしたら私達じゃなくて、あの子達か。


 今でも十分な戦力として頭数に入るけど正直後一つが足りないでいる。



 それは……。そう、覚醒の制御だ。



 ミルフレアとの激戦でマイが暴走状態にまで陥った時は正直焦ったわね。


 あのまま戦いを続けていたら恐らくマイは亡き者になっていた。勿論、ミルフレアも無傷では済まなかっただろう。


 最終決戦に臨むにあたって誰一人として欠けてはならない。作戦を成功させる為にはあの子達の力が絶対必要になるから。




「話し過ぎてちょっと舌が乾いちゃいました。所で……」



 何か話し難そうにこちらをちらりと見る。



「ん?? なぁに??」


「娘を指導してくれているんだって??」


「あぁ。うん、一応ね」



 何だ、聞きたいのはそんな事か。



「迷惑を掛けるよ。本当は私が色々と教えてあげたいんだけどさ。ほら。忙しくてそれ処じゃ無いし……。それに。レイド君にも娘が世話になってさ。何か父親らしい事してやれていないなぁって思う時もあるのですよ」



 研究熱心な一方、父親らしくカエデの事は一応気に掛けているんだな。



「意外って顔ですね??」


「ふふ。正解」



 あらま。顔に出ちゃった??



「先日、ふらりと空間転移で帰って来た時は本当に度肝を抜かされましたよ。あの年でもうその領域まで到達しているのなんて夢にも思わないですし……」



「私がね?? イスハの所であの子達を集めて稽古を付けている時に術式を見せてあげたの。そしたら興味津々といった感じで食いついて来てさぁ――。やれここはどうするんだ。やれもっと魔力を抑えたいだ。怒涛の質問攻めで辟易したわよ」



 懐かしいなぁ。


 数か月前の事が鮮明に頭の中に蘇る。


 あの喜々とした表情。


 ふふ、まるで新しい玩具を貰った子供みたいだった。



「カエデの歳の時、私は……。あぁ。まだ先生の所でひぃひぃ言いながら術式の構築を続けていたなぁ」


「マウルの所??」


「そうです。いや、参った。この調子でいくとあっと言う間に抜かされそうだよ」



 嬉しい様な、困った様な。


 父親としては多少複雑な気持ちが顔に現れている。


 自分の知らぬ所で娘がメキメキと頭角を現せばまぁそうなるでしょうね。



「でもさ。本を置きに帰って来ているんでしょ?? その時に色々話さないの??」




「話しますよ?? でも、ほら。年頃の娘って父親につんけんするじゃないですか。お帰り――って言っても。『……ただいま』 って感情を籠めない簡素な言葉で返して来てね?? レイド君達の様子はどうだい?? って聞いたら。『普通』 たった二文字で返される始末なんですよ。買って来た本を読みたいなぁって言ったら。『触らないで』 邪険にあしらわれた時は流石に凹みましたよ」



 あらまぁ……。


 思春期真っ只中、絶賛反抗期中の女の子じゃない。



「私の前では余りそういった姿は見せないわよ??」



 何度か怒られた事は秘密って事にしましょう。


 指導者の面目丸潰れはちょっと、ね。



「肉親にだけ、って奴ですよ。照れ隠しなのか将又あまり聞かれたくないのか……。昔は甘えて来てくれたのになぁ」



 がっくりと肩を落として話す姿は思春期の子供を相手にする父親そのものだ。



「色々と一段落したらカエデと話す時間を設けたら?? ほら。家族奉仕みたいな感じで出掛けてもいいし」


「娘が嫌がりますよ。ここだけの話……。カエデは今の生活が楽しくて仕方がないらしいですよ??」



 声の声量を数段落として言う。



「楽しい??」


「えぇ。自分の部屋に戻っては何やら思い出を日記にかな?? それに書き記していますし。後、家族にしか分からない微妙な表情の変化。毎日が充実している証拠が多々見られてね……。いやぁ。やっぱりレイド君に連れて行ってもらって正解だったなぁ」



「でしょうね。こんな海の中で魔法の研究ばかりしていたら気が滅入っちゃうわよ」


「酷いですねぇ。まぁ、否定はしませんけど。レイド君、か。娘を貰ってくれないかな。彼になら喜んで託すんですけど」


「あ、ごめん。彼、私ともう良い仲になっちゃったから」



 よし!! ここで既成事実を作っておこう!!


 鬼の居ぬ間に外堀を埋めてぇ。包囲網を狭めていけば自ずと彼は私と……。


 ぬふふ。計算高い女なのよ、私は。



「え?? そうなの?? 初耳、だけど」


 キョトンとした表情でこちらを見つめる。


「初めて言ったもん」


「そっかぁ。それじゃあ、仕方がないのかなぁ。あ、でも。魔物に一夫一婦の決まりは無いし」


 何やらぶつくさと独り言を放ち、真剣な面持ちで難しい表情を浮かべている彼を若干優越感に塗れた顔で見下ろしていると。




「…………あなた。何でも鵜呑みにするのは良くありませんよ」



 突如として透き通った声色が私の背後から放たれた。



「あ、ヒューリン。お帰り」


「ただいま。エルザードさん、お久しぶりですね」



 陽性な笑みを浮かべてこちらを見つめる。



「ど――も。お邪魔してるわよ――」


「どうぞ御寛ぎ下さいね」



 水色の美しい髪がはらりと揺れ動くと思わず川のせせらぎを連想してしまう。


 きゅっと整った眉、澄んだ水色の瞳、見事な流線を描く頬。


 う――む…………。顔はまぁまぁだけど。


 んふっ!! 体付きは圧勝かしらね!!


 残念だけど胸の大きさは凡百の女と変わらないしぃ。



「あなた。研究は一休みですか??」


「うん。ちょっと一段落したからね」


「そうですか。根を詰め過ぎるのも良くありませんからね」



 ヒューリン、か。テスラと同じ海竜。


 確か此処から随分と南に行った海域の出身だっけ??


 魔物の姿になれば水の力を自在に操り、容易く海を割る力を有している。


 水関係は正にお手の物。


 魔法が得意な種族なのにそれ相応の膂力を有している。ちょっと卑怯じゃない?? そう何度思った事か。


 カエデを見れば大方察する事が出来るけど種族特有の真面目な性格なのか、海竜達は論理的思考が先頭に立って物事を話すわね。



「エルザードさん」


「ん?? 何かしら??」


「お茶でも如何です??」


「あ――。折角だし、呼ばれようかしらね」


「直ぐに御持ち致しますね」



 小さくお辞儀を交わし、テスラが出てきた部屋へ姿を消した。



 ん――。何だろうなぁ。ちょっと苦手かも、あの人。


 言葉は凄く真面目なんだけどさぁ。


 上手く言えないけど……。言葉の隅の隅に棘がある気がするのよねぇ。


 女性は分かるのよ?? そういう微妙――な感じ。


 これは多分、テスラに対する感情なのだろう。



『私以外の女と仲良くして』 とか。


『早く帰ってくれないかな――』 とか。



 陽性な感情では無く、陰性な感情が言葉の中に小指の爪の垢程度に混じっているのよね。



「あ、申し訳ない。お茶、出し忘れていたね??」


「いいって。進捗具合を聞きに来ただけだし。それにこの後フォレインの所に寄る予定だから長居はしないわよ」


「――――。あら、そうなのですか?? 残念ですわ」



 私が言い終わると同時にヒューリンが盆の上にコップを乗せて戻って来た。



「はい。どうぞ」


「ありがとうね」



 手元に置かれた白いコップ。


 紅茶の華麗な赤色が私の喉に潤いを与えようとしてこちらを見上げていた。



「あれ?? この茶葉……って」


「一番良い茶葉ですよ。偶にしか訪れないお客様ですからね」



 ほら!! 今の感じ!!


 良い奴出したから、有難く飲んでさっさと帰れって言っているようなもんじゃない。


 でも。



「……ふぅ。美味しいわね」



 紅茶の味は最高であった。


 口から鼻に抜ける茶葉の香り。舌を喜ばせる熱さと僅かな苦味が何とも心地良い。



「ありがとうございます。……娘がいつもお世話になっています。大変でしょう?? 年頃の娘の指導は??」



「自分が分からない事は出来るだけ誰にも頼らずに己自身で解決しようとしているけど……。どうにもならなくなった時だけ私が手を差し出す方針なの。だからそれ程大した事はしていないわよ?? 負けず嫌いなのよねぇ」


「変わらないわね。あの子は……」



 お互い紅茶を一口口に含んで話す。



「ほら。この前さ空間転移で帰って来たじゃないか。あの時、ヒューリンに何か話していただろ??」



 何だろう??


 他愛の無い世間話かな。



「あの時は、そうですね。エルザードさんのお話をしていました」


「私の事??」



 おっ。


 世界最高の魔法使いで――。誰よりも頼れて――。


 超絶可愛い人!!


 そんな風に褒めてくれたのかしら??



「あの……。少し言い難い事なんですけど……」


 コップを机の上に置き、しどろもどろにそう話す。


「別に気にしないわよ??」




「で、では。性教育に関しては私が受け持ちますので、その……。男性を喜ばせる技を指導するのは出来れば遠慮して頂けたらと」




「「ブフッ!?」」



 ヒューリンの言葉を受けた私とテスラが同時に紅茶を吹き出してしまった。



「エ、エルザードさん!!!! 真面目な娘に何てこと教えているんですか!!」


「ち、違うのよ!! 私が彼に迫っている時、それを参考に見ているのよ!!」



 あ、あの子ったら!!


 よりにもよって親に言う事ないじゃない!!



「そ、それでも人前でそういう事を行うのは一般常識として如何な事と思いませんか!?」


「だってぇ。私、淫魔だし?? 男を誘惑するのは当然じゃない??」



 まぁこれが妥当な言い訳でしょうね。


 私の台詞を聞くとヒューリンの眉がピクリと動く。



「あなた。ちょぉっといいかしらねぇ??」


「何だい?? い、痛いって!!」



 テスラの腕をグイグイと引っ張り、そのまま部屋の片隅へと連行されて行く。



『娘の事はレイドさんに一任していますけど……。何ですか?? あの淫らな指導者は?? 私は淫らな事を覚えさせる為に娘を外に出している訳じゃないのですよ??』


『い、いやそうだけど……。いつかは覚える事だから良いじゃないか』



 ふぅん。そういう事か。


 片や容認片や不承。放任と干渉。


 両親の教育方針はまるで違うみたいねぇ……。


 身だしなみに関しては父親譲りで、頑固な所は母親譲り。


 もうちょっとましな所を見て育ちなさいよ。


 幼少期の頃の生徒に口を酸っぱくして説教したくなってきたわ。



『またそうやって何でも他人様に押し付けるのですから。魔法の指導に関しては了承します。しかしですね?? 私生活まであの淫らな性格が現れたらどうするんですか』


『この前帰って来た時、そんな感じはしなかったじゃないか』


『いいえ!! あの子はきっとレイドさんにいつかは淫らに迫るのです。お腹を痛めて産んだ子だから分かります!! いつかはレイドさんに貰って頂くのに今から淫らになってどうするのですか!?』



 はぁ……。めんどくさっ。


 カエデがひねくれた……基。


 時折、激情を籠めた瞳で私を見下ろして来るのもこうした争いを無くしたいが為に覚えた行為なのだろう。


 分かるわよぉ、カエデ。


 誰だって両親が喧嘩する様を見たくないわよね??


 心中お察しするわ。



「じゃ、私行く所あるからそろそろ行くわね――」



 紅茶をくいっと飲み干し、足早に出口へと向かう。


 これ以上他所の家族問題に首を突っ込むのも憚れるしねぇ。



「イスハさん達にご報告お願いしますね!!」


「ちょっとあなた!! 他の大魔の方々に迷惑を掛けていないでしょうね!? 嫌ですよ?? 私。他種族の方々からあれこれと難癖付けられるの……。私達海竜は聡明であるべきで、魔物を率先して導いて行くべき種族なのです。特にあなたは九祖の……」



 うはぁ。


 聞いているだけで頭が痛くなりそうな言葉の雨ね。


 でもこの感じ……。カエデにそっくり。


 似て欲しくない所ってさ。似ちゃうって聞いた事があるし。


 テスラは何でヒューリンを選んだんだろうなぁ。



「分かってるよ。だから落ち着いて、ね??」


「いいえ、あなたは分かっていません。レイドさん達と良好な交友関係を築く為には論理的思考を繰り広げるべきであって、淫らな事は除外しなければなりません。それなのにあなたと来たら……。娘の事は娘が決めるべきと言うじゃありませんか。私達がとやかく言うのは娘の為にと思って……」



 まっ、どうせ尻に敷かれたいから選んだのね。


 そうじゃなきゃ口煩い嫁なんか貰わない筈だしっ。


 自分で勝手にそう決めつけ、今も激しく口撃を受けているテスラを心の中で僅かながらに同情しながら後ろ手で扉を閉めた。



 さってと。気分転換にフォレインの所で遊んでいこ――っと。


 咽返る磯の香りを胸に吸い込み、気分を切り替え。扉越しに聞こえる女のキンキンした声に別れを告げて気長に海中へと進んで行ったのだった。




お疲れ様でした。


少ない時間を見付けてはプロットを執筆しておりますが、中々本編を更新できずに申し訳ありません。


本編の現在のプロットの段階としては人間側の訓練の中盤、といった所でしょうか。


ネタバレになるので詳しい内容は言えませんが、終盤にかけて過酷になっていく感じでしょうかね。


又、魔物側の特訓内容。並びに内なる者達との邂逅の様子も徐々に書けていますので御安心?? 下さいませ。


日々寒くなっていますので体調管理には気を付けて下さいね。



それでは皆様、お休みなさいませ。



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