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些細な異変

道の端に行って迷ってしまわないように、日が完全に落ちる前に野営をした翌日。

彼らはその日も、長らく手入れのされていない、延々と続いているかのように思われる土の道を、黙々と進んでいた。

相も変わらず天候はかんかん照りで、ヘンリーとシェリルの気力は徐々に失われていく。

ほぼ休憩を入れずに歩き続け、疲労が溜まっているのか、事あるごとに肩で息を吐き、時折言葉を口走ったかと思えば


「まだつかないのか」

「休みたい」


など文句と小言、弱音ばかりが口をついた。

リチャードはそんな彼ら二人を責めも同調もせず、険しい表情で風を切って歩いていく。

その様子はさながら、何かを頭の中で考え込んでいて、それだけに頭が支配をされているかのようであった。

決して振り返らず、自分たちをいない者のように扱う彼に対し、若干の不快感を覚えながらも、道の分からない彼らは従わざるを得ない。

魔物の影も形もない道を、朦朧とした意識でぼんやり眺めていると


「魔物がでないから冒険者たちが食いつないでいくのも難しい」


というリチャードの言葉を、二人は肌で実感した。

稀にコボルトや餓えた一匹狼などが、道の往来に姿を現すこともある。

だがその殆どは、夜闇の森と称される、エルフやドワーフなど亜人たちが棲む森に生息していると考えられており、滅多に遭遇することはない。

たとえ公国の近辺で魔物の群れがでたとしても、国が総力を挙げて退治してしまう。

道中で商人が魔物に襲われたとあれば、他国との交易に差し障りが生じるからである。

戦う力を持たない市民にとって魔物が少ないのは喜ばしいことであるものの、冒険者にとっては商売あがったりだ。

会話らしい会話もなく淡々と歩んでいくと、まるで巨大な飛竜が大きな口を開けて、人間たちを飲み込もうとしているかのような洞窟が一行の目に映る。

入り口には黒いものが、風に煽られる炎のように揺らめき、冒険者たちを今か今かと待ち構えている。

魔物の気配こそないものの、ここから先は人が不用意に入り込める場所ではない。

なるべく危険な存在や場所から遠ざかろうとする、生物としての本能が彼らにそう告げる。

退屈な日常から、彼らが一気に非日常へと誘われた瞬間であった。

しかし革の手袋で顔の汗を拭うヘンリーに芽生えていたのは、やっと目的地に着いたという安堵のみだった。


「なぁ、洞窟の前で飛び交うあれはなんだ」

「行けば分かる。さっさと入り口まで向かうぞ」


それだけいうと、リチャードは足早に洞窟へと向かっていく。

彼に続かなければ。

昂る気持ちを鎮めようと何度も生唾を飲み込んだものの、ヘンリーの体はぶるぶる震え、命令通りには動かない。

この先に踏み入れれば、命の保証はない。

そう考えると、彼の足が竦んでしまうのも無理からぬことであった。


「ウィル、どうしたの」

「ああ、ちょっと怖くなっちゃってさ」

「しょうがないなぁ。ほら、掴まって」


口では面倒というものの、喜色満面の笑顔で、シェリルは彼に手を差し伸べる。


「ありがとう」


感謝の意を伝えて彼が手を取ると、先ほどまで言うことを聞かなかった両足は、軽々と動いた。

二人がリチャードの後を追い、洞窟の手前まで来ると、炎のように揺れ動いていたものは、逆さ吊りになった無数のコウモリであるのが分かった。

天井を覆い隠さんばかりの黒翼の群勢に、ヘンリーたちは圧倒された。

洞窟からはコウモリの甲高い鳴き声が反響する、何とも不安を掻き立てられる騒音が、冒険者の心を試すかのようにいつまでも響いている。

そして何より不快だったのは、洞窟内部から漂う、鼻をつく刺激臭であった。


「な、何か凄い臭いがするんだけど……本当にこんな場所で、例の物の受け渡しをするのか」

「洞窟に棲む生き物たちの、糞と死骸の臭いさ。お前さんたち、尻尾を巻いて逃げるなら、今の内だぞ」


あまりの異臭に顔を歪めていたヘンリーに、リチャードは念を押すかのように言うと、睨むように二人に視線を向ける。

ここで臆するようであれば、冒険者など到底務まらない。

そう言いたげな力強い面持ちに、ヘンリーはごくりと唾を飲む。

しかし彼に改めて問われずとも、彼の決意が揺らぐことはなかった。


「……旅にでるって決めた日から覚悟は決まってる。ここまできたんだ、俺は今更迷わない」

「私も同じ気持ち。何があっても私がウィルを守り通してみせるからね」

「おいおい、女の子に守られたら格好つかないじゃないか。俺だって師匠に鍛えられてきたんだ、絶対みんなの役に立って見せる」

「そうか、ならいい。準備が整い次第、洞窟に入る。気を引き締めていけ」


リチャードの指示通り、三人は背中の鞄から荷物を取り出して、最後の確認を行った。

いつでも扱えるようにしておきたいものと、そうでないものを分ける作業だ。

鞄に手を突っ込み、最初にヘンリーが握り締めたのは、コルクで蓋のされた小瓶だった。

リチャードとの話にもでてきた、サンハーブを軟骨にしたものが、中に詰められている。

自然治癒力を高める効能がある為、傷口に塗ると、徐々に傷が塞がっていく。

これは常備しておくべきだろう。

理由を考えながら、取り出した物品を鞄に戻していくと、ランタンが最後に残った。

はて、どうしたものか。

彼はこれを携帯するべきなのか、判断に困った。

暗闇の中で活動するのであれば、本来は必需品である。

しかし使う武器の性質上 両手が塞がってしまうので、今の彼には宝の持ち腐れだ。

ヘンリーといえど、灯りを片手に持ちながら戦うなどという、器用な真似はできない。

足を引っ張らない為にも、自分の両手が塞がって、ランタンが持てない旨を伝えねば。


「入る時に洞窟を照らす魔法を頼むよ、リチャード」

「あい、分かった。お安い御用だ」

「助かるよ。こういう時に魔術師がいないと冒険にならないって、思い知らされるな」

「町の連中にとっては、俺は不要な存在らしいがな」

「……ハハハ。そうやって自分自身を傷つけるのは、悪い癖だと思うよ」


自分を卑下するリチャードに、会話に困ったヘンリーは、思わず目を逸らす。

その時、ふと洞窟の入り口を横目で見ると、何かが引っ掛かったのだ。

些細な違いで、勘の鈍い人物であれば見過ごしてしまうような変化であった。

だが初めて訪れた場所故に、彼が周囲との違いを言語化するまでには、相応の時間を要した。


「なぁ、リチャード」

「どうした、急に」

「昔は洞窟で鉱石を掘っていたみたいだけど、魔物が出てからは管理されていないんだったよな」

「……ああ、そうだが。それがどうした」


眉を八の字に寄せたリチャードは、ヘンリーに簡潔に返答した。

唐突な問い掛けに、彼は気の触れた人間を見るような、嫌いな人間が話し掛けてきた時のような、刺々しい視線を送る。

話し掛けてくるな。

そう言わんばかりの表情に、ヘンリーは機嫌を損なわないよう、即座に返事した。


「なら、何故この周りだけ雑草が生えていないんだ」


ヘンリーは足元に目を向けて、訝しげに言う。

人の手入れなどされていないというのに、何故か洞窟の入り口の雑草だけが不自然に枯れていたのであった。

彼は面食らったのか、餌を貰う金魚の如く、口をぽかんと開けている。


「えっと……変なこと聞いて、ごめん」

「謝ることじゃないだろう。言われてみれば妙だな。俺に心当たりはないが、用心するに越したことはないな」


気になった彼らが地面に目を凝らすと、動物の足跡らしき窪みがあることにヘンリーは気がつく。

興味本位でそれを調べてみると、足跡は一種類どころではなく、複数の生物が通った形跡がうかがえた。


「確証は持てないけど、これは牛の足跡かなぁ」

「こっちは鶏の足跡のように見えるけど、なんでこんな辺鄙な場所に。近くで家畜として飼われているのか」

「いや、付近に幾つかルクス公国の領地はあるが、村の連中は滅多に洞窟に近寄らないぜ。気味が悪いな」


ヘンリーとリチャードが残った足跡について、意見を交わしていると


「なに怯えてるのよ、足跡くらいでさ。しっかりしてよ、もう」


シェリルは余裕そうに、二人のやりとりに茶々を入れる。


「肝が据わったお嬢ちゃんだな。この中に入っても同じことがいえるかねぇ……」


リチャードは何かを企むような邪悪な微笑みをシェリルに向ける。

どのような意図があって、リチャードが呟いたのか、彼女は理解しかねた。

しかし小馬鹿にされたかのように感じ、腸が煮えくり返っていた。


「どういう意味よ。ちょっとムカっとくるんだけど……」


勝気なシェリルは、思わず突っ掛かる。


「いや、お前さんは大の虫嫌いといっていたからな。この洞窟は少しばかり辛い場所かもしれん」

「え、ホントなの。ち、ちょっとなら我慢できるけど……」

「中を照らしてみれば、鈍いお前さんでも分かるか」


リチャードが呪文を唱えると、暖色の球体が彼の頭上をふわりと舞い上がって、風に乗ったタンポポの綿毛みたいに宙に浮かんでいく。

彼の魔法によって照らし出された洞窟内の光景に、シェリルは絶叫した。

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