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偶には自分の心の行くままに




 綺麗な青が私の頭上に広がり初冬の心地良い陽光が体を照らしてくれる。


 端的に今日の天候を言い表せば気持ちの良い朝。


 行き交う大勢の人達の顔も天候と比例するかの様にどこか朗らかだ。



 これから行う調査はかなりの労力を費やしますので。それに備えてある程度の栄養は補給しておいた方が良さそうですね。



 朝ご飯、どうしようかな……。



「いらっしゃ――い!! 朝に相応しい甘いパンは如何ですかぁ!!」



 マイ達がいつも喜々として足繁く通っている中央屋台群。


 そこに足を踏み入れると、初冬の午前らしかぬ力強い声と熱波がそこかしこで鳴り響いていた。



 パン、か。


 うん、悪くないですね。


 店主さんのやたら耳に残る声に誘われて屋台の前に出来ている列に並んだ。



 えっと……。アンパン、ですか。


 確かアンパンは砂糖と小豆が入っていましたね。



『カエデ――!! このアンパン激ウマっ!!!! ほらっ!! 食え食えっ!!』



 以前、マイが美味しいと勧めてくれた光景が頭の中に蘇った。


 勧めてくれるのは嬉しいんですけど、その……。量をもう少し考慮して頂きたいものです。


 私に向かって大きなパンを二つも渡そうとして……。


 彼女は好意で渡してくれようとしたのですが、生憎私は皆さんが思うよりも慎ましい食欲と胃袋しか持ち合わせていないのですよ??



 その所為か。


 イスハさんの所での食事は本当に困難を極めてしまうのです。



「お嬢ちゃん!! おはよう!!」



 あ、もう私の番か。


 慌てて店主さんに一つお辞儀を返して朝の挨拶を済ませた。



「アンパン、何個買うんだい!?」



 嬉しい労働の汗を額に浮かべる彼に黙って二本の指を立てる。


 これで通じるでしょう。



「二個だね!! 毎度あり!! 二百ゴールドだよ!!」



 懐から現金を取り出して屋台の棚にそっと置いた。



「毎度あり!! お嬢ちゃん可愛いから一個、おまけだよ!!」



 ど、どうも。


 可愛い。


 その単語に反応して頬が熱くなり、恥ずかしさを誤魔化す為。軽くお辞儀をしてその場を去った。



 慣れませんねぇ。人から褒められるのは。


 でも彼の言葉なら……。



『カエデ!! 凄いじゃないか!!』



 心の底から嬉しいと感じてしまう。


 ここに居ない彼を想像しても仕方が無い……。己に課された責務を果たしましょうかね。




 モムモムと小さな口を駆使してパンの面積を削りながら図書館へと続く北大通りを歩む。



 このアンパン、美味しい。


 小麦本来の甘さと、小豆と砂糖の甘味。


 三つの甘さが上手く調和されて体が早くお代わりを寄越せと咀嚼を急かしてしまう。



 マイが帰って来たら教えてあげようかな??



 パンの白の断面、小豆の綺麗な色を見つめていると元気な女性の声が耳に届いた。



「おはようございま――す!! 只今、口座を開いて頂くともれなく食事の割引券を差し上げます!! 宜しければご利用くださ――い!!!!」



 銀行の行員さんかな??


 制服をキチンと着こなし。栗色の髪を後ろに纏めて額に汗を浮かべて大声を放つと、どちらかと言えば静かな北大通に彼女の声が乱反射していた。



 朝から大変ですね?? お疲れ様です。


 声帯が弱い私にはあの声量を出すのはちょっと無理かな……。



 彼女の元気一杯な声を背に受け、すっかり空になった紙袋を鞄にしまうと。本日から約八日間お世話になるであろう図書館の入り口に到着した。



 大きな両開きの木製の扉、石造りの立派な構造物に思わず静かに頷いてしまう。



 うんうんっ!!


 この知識溢れる佇まいは本当に見事ですよね。



 もう既に何名かの人が入り口の扉を開けて、己の知識を高めようと図書館に入って行くので。


 私も彼等に倣い扉を開けて紙の匂いが溢れる空間へと飛び込んで行った。



「ふぁっ……」



 遠くに見える一階の受付では司書さんが欠伸を噛み殺しながら書類を整理。



「「「……」」」



 その前に広がる一階の広い空間に備えられている長机の数々にはちらほらと空きが見えますが、何人かが本を開き静読している。



 ふぅむ……。


 先ずは何をしましょうか。いきなり調べ物を始めてもいいのですが、私も自分に甘いですね。



 読みたい物を読む。



 図書館の醍醐味には逆らえそうにありません。


 本日発行された新聞を手に取り、お気に入りの二階の空間へと足を運んだ。



「えっと……」



 新聞の一面には経済の状況や魔女関連の内容が記載されていた。


 取り敢えず、読んで行きましょうか。



『魔女は一体どこから来たのか!? 本誌独占取材、専門家に問うてみた!!』



 怪しい気配が既にします……。




『本誌記者が専門家、ジョレフ氏へ直接取材を敢行。彼女の真意を漏れ余すこと無く記載しました。ジョレフ氏の考えは端的に述べますと、魔女はどこから来たというより。時が生んだと考えているようです。


 時、即ち悠久に流れ私達人間には止めようが無い物です。


 それが魔女を生んだと仮説を立てています。


 目に見えない時が、目に見える物を生む。


 彼女の独特な考えに私は正直面を食らいました。


 しかし。


 仮説を聞いていく内に、ぐいぐいと前のめりになってしまう自分に気付きました。


 魔女は人、魔物……。この世に生きとし生ける者の憎悪の集合体。


 それが時を経て行く内に変異し、集合し、一つの生命体へと昇華した。


 私達に牙を向けるのは、彼女が憎悪の塊だから。そう語るのです』



 へぇ。人間の中にもこういう考えの人がいるんだ。


 リューヴとルーの里で対峙した黒の戦士。


 確か、神器の影響でこの大陸の憎悪が集まった結果だと言っていた。


 魔女がどうして生まれたのかは定かでは無いが、少なからず神器の影響を受けているかもしれない……。


 そう考えるとこのジョレフ氏の考察も強ち間違いでは無いかもしれませんね。


 続きを読破して行くが残りは駄文で、見るに堪えないものであった。


 まぁ、そんな気配はしましたけど……。



 一面を読み終え、二面に突入するとこれまた興味を惹かれる文字が目に飛び込んで来た。



『ベイス議員の公聴会にて有識者が集結。決戦は間近か!?』




『先日、王都レイモンド議事堂で公聴会が開かれ多数の有識者が集まり対魔女、及びオーク殲滅に対する意見の交換が行われました。パルチザン創設に尽力を注いだベイス議員は魔女、オークに対し徹底抗戦の構えを見せ、それに賛同する形で公聴会は進められました。


 しかし、度重なる戦闘での兵の損失、兵の質の低下、並びに武器生産の停滞など幾つかの問題が上がり議題はそこに注目されました。


 これらの問題を解決する事が、魔女並びにオーク殲滅の近道になる。ベイス議員はそう述べ。我々議員と有識者が一致団結して尽力を注ぐ事が、兵や市民の士気を高め、結果的により良い世界への近道になる。私はそれに残りの議員人生を捧げる所存である。


 彼の求心力が世界を救う架け橋になると期待を寄せて公聴会は好感を得て閉幕しました』



 ベイスさんも頑張っているのですね。


 彼の言葉には力強さがありますし、大勢の人々を導く為には彼の様な存在が必要不可欠なのかもしれません。



 続きを読んで行くと、思わずクスリと笑ってしまう文字が見つかった。



『ベイス議員の愛娘であり秘書でもあられる、レシェット氏も公聴会に参加され。彼女の力の片鱗を遺憾なく発揮する場面も見られた。次期当主に寄せられる期待を重みにしない姿勢に有識者、並びに記者一同はベイス議員同様に期待を寄せるのであった』



 と、綴られていた。


 これって……、良い風に書かれているけど多分……。そういう事ですよね??


 恐らく記者さん達から浴びせられる質問の数々に臆することなく、頑とした態度で応対したのでしょう。



 相変わらずですねぇ。


 以前警護を担当した時と変わっていないな。


 それが彼女らしいと言えばそうですけど……。


 新聞を読み進めて行くと、これまた心が逸る文字が私の心を独占してしまった。




『モールド氏の探偵物系列最新作。喜び勇んで探偵を始めたが、大変口喧しい女が無理矢理居ついて困っています。大農場からの針小棒大。明日発売予定です。お求めはお近くの書店にて』




 それは紙面の隅に小さく、しかし確実に記載されていた。


 し、新作ですかっ!?


 どうしましょう……。読みたいですけど、時間もありませんし。


 我慢は必要かと思われますが。



 うぅ……。


 レイド、ごめんなさい!!


 私の睡眠時間を削る結果になるとは思いますが、どうしても。これだけは譲れないのです。


 明日の朝一番で書店へ向かいましょう!!


 いけません、そうなると時間が惜しいですね。レイドからの依頼に取り掛かるとしますか。



 おっと。その前に、新聞を元の位置に戻さないと。


 そう考えて、他の人の邪魔にならぬ様に椅子を静かにずらして席を立った。




続いて投稿させて頂きます。

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