お伽噺は人の数だけ存在する
読み終えた新聞を元の棚へと戻し、二階のお伽噺及び伝承の類の本が陳列されている背の高い棚へと足を運ぶ。
えっと……。どれから読破すべきでしょうか。
手当たり次第と行きたい所ですが、明日以降の事を考えると注点を絞って読破すべきですね。
九祖、神器、魔物。
これらに纏わる話の内容、題名の本を読んでいきましょう。
目に付いた題名の本を両手に余すことなく抱えて席に着く。
よいしょっと。
ふぅ……。かなりの量になってしまいました。
一度に大量の本を独占するのは憚れますが、人気の無い棚ですから構わないですよね??
では、早速読み進めて行きましょう。
山の頂上の一冊を手に取り、物語を読み始めた。
『鼠姫と人間』
『昔々。鼠達が静かに暮らす国に小さな鼠の御姫様がいました。
彼女の美しい姿に雄の鼠は心ときめき、誰もが彼女の事を好きになりました。
しかし。
平和な日々は悪い魔女によって打ち砕かれてしまいます。
魔女は姫を醜い姿に変えてしまい、姫はその姿を人に見られまいと一人静かに鼠の国を出ました。
荒んだ荒野、恐ろしい生物が潜む深い森をあてもなく進んで行く内に彼女の体は傷つき、遂には動けなくなってしまいました。
『あぁ、私はここで死ぬのですね』
体の力が抜け落ち、意識を失いそうになると一人の人間が彼女を見付けて保護しました。
彼は深い森の中でひっそりと暮らす一人の人間の男。
彼女は警戒しつつも彼に対し、感謝を述べました。
彼が。
『どうして君は一人でこんな所にいるの??』 そう問うと。
『私は魔女に醜い姿へと変えられてしまい国を出ました。もう、戻れないのです』
鼠姫は今にも消え入りそうな声で答えました。
男は彼女を掌に乗せ、こう言いました。
『そうかな?? 僕は君の姿は綺麗だと思うよ?? ふわふわの毛に長く凛々しい尻尾、そして円らな黒い瞳。そのどれもが素敵に輝いているよ』 と。
彼の言葉は彼女の乾いた心を潤し、そして生きる活力を与えました。
鼠姫と人間の男はそれから暫く共に生活を続けます。
男の生活は木の実や猟で食料を得て生計を立て、森の中でひっそりと暮らすもので。彼女はその力になりたいと願い彼に同行します。
鼠姫が獲物を見付けると静かに鳴いて彼に知らせ、彼は弓を穿ち獲物を獲得する。
鼠姫の鼻が馨しい木の実を捉えれば、彼はそれをもぎ取り鼠姫と共に口にする。
人間と鼠。
奇妙な関係ですが、それでも彼女と彼は互いに認め合い、共感し、素晴らしい日々を送り続けました。
そんな幸せが続いていたある日の事。
再び、魔女が鼠姫の前に現れました。
魔女が言うには。
『男の命を差し出せば、お前を元の姿に戻してやろう!!』
枯れた声で高らかに叫びます。
鼠姫は二つ返事でこう答えました。
『それは出来ません。彼は私を受け止めてくれた、心優しき人間です。彼を差し出すくらいなら私は己の命を断ちます』
それを聞いて魔女は大笑いしました。
『ははは!! 鼠一匹が何を言う。人間がお前を受け止める筈がない!!』
その時、男が家に帰り魔女と出会ってしまいました。
男は大層驚き、魔女を見つめると恐怖の声を上げます。
『だ、誰だ!! 貴様は!!』
『私は魔法使い。そこの鼠を醜い姿へ変えた者だ』
『貴様が彼女を追い詰めたのか。元の姿へ戻してやれ』
彼はそう言いました。
魔女は。
『ではこの家。そしてお前の服、食料。全ての財産を私へ貢ぐなら戻してやろう』
口元を歪めてそう言うのです。
男は一瞬だけ、躊躇しました。
何故なら、それを失えば命を存続させる事は難しいからです。
しかし、彼は迷いを払いのけこう言いました。
『分かった、全てを持って行け。私の財産で彼女の姿に戻るのなら安いものだ』 と。
魔女は彼の言葉を聞いて目を丸くして、大いに驚きました。
こんな人間見た事が無い。その目はそう物語っていた。
『そんな。私の為にあなたの財産を手放すのはいけません』
彼の肩に乗る鼠姫が静かにそう話せば。
『いいんだ。僕がそうしたいのだから』
彼は優しく彼女の頭を撫でました。
魔女は二人の姿を見てこう言いました。
『ふん。貴様達はここで好きに生きるがいい。鼠姫、貴様にはもっと苦しんでもらうぞ!!』
魔女から閃光が放たれると、鼠は人間の女性の姿に変わりました。
男はその姿を見て、思わずハッと息を飲みます。
金色の長い髪に、見る者全てを魅了する青き瞳。そこには絶世の美女が彼を見つめていたからです。
『あはは!! 醜い姿で男と暮らすがいい!!』
魔女は高笑いを浮かべながら姿を消しました。
鼠姫はこう言います。
『申し訳ありません。こんな醜い姿で』
男は言いました。
『そんな事は無い。君は誰よりも美しい。私とこれからずっとここで共に暮らしてくれないか??』
鼠姫は彼の言葉を受け、手を取りました。
それから二人は生が尽きるその時まで、仲睦まじく生を謳歌し、幸せな人生を歩んだとさ』
ふぅむ……。
見え方の違い、とでも申しましょうか。
同じ鼠、魔女から見れば酷く醜い姿に見えるが。人間から見れば絶世の美女に見えてしまう。
そして、結果的に鼠の御姫様は自分の国に戻る事は出来なかったのですが。それ以上の幸せを両者は見付けられて物語は締め括られていた。
面白い内容ですが、これはちょっと関係が無さそうですね……。
けど、気になる箇所が一つあった。
それは魔女が鼠に魔法を掛けて、人の姿に変えた所だ。
魔物は人の姿に変身する魔法を使用出来ますが、自身以外の魔物を人の姿に変えるのは複雑な術式を有し且、大量の魔力を消費します。
この作者は魔法の存在を知っているのでしょうか。
それとも創作で思いついたのか。
恐らく、というか十中八九後者ですけどね。
さて、次の本にいきましょう。これは比較的新しい本ですね。
二冊目の本を手に取り、紙を捲った。
『神龍と勇者』
『遥か昔。青き星で人が生まれ、彼等は星の上でその数を増やし続け。長い歴史を歩むと共に素晴らしい文明を築き上げていました。
歌、文学、哲学、天文学。
それはどれも本当に見事で神々も思わず人という矮小な生き物を認めざるを得ない、そんな風に考えていました。
しかし、神々はそれと同時に畏れました。
もしかすると、人が私達を脅かす存在になるのかもしれない。
このままではいつか人間共は神殺しの大罪を犯すであろう。そう危惧した神々は一体の龍を地上に降ろしました。
彼女の名は、リィンフォン。
鋭い牙が生え揃った口からは岩をも溶かす火炎を吐き、鋭い爪は大地を切り裂き、背に生える大きな翼は一度羽ばたくだけで嵐を巻き起こす。
リィンフォンは世界を恐怖の底へ叩き落とし、人々は彼女の事を敵とみなして徹底抗戦の構えを見せました。
武器を取り、知略を尽くし、凡そ考えうる反抗作戦を展開しましたがそのどれも彼女には通用しませんでした。
『あはは!! そんな物で我を倒そうとしているのか!? 人間共よ!! 片腹痛いぞ!!!!』
街を焼き尽くしながら嘲笑う彼女に人々は絶望を胸に抱き、人生の終焉を祈りながら待ち続けていると……。
どこからともなく、一人の男が現れました。
銀の甲冑で全身を覆い、背には見上げる程の大剣を背負い。
歩けば大地が割れ、兜の中からは怪しい眼光を放つ。
龍はその男に向かい、自慢の炎を吐き出しました。
『ふはははは!! どうだ!? 我の炎は!?』
嘲笑う彼女へ彼は静かに、そして冷静に答えました。
『温いな。お師さんの方がまだ強いぞ』 と。
燃え盛る炎は銀の甲冑で防ぎ。空気を切り裂き襲い掛かる爪は大剣で弾き。
吹き荒ぶ暴風には大地に足を突き刺して耐えました。
『人間の分際で……。何んと小癪な!!』
怒り狂う龍と男の戦いによって街から人が去り、三度日が沈み、四度月が昇っても収まる事はありませんでした。
街の面影は既に無く、燃え滓と、焦土が広がる中二人は戦いを繰り広げていましたが不意に男が剣を背にしまいました。
『どうした!? もう降参か!?』
勝利の影を掴み取った龍が話す。
しかし、男が放った言葉はその場に似つかわしくない物でした。
『申し訳ない。お師さんの食事を用意しなきゃいけないので、ここで待ってくれ』 と。
『はぁ!? 何よ、それ!!』
当然龍は怒り心頭になり、叫び狂いました。
『仕方が無いだろう。弟子である俺の仕事なんだから。二日後に帰って来るから待っていろ』
目を丸くして驚く龍に言い放ちその場を去りました。
龍はそれを呆れつつ見送ると、溜息を付きながら戦いの傷を癒して律儀に約束を守り続けました。
そして、二日後の夜。
彼は約束通り、焦土と化した平地へ戻ってきました。
『はははは!! 良くぞ帰って来た!! さぁ……狂宴を再開しようか!!』
山程の大きさの翼を広げ彼の帰りを歓迎すると。
『遅くなってすまん』
彼はそう言い、背の大剣を正面に構えました。
二人の攻防は欠けていた月が丸く満ちるまで続き、両者は少しだけ戦いに倦怠感を抱き。半ば流れ的に攻防を続けていました。
すると、龍はこう言います。
『ねぇ、ちょっと休憩しない??』
男は二つ返事でそれを了承しました。
焼け焦げた大地の上に人と龍が連れ添って座り、夜空に浮かぶ煌びやかな星空を見上げる。
『なぁ、お前ってどこから来たの??』
『お前って。我の名前はリィンフォンよ!!』
龍は多少憤りを籠めて男に言い放ちました。
『リィンフォンか、良い名前だな』
『貴様の名は何んというのだ??』
『名は無い』
『ふはは!! そんな訳が無いだろう!!』
龍は大口を開けて笑い転げました。
『本当に無いのだ。親の顔も、兄弟の顔も知らずに生きて来た。最近は何の為に生きているのか、それさえも曖昧に』
銀の兜の奥にある二つの瞳は悲しそうにそう話すのです。
『貴様は悲しい……。虚無な存在なのだな』
龍は憐憫の瞳を籠めて男を見下ろしました。
『俺を育て、鍛えてくれたお師さんも亡くなり。俺に存在意義はあるのだろうか??』
男は悲しみを滲ませて話しました。
『そ、それは我との戦いには関係ないだろう!!』
龍は男との戦いを心待ちにしていました。
しかし、彼は戦う気力を既に失っていたのです。
戦いを繰り広げている最中、龍は敏感にそれを察知していましたが。男との戦いが何よりも楽しいと感じていた為、振るった拳を止める事は出来ずにいたのです。
『お前はこの世に残された俺の最後の存在意義だ。だが……。お前を討てば俺は世界に存在する価値を失ってしまう。それが怖くて堪らないのだ』
男は龍を見上げて言いました。
『わ、私も……。我も!! 貴様との戦いが唯一の楽しみだ』
二人は視線を合わせると、ふっと口元を緩め、陽性な吐息を漏らした。
『なぁ、リィンフォンよ。俺を殺してくれないか??』
男は悲しみを籠めた声で、消え入りそうな声で言い放ちます。
『そ、そんな事……。出来ない』
龍は躊躇し、彼の身を案じて話しました。
『人は一人では生きて行けない、悲しくて弱い存在だ。聞けば人々は神々を激怒させ、リィンフォンを地上に降ろしたと聞く。俺一人の命を捧げる事で神々の怒りを鎮める事は出来ぬだろうか?』
男は龍へそう問いました。
『私……。我の一存では決められぬ』
そう龍が言い放つと、神々の声が二人の頭上に降り注ぎました。
『良くぞ、龍の心を射止めたな!! 人の子よ』
『わ、私はそんな風に想っていません!!』
龍が憤りの声を放つが、神々は龍の舌足らずの言葉を無視して話を続けます。
『人の子よ。お主が天界へ昇り、未来永劫龍と共に過ごすのなら人が犯した罪を許してやっても構わぬぞ??』
龍は目を見開き、こう言いました。
『私の話を聞け!!』
男は神々の声の前に頭を垂れて、暫しの沈黙の後に答えました。
『分かりました。神々、そして彼女に未来永劫この身を捧げます』
『良くぞ申した!!!!』
『私の話を聞きなさい!!』
龍の声は神々そして男に届く事は無く。なし崩し的に話しは進み。
両者は天界で神々も羨むおしどり夫婦として迎えられました。
それから人々は神々を崇拝する事に励み、男の犠牲を惜しみ激戦地に銅像を建てました。
彼は勇者として崇められ、世界を破壊しようとした龍を娶った猛者として人々の間に語り継がれて行くのでした』
えっと……。
色々と突っ込み処が満載なので反応に困ってしまいますね。
私的には龍では無く。海竜の方が男の相手に相応しい良いと思いますよ??
話を読み進めていく内に赤き龍はマイ、そして勇者はレイドの姿を連想させ、作者には申し訳ないとは思いますがぶつけ様のない怒りを感じてしまっていました。
むぅ……。
レイドは、マイを選ぶのかな?? それとも私達の誰かを選ぶのか。
だが、その事を今考えるべきでは無い。
でも、いつか……。そう、気が遠くなる程遠い、いつの日にか。私の踏ん切りがついた時に彼へ尋ねてみましょう。
そう考え、若干乱雑に本を閉じてやった。
◇
本に刻まれた文字を読み進め、咀嚼し、理解する。
そうしながら数十冊の物語と対決を終えると、いつのまにか退館時間が迫っていた。
おや?? もうこんな時間ですか。
本に没頭すると時間は早く過ぎるものですね……。
小さく息を漏らして席を立つと、全ての本を棚に戻す。
う――ん……。数冊持ち帰ろうかな。
初冬の夜は長く感じます。それに、一人だと余計に長く感じてしまうだろう。
そう考え、目に付いた数冊の本を抱えて一階の受付まで足を運んだ。
「――――。貸出ですか??」
随分と眠たそうな司書がそう話す。
今朝も眠たそうでしたし、きっと疲れが蓄積されているのですね。
適度な睡眠を摂る事をお薦めしますよ。
「…………」
私は肯定の意味を込めて黙ったまま小さくコクリと頷いた。
「では、図書カードの提出をお願いします」
これ、ですね。
胸のポケットから一枚の合板を取り出して受付の棚に置く。
レイドが私の為に態々作ってくれた思い出の一枚。
皆には内緒にしていますが、実は物凄く大切にしているのです。
「…………。カエデ=リノアルト様ですね。はい、受付は終了しました。期日までに返却をお願いします」
本と合板を受け取り、殆どの利用客が立ち去り静まり返った図書館の扉を潜って数時間振りに空の下へと身を置いた。
西の空は随分と赤みを増して頭上の青は黒が入り混じり寂しい色で埋められている。
静かな初冬ですねぇ。
空に浮かぶ薄い雲が一日の終わりを寂しく装飾し、肌に感じるほんの少しの冷たさが季節の変わり目を如実に伝えて来た。
レイドは今頃食事の準備でもしているのかな??
静かな北通りをのんびりとした歩調で歩いていると、料理を続ける彼の顔が頭に浮かぶ。
『皆、もうちょっと待っててね――!!』
いつも私達の為に汗を流してくれる姿は頼もしく、そして……。カッコ良く映る。
私もそろそろ料理を覚えた方が良いですよね。
仲間内で最年少。そこにいつまでも甘える訳にはいきません。
彼が困っている時にさり気なく披露しようと画策しているけど、その機会が中々訪れない事にヤキモキしているのです。
失敗は成功の糧。
そう言われている様に何度か失敗を重ね、いつかは彼を越える腕前を身に着けたい。
そして……。
『美味いじゃないか!!』
そんな風に、レイドに笑って貰いたいのです。
料理の本も愛読していますが、所詮文字の波は机上の空論。
実戦に勝る物は無いのですよねぇ。
先生に料理の稽古を付けて貰おうかな?? あ、でも料理をするような感じはしないし……。
モアさん、メアさんに頼んでもいいけど。変な料理を食べさせられそうだし。
前途多難です。
一人で随分と考え込んでいると。
いつの間にか宿の前に到着しており、その足で扉を開きいつもの部屋へと進む。
「――――。ただいま」
一応、到着の挨拶を交わすが当然返答は無く、静寂が部屋を包んでいた。
皆が発って初日ですがこうも寂しく映るのですねぇ。
いつもなら。
『ユウ!! パン投げて!!』
『あいよ!!』
『レイド様、本日はその……。私と添い寝を……』
『アオイちゃん。そこは私の場所だよ??』
『主を困らせるなと何度言えば分かるのだ!!』
等と喧噪が絶え間なく流れ続けているのだが、耳に聞こえて来るのは壁を貫いて届く酔っ払いの陽気な声と自分の微かな息遣いのみ。
「まぁ。頼み事が捗る事が唯一の救いですかね」
いつもレイドが使用している机の前の椅子に腰かけ、小さな光球を浮かべて明かりを確保して借りて来た本を開いた。
うん??
あはっ。これ、レイドの落書きかな??
机の隅、報告書に書き記すべき事柄が簡素に書かれていた。
きっと書き忘れちゃいけない事だよね??
彼の思考を想像していると陽性な気持ちが湧き上がって来る。
ここでいつも腰かけているんだよね……。
彼の姿を想像すると臀部がほんのりと熱くなる。
いけません。
集中、集中……。
借りて来た本を机の上に広げ、文字の海に視線を泳がせた。
作者の数だけ話が存在するのですからレイドが頼んだ神器、九祖関連のお話に辿り着くのは骨が折れそうです。
そんな話が存在するのかも怪しいですが。調べ終えてからでないと確証は得られませんからね。
「ふぁ……」
いつもは堪えている欠伸を惜しげもなく放出して、体を上方に伸ばす。
ふぅ……。よしっ!!
今日はもうちょっと頑張ろうかな。
レイドだって頑張っているんだし。私も彼に負けない様、結果を残さなきゃ。
目に浮かぶ疲労の水滴を指先でそっと拭い、月が私の姿を見て呆れつつ欠伸を放つ時間まで作業を続けたのだった。
本日はまだまだ続きます!!