教え子の実家へ家庭訪問 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿なります。
昼から夕の間、そんな中途半端な位置に太陽が傾いて行くと少しだけ冬の香りが強まり肌を刺す空気が冷たくなる。
乾いた空気の壁が私の飛翔を妨げようとするが、風の膜を纏い隼の飛翔速度を優に超える速度で飛ぶ私には何の障害にもならなかった。
出発地点である私の里から大分離れている位置まで飛翔して来た御蔭か体が妙に熱い。
それはつまり!! 体の余計な脂肪を燃焼出来ている証拠だ。
一気苛烈に魔力と体力を放出すれば直ぐに痩せると思うんだけど……。そこを敢えて魔力を放出せず、必要最低限の魔力で体を宙に浮かして風の力で空を舞う。
この中途半端な力の継続が痩せる秘訣なのかもねぇ。
只、まどろっこしい事が嫌いな私には不釣り合いの様だ。
「ふぁ――」
意図せぬ欠伸が口から放たれてしまい少しだけ顎を開き過ぎた所為か。ちょっとだけ顎の筋を痛めてしまった。
不慣れな力の制御、そして小一時間程前の料理教室。
慣れない事をすると本当に疲れるわねぇ……。久々の料理のお陰で肩が凝っちゃったわ。
多分だけど、この肩凝りの大半の要因はフェリスの子供持論からくるものであろう。子供について今は全く以てその想像の片鱗すら浮かばないが。
私も一応九祖の血を引く者。
そろそろ世継ぎについて本腰を入れた方がいいのかなぁ??
焦ってもろくなことが無いだろうし、それに相手の事もある。
いきなりさぁ。
『ねぇ――。レイド。子供作ろ??』
等と言うものなら。
『はぁ?? ご遠慮下さい』
って、門前払いを食らうに決まっている。
私が孕んであげるって言っているのにあの男ときたら下らない言い訳を放っては逃げるし!!
世の男なら頭を垂れて嗚咽しながら感謝の言葉を述べるって言うのに!!
「ふんっ」
彼の情けない言動と逃走を想像してむしゃくしゃしたついでに後でクソ狐の所で温泉浸かっていこ――っと。汗も掻いちゃったし。
あ、そのついでにフォレインの所にも寄って行くか。丁度、蜘蛛の縄張りの真上を通り過ぎるからね。
頭の中でこれからの予定をアレコレと描きつつ、シャツの襟をくいっと下げて若干汗ばみ厭らしく湿気を帯びた肌を冷ましていると、ピリっとした感触が体を突き抜けた。
「ん?? あ――。ここって確かテスラの家の近くかぁ」
空で動きをピタリと止めて眼下に広がる青海を見下ろして集中力を高めていくと矮小な魔力の点が海の随分と深い位置に存在しているのを掴み取る。
通常時なら全く気付かないだろうけど、恐らく本来の姿で飛翔していたから察知出来たのでしょう。
家の周囲に微弱な結界を張り、己の魔力が外部に漏れぬ様施しているが……。
大天才であるこの私の感知からは逃れられないのよ!!
例の件について進捗状況を確認しておきたいからちょっと寄って行こうか。
「海の中だから風の力で膜を張ってぇ。空気を閉じ込めて結界を張ってっと……。うんっ!! 上出来っ!!」
淡い緑の光を放つ球体が私の周囲に広がり魔力と同調する様に美しい光沢を発している。
これだけの厚さだったら水圧で崩壊する事もないでしょう。
ってな訳で、このまま海に突撃しま――っすっ!!
「とぅっ!!」
空高い位置から鷹の速さを容易く超える速度で海面へと突入すると静かな海面から太い水の柱が天高い位置まで迸る。
その呆れた速度を維持したまま海底へ向かって一直線に突き進んで行くのだから、海の中で静かに棲んでいる生物にとっては大変迷惑な行為であろう。
海面を突き破り、物凄い勢いで海中を進んで行くと。
「ッ!?!?」
海豚さんが私の突然の訪問に驚き黒い真ん丸お目目を更に丸めてしまった。
あははっ。ごめんね?? イルカさん。
ちょ――っと横通るわよ――。
驚愕の瞳の色で私の潜行を見つめていた海豚さんにお別れを告げ仄暗い海底へと着底した。
「へぇ――。この岩が入り口なのか。考えてあるわねぇ」
淡い光を放つ球体を手元に浮かべ周囲の岩と見分けがつかない入り口を凝視する。
びっしりと生えた苔?? 違うな。
えっと……。海綿だっけ?? まぁいいや。
うにょうにょふわふわした物がびっしりと岩に付着し、それを隠れ蓑にした魚がおっかなびっくり私を見下ろしている。
じゃあ、お邪魔しま――す。
いざ、海竜の家に無断で侵入しようと画策するが……。堅牢で難解な魔法陣が岩の前に浮かび私の楽しい散歩を阻んでしまった。
「うっは――。何よ、これ」
流石カエデの父親なだけはある。
幾重にも重なり複雑に絡み合う術式で構築された強固な結界。
末端から解いていこうとすると馬鹿みたいに時間が掛かるし、途中で失敗すれば恐ろしい力が放出されて侵入者を撃退する様に出来ている。
しかも!! 超厄介な事に術式を解く為には自分が好きな所から始めるのではなく。末端、つまり最初から長々と咀嚼して行けば自ずと正解に辿り着く様に出来ているから質が悪い。
ここを通りたければ私が時間を掛けて構築した術式を一つずつ丁寧に順序良く解除していきなさい。
と、鬱陶しい術式を通して私に問いかけている様だ。
あの耄碌ジジイの弟子ともあって順序を守らせる事が大好きよね。
だ、け、ど。私はあんたと違ってキチンとした道筋を進むのは大っ嫌いなのよ。
「従順なる我が眷属よ、我の魔力を糧にその姿を現しなさい!!」
周囲に出来るだけ迷惑が掛からない程度に体に秘めたる膨大な魔力を解放する。
「よぉ!! 待ってました!! 俺様の出番って奴だな!!」
このクソ生意気な口調。誰に似たのかしらね……。
大人の背よりも高い体の黒犬が私の前でお座りして厭らしい舌を伸ばして荒々しく呼吸を続けていた。
「ベゼル。後は宜しく――」
さてと。使い魔の解析が終わるまで何しようかなぁ??
あっ、可愛い貝殻とか落ちていないかな!? 見付けたら耳飾りにでもしようかなぁっと。
「お――いおいおい。どこ行くんだ――??」
「え?? ちょっと散歩してこようかなぁって」
無駄にデカイ黒犬が軽い歩調で進んで行く私を呼び止めてしまう。
「あのな?? 俺様が態々難解な術式を解析するってのに主であるあんたは悠々と海中散歩かい??」
「そうよ??」
何を言っているんだ?? この駄犬は。
あんたの存在意義はただその為にあるんでしょうが。
「ほぉ――ん。それが人に物を頼む態度かねぇ??」
「あんたは人でも無く、犬でも無い。使い魔でしょ」
ド正論を空っぽの頭に叩き込んでやった。
「まぁ……そうだが……。いや、でもさ!! 使い魔にも偶には褒美が必要だと思うんだよね!?」
「褒美??」
どうせまた下らない事だろうけど。
「そうそう!! ちょっと頼みにくい事なんだけどぉ。聞いてくれる??」
「聞くだけよ」
凍てつく氷より冷たい視線で駄犬を見つめて話す。
「ミノタウロスの里でさぁ――。あの爆乳奥様が耳打ちした内容、覚えているだろ??」
あ――。
あの童貞を駄目にしてしまう超過激な秘儀、か。
「あ、あれを俺の顔に……。そのぉ……してくれたりなんかしちゃったり!?!?」
うっざ。
「おい、駄犬。今の状況をよく見ての発言か??」
「へ??」
私の発言を受けるとくらぁい海中をキョロキョロと見渡す。
「今は私が風の魔法で空気を吸える様にそれと結界で周囲の水圧からあんたを守っているのよ??」
「おぉ。便利だよな!!」
はぁ……。
私のどこの性格から反映されたのよ。この馬鹿さ加減は。
「いい?? 言うなればあんたの身の安全は私が握っているの」
「ふむふむ。つまり??」
「つまり!! あんたの所だけ元の状態に戻す事も可能なのよ!!!!」
あ――腹立つ。
何で主人である私がこんなに喉を涸らさなきゃいけないのよ……。
「元の状態…………。っ!!」
やっと理解したか。
「分かった?? 大人しく言う事を聞く分には球体で水圧から守ってあげる。もし、少しでも反抗する素振を見せたら……」
駄犬に向かって右手を翳し、人差し指と親指を徐々にゆ――っくりと近付けて見せる。
「お、お、おいおい!! 狭くなってるって!!」
「これで分かった?? 溺れたく無かったらさっさと解析しなさい。ここでちゃんと監視しているからね!!!!」
「ちっ。これだから癇癪持ちは嫌だぜ……」
ぶつくさと文句を垂れ、岩へと鼻を向けた。
「は?? 何か言った??」
強制的に球体をぎゅっと縮めてやる。
「んぎぃ!! じょ、冗談だって!! 解析出来ないから広げろ!!」
「広げろ??」
「広げて下さい!!」
「ん」
躾が出来たので元の大きさへと戻してやった。
「ったく。レイドも苦労するぜ……」
「はぁ??」
「何もですっ!!」
それから慌てふためいた馬鹿犬は渋々と魔力を解き放ち、眼前に聳え立つ難解な術式の解析を始めた。
レイドも苦労する、か。いつもはにかんでいるのはその所為なのかなぁ。
そう思うとちょっとだけチクリと胸が痛む。
私の事、迷惑?? 邪魔じゃないよね??
後ろ向きな考えが心の中の暗い闇から首を擡げて這い出て来る。
駄目だなぁ……。フェリスから子供の事を聞かされてから、なぁんか前向きな考えが出来ないのよねぇ。
淫魔の掟上、相手から無理矢理迫られるのは了承出来ない。
というか彼は絶対そんな事しない。ううん、してくれないだろうし。
淫魔であるが理由に強引に襲ってもいいけどさぁ。やっぱり、お互いの愛を確認しないと。
そうじゃないと生まれて来る子供は祝福されないだろうし……。
別に私は構わないわよ?? 彼の子なら喜んで育てるし。でも、彼はきっとそれじゃ私達二人を受け入れてくれない。
うぅ……。淫魔の女王であるこの私が何でこんなに悩まなきゃいけないのよ!!
もう面倒だ!! 今から襲いに行って、ちゃっちゃと孕んでやろうかしら!?
「……お――い。聞いているかぁ??」
「え?? あぁ。ごめん。考え事してた」
ベゼルの声が出口の見えない葛藤の中から私を現実へと引き戻した。
「何だよ。深刻そうな顔して」
「あんたが思う以上に私も悩んでいるのよ」
「へいへい。じゃあ、開けるぞ?? …………ふんっ!!」
ベゼルが漆黒の魔力を解放して岩の前に浮かぶ術式に当てる。
すると。
「お――!! 開いたわね!!」
強固な岩が重低音を響かせて両側に開いて行き、大蛇の顎間接を彷彿させる様に大きな出入り口がポッカリと開いて私達を迎える準備をしてくれた。
「ふふん?? どうだ?? 見直しただろ??」
「はいはい。私の中から生まれたんだからそれ位当然でしょ。ほら、行くわよ」
偉そうにふんぞり返っている駄犬を尻目に随分と暗い入り口へと歩んで行く。
「あ、おい!! 置いて行くなよ!!」
まっ今は、さ。ゆっくり時間を掛けるべきなのよ。
ベッドから始まる愛も素敵だとは思うけど彼はきっとそれを望まない。
陽が沈み、月が昇り……。川のせせらぎが長い年月を掛けて巨岩を小石に変えるが如く。気の長くなる様な悠久の時間を掛けて愛を育んでいきたいと考えているのよね??
はぁ――。でもやっぱ待つのは性に合わないのかしらねぇ。
待っている間に彼の周りを囲む色とりどりの花達に移り気したらどうするのよ。
でもさぁ。無理矢理子作りしたら嫌われるしぃ――。
うぐぅ――……。
海水で満たされた暗い通路を最愛の恋人から別れを告げられた女性の様に深く肩を落として進んで行く。
その姿を見た使い魔は。
『あぁ、さっき習った料理をレイドに食わせてやりたいと考えているけど。料理が上手い奴に下手な自分が料理を作ってもいいのだろうか?? そんなくっだらない内容で悩んでいるんだろう』
等と見当違いな考察を思い浮かべ、人知れず口角をきゅっと上げてほくそ笑みながら主の情けない姿をバレない様に後ろから嘲笑っていたのだった。
お疲れ様でした。
現在後半部分の編集作業中ですので、次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




