コボルトとの交戦
「グルルルル……。ワォォォォン!」
咆哮の主はコボルト。
犬の頭部が特徴的な、二足歩行で歩く人型モンスターである。
血走った黄色の眼が、彼ら三人の
右手には、鉱物を掘る為のピッケル。
剥き出しの歯からは、上顎に生えた鋭い犬歯が露出していた。
口から涎を垂らしており、全身の毛が逆立っている。
一目見て分かるほど苛立っていた。
脚をくの字のように折り曲げ、今にも飛びかかりかねない体勢で、三人は思わず身構えた。
コボルトの着る革鎧の胸の部分には、銃痕のような穴が開いている。
問題は、どの手段で防具を得たかだ。
志半ばに亡くなった冒険者から奪ったものであれば、さして問題ではない。
だが追い剥ぎではなく、無理矢理冒険者から奪ったものであれば話は別だ。
――もしそうであれば、恐らく人を襲うことにも躊躇いはないだろう。
対峙しているのは、とびきり凶暴な個体かもしれない。
ヘンリーの背筋は、水をぶっかけられたように冷たくなった。
他の二人も突如出現したコボルトに面喰らって、どう対処すればいいか、困っていた。
しかし、隙を見せた者が命を落とす。
それは三人も、対峙したコボルトも理解していた。
両者睨み合ったまま、緊迫した空気が流れるものの、全員が目を見開き、神経を尖らせて、目の前の出来事に集中した。
「大丈夫だ、お前ら。ゆっくり、ゆっくり後退するんだ。……そうすれば逃げられるかもしれねぇ」
ポールアックスの長さは2mほどで、至近距離だと突きの動作が難しい。
ヘンリーは利き手側のホルスターに手斧を携帯しているが、とっさに武器を握り変えることなどできない。
言われるがまま二人は腰を低く落とし、後ろへ下がっていくものの、コボルトはじりじりと間合いを詰めていく。
どうやら、三人を敵として認識したようであった。
逃げられないのであれば、致し方ない。
腹を括り、先に攻撃を仕掛けたのは人間側だった。
「火球よ、我が呼びかけによって……」
開いた右手を前に突き出し、リチャードは初級魔術の詠唱を始める。
すると彼の周囲を黄色に輝く、薄い膜が張った球型の物体が現れた。
水や空気、ありとあらゆる場所に存在するといわれるマナを用い、魔術を放つ瞬間に起こる現象だ。
そして球体が、彼の前腕を螺旋を描くように回り始めて、掌が仄かに光を帯びた――その時である。
「いや、俺たちだけで対処する!」
ポールアックスを身構えたヘンリーが、それを遮った。
「一日に両手指の回数分、魔法を放てば一流。両手両足指の回数分、魔法を放てば歴史に名を残すって格言があるでしょ。魔法は使い時を見極めないと」
シェリルも、彼の言葉に続いた。
並の魔術師が魔法を放つのは、一日数回が限度なのだ。
「そういうこった、大人しく見ててくれよ!」
果敢に立ち向かおうとする少年たちを、人々は勇ましいというかもしれない。
がリチャードは、そうは感じなかった。
武勲への渇望。
手柄への執着。
新米の冒険者に限って、受注したクエストの難易度が、今の己に見合っているか吟味もしない。
視線の先にあるのは数々の手柄を立て、賞賛される未来の自分だ。
今死ねば、未来はないのだ。
後先を考えずに先走った末、数多の人々が死に逝くのを間近で眺めてきた彼には、それは若者ゆえの無謀さにしか思えなかった。
「お前ら……よせーーーッ! 早まるなーーーッ!」
リチャードの必死の呼び掛けと同時に、稲光の如き鋭い突きがコボルトへ放たれる。
それをコボルトはヒラリと躱した――かに見えたが、コボルトは胸の辺りから、真っ赤な血を流れていた。
一瞬の出来事に、リチャードは理解が及ばなかった。
実際は柄を突き出す瞬間、手首を捻って放たれたポールアックスの穂先が銃弾のように螺旋状に回転しながら、コボルトの胸骨を掠めたのである。
「キャウン、キャウン!」
強烈な一撃にコボルトは、尻尾を踏まれた犬のように甲高い鳴き声を発した。
「ご苦労様、あとは任せて」
そういうと、シェリルは悠々と近寄っていった。
このままでは、 コボルトも悟っていたのであろう。
コボルトは悲痛な呻きを上げ、左脇の下を抱えながらも、、ピッケルを持った手を思いっきり振り上げた。
痛みからか、コボルトの腕は生まれたての小鹿の脚のように、プルプル震えている
生への執着ではなく、やられっぱなしで、この生を終わらせるわけにはいかないという獣の意地が、最後の抵抗をさせた。
「嬢ちゃん、危ねぇ! 逃げろぉ!」
リチャードが叫ぶと同時に瞳を閉じると、鈍い音が彼の耳に届いた。
目を開ければ、凄惨な光景が広がっているに違いない。
そう考えると、彼はそのまま立ち尽くすことしかできなかった。
「へ、ヘンリー! こうなった以上引き上げだ!」
「……立ったまま寝るなんて器用だね、リチャードさん。みんな無事だよ」
軽口を云うヘンリーにリチャードは驚愕し、思わず目をぱちくりさせた。
後に彼は、ピッケルがシェリルの肢体に到達するより早く、彼女の肘鉄がコボルトの頭に振り下ろされたのだと、ヘンリーから聞かされた。
全体重を乗せられた一撃は、いとも容易く、コボルトの頭蓋骨を砕いたのである。
彼は少年の言葉を疑ったものの、天を仰ぐコボルトの真下からは血溜まりができているのを目の当たりにして、それが嘘でないのを悟った。
「一撃か。大したことなかったねぇ」
肘をさすりながら、シェリルが呟く。
「狩りの獲物のが、よっぽど強かったなぁ。シェリル」
リチャードは驚愕のあまり、開いた口が塞がらなかった。
何事もなかったように平然としいて、明らかに場慣れしている素振りだからだ。
いったい何がどうなっているのだろう。
目の前で起きた光景が信じられず、彼の頭にはいくつものクエスチョンマークが浮かんでいた。
登場したキャラクターの会話による茶番劇です。
原作と性格が異なる場合がございますので、苦手な方はスルー推奨。
ヘ:ヘンリー
シ:シェリル
リ:リチャード
ヘ「っしゃあ、コボルトを討伐したぜ」
リ「ムムム……」
シ「どうかしたの、リチャード」
リ「どうしたじゃねー! 俺の出番がまるでなかったじゃねーか、ふざけんな」
シ「でも早い者勝ちだよね」
ヘ「ほら、コボルト討伐界隈って競争率が高いからさ」
リ「コボルト討伐界隈ってなんだよ! 聞いたことねーぞ、そんな単語!」
シ「一人で倒せば15ポイント、二人で協力したら10ポイント。ちなみに狼狽える冒険者の前でやっつけたなら、1億ポイントよ」
リ「最後だけ桁が違いすぎて、地道な努力をする意味を感じないんだが……」
ヘ「さっきので1億10ポイント貯まったし、そろそろアレと交換できるぞ」
リ「おお。ポイントを貯めると、何か貰えたりするのか」
シ「今なら伝説の剣、伝説の槍、伝説の斧と交換できるわ。これさえ入手できれば、私たちも簡単に英雄になれるわね」
リ「伝説の武器だぁ? とてつもなく胡散臭いんだが」
ヘ「伝説の武器だぞ、すごいに決まってるだろ!」
リ「具体的に、どうすごいんだよ。いったい」
へ「《コボルト絶許の会》の会長に聞いたら、持ってると空飛べたりするよーって答えてくれたぜ。そっぽ向きながら」
シ「人見知りだよね、会長は」
リ「返答に困って、目を逸らしただけだろ! 絶対騙されてんじゃねーか!」
シ「会長は『オレ ウソ ツカナイ』って言ってたから善人だぜ」
リ「なんで片言なんだ。それに、自ら詐欺師を名乗る詐欺師はいないだろ」
へ「……ひょっとして、俺って騙されてるのか。クソッ!」
リ「今更気づいたのか」
へ「信じてきたものに裏切られた俺は、どうすればいいんだ」
リ「なぁに。お前さんは、俺だけ信じていればいいんだよ」
へ「おお、俺はリチャードに……。リチャード様に付き従います。ありがたや~」
リ「もっと助言してやるから、金をよこしな」
へ「どうぞ、お納めくださいませ」
リ「冒険者稼業に従事するより、アホから金を巻き上げる方が手っ取り早いなぁ」
シ「人の不安につけこむのは、詐欺の常套手段だよね。今のリチャードみたいに。みんなは真似しちゃダメよ」
終わり