レース開始
なにぶん我輩は、ニャア、としか言えない。
問題はどのようにして我輩の予想を飼い主の佳子に伝えるかである。
この問題は、実際、数学者の我輩にとって、些細な定理を証明するよりも容易であった。いや、数学者にとってではなくても容易であろう。
3―1―5 を 3―4―6 に、書き換えるのである。
ただ、猫にとっては、これは、いささか難しい問題でもあった。
猫の手というのは、電卓を打つのには適していないだけでなく、ペンを持つことにも適していない。猫が数学者であることの、有限数の欠点要素の二つ目を、早くも発見してしまった。もしかして、完全数を発見するよりも簡単なのではなかろうか。
我輩は、肉球をうまくつかい、ペンを持ち、数字を書き換えた。
正確には、数字に線を足した。
2本の線で、1は4になり、1本の線で5は6になる。
実際に書けば、できる。
ただ、これを数学的に証明するのは、骨が折れそうである。
しばらくして、佳子が帰宅した。
我輩の証拠隠滅操作は完璧である。我輩がここでしたことに気がつくものはいないであろう。そう、四次方程式の実数因数分解を瞬時に気がつくような勘のいい数学者でも、気がつかないであろう。
案の定、佳子は何も気がつかない。
そして、我輩によって3―4―6と書き直された紙を持ち、再び出かけていった。
それを、我輩は、ニャア!と見送った。