二人の事情
ヘンリー、シェリルと別れてから数時間後の《ワタリガラスの止まり木》にて
「やったぞぉ、俺が魔女を倒したんだぁ……ムニャムニャ」
「……ベラちゃん、つれないなぁ。ホントにぃ……」
客たちは完全に出来上がっており、テーブルの背にもたれかかって、眠りについていた。
酒場には豚の鳴き声のようなイビキが、所々から聞こえる。
もうここで酔っていないのは、ベラとリチャードの二人だけだった。
「ったく起きていても寝ていても、騒がしい連中だ」
「ねぇ、リチャード。さっきの子、70Gも払えるかしら」
「……」
ベラの問いかけに、リチャードは答えようとはしない。
ほろ酔い気分で右から左へ受け流しているのか、あえて無視しているのか。
どちらなのかを確かめる為に、彼女は何度も何度も彼に話し掛けた。
「聞いてるの、リチャード、ねぇってば!」
業を煮やしたベラは尋ねる度に、苛立ちを募らせた。
「ったく要領を得ない物言いだな。いつもみたいに、ずけずけ喋ったらどうだ」
眉間にシワを寄せ、リチャードは憎まれ口を叩くと、グラスに半分ほど残った蜂蜜酒を、ゴクゴク喉を鳴らして一気に飲み干す。
「昔は人を騙すようなことなんてしなかったのに……。貴方、変わったわね」
「俺を紹介したベラも、加担したようなものだがな」
「……そうね。リチャード、昔を思い出して辛いなら冒険は辞めたら。私と一緒に酒場で働きましょ、ね」
「ここにいたら、不快な連中と顔を合わせにゃならん。それは勘弁だな」
言葉通り、彼は周囲から冷たく当たられてしまう。
しかしそれでも、この酒場に居続けようとしているのだ。
彼女にはそれが冒険者でありたいという、リチャードなりの意思表示のように感じた。
きっかけさえあれば彼も再び誰かと旅をして、以前のような元気を取り戻すかもしれない。
ならば冒険者としての彼を支えよう。
「あの子たちと一緒に楽しんできてね。ちょっとみっともない身なりだけどさ」
彼女は明るく振舞おうと、口角を吊り上げて声を張り上げた。
「これが新調できないのは、俺のせいではないがな」
リチャードがあちこち破けたマントを指先でつまみ、ギロリとベラを睨む。
剥き出しの敵意が、彼女に向けられた。
町の人間たちから、虐げられてきたことへの憎悪の感情が、その双眸に込もっていた。
酒を嗜み、二人きりの時間ができたら愚痴を言い合う瞬間だけが、彼にとっての安らぎだったのかもしれない。
一時の快楽で封じ込めているだけで、敵ばかりの周りに口にしないだけで、心の奥底でどれだけ苦しんでいるのか。
ベラには痛いほどに、彼の気持ちがが伝わった。
「この国の冒険者どもは、俺がくたばったらせいせいするだろうな」
「あの子たちは貴方の事情を知らないけど、受け入れてくれたじゃない。どうしてそんなに卑屈なの」
「事実だろ。あれ以来この街の連中は、俺と一緒に冒険へ行かないからな。このまま俺に野垂れ死ねってのか」
「そうはいってないじゃない。リチャード、頼むからああいう純粋そうな子を騙すのは止めて。私も罪を償うから」
生きるためには、道徳や倫理を捨てなければいけないこともある。
生活苦に喘いでいる彼が、少年たちを食い物にしようとしても、彼女はリチャードを責められなかった。
だが人として彼の行いを、見過ごすことはできない自分がいるのも事実だった。
いくら親しい間柄とはいえ、悪いものは悪い。
そこに私情を挟んではいけない筈だった。
心に燻る相反する感情を、必死に抑えつけようとした。
けれど気持ちを抑えようとするほどに、昔の溌剌としたリチャードの姿ばかりが頭に浮かんで――。
過去に思いを巡らせると、ベラの目頭に生温かいものが込み上げていた。
客前では、決して見せないと誓った涙だった。
「金がなければ生きていけない、当たり前のことだろう」
「それはそうね。リチャードにも生活があるもの。でも……」
力のない笑みを浮かべつつ、彼女は続ける。
「私は貴方にまっとうに生きてほしいのよ。どんなに日の目が当たらなくても自分に胸を張れる、かっこいい生き方をしてほしいのよ……」
手の甲で涙を拭って、鼻を啜りながら、彼女は胸の内を吐露した。
「……小僧どもをカモにしてでも、冒険者として生きるほうを選ぶぞ。俺は馬鹿親父のように、無様に死んだりはしないからな」
流石に泣かせてしまったことに罪悪感を感じたのか、彼はばつが悪そうに口を尖らせて立ち上がる。
リチャードは吐き捨てるようにいうと、彼女へ背を向けて、そそくさと出入り口に向かっていった。
共に戦ってくれる冒険者などいらない、信頼できる仲間などいらない。
曲がった彼の背中には、悲壮な決意が滲み出ていた。
「待って、リチャード! どんなことがあっても私は、貴方のこと見捨てたりしないから!」
ベラは気の置けない友人として、幼馴染として、彼へ精いっぱいの励ましを送った。
凍てついた心を溶かそうと、声を大にして。
だが彼女の必死の呼び掛けにも、彼が振り返ることはなかった。
登場したキャラクターの会話による茶番劇です。
原作と性格が異なる場合がございますので、苦手な方はスルー推奨。
ヘ:ヘンリー
シ:シェリル
リ:リチャード
べ:ベラ
おまけ
ヘ「第三話まで、読んでくれてありがとう」
シ「ありがとうございます」
ベ「ねぇ、聞いて二人とも。私、リチャードに泣かされたのよ……。ウウ……」
シ「性格も口も悪いなんて、サイテ~な男だね」
リ「酷い言われようだな……。俺が悪いのは事実だが」
ヘ「リチャード、何したんだ」
リ「い、色々あるんだよ! 大人には!」
シ「ベラさんに言えないようなことしたんだぁ。憲兵に引き渡して、今すぐ処刑してもらわないとね」
リ「さらっと、おそろしいこというな」
ベ「彼、犯罪を犯した訳ではないわよ。でも愛しの幼馴染に告白一つできない、意気地なしのクズなのに変わりはないけどね」
リ「どうせ俺は口と性格が悪くて、告白もできないクズ男だよ」
シ「言い過ぎちゃったかな。誰とも関わらずに部屋の隅でうずくまっててくれれば、それでいいんだよ」
ベ「そうよ。貴方みたいのは心の傷が癒えるまで、気立てのいい酒場の看板娘に養ってもらえばいいのよ」
リ「なんで会ったばかりの小娘と幼馴染に、ここまで罵倒されにゃならんのだ」
ヘ「おい、二人とも。リチャードが可哀相じゃないか」
リ「ヘンリー、俺の気持ちを分かってくれるのか……?」
ヘ「その後ろ向きでウジウジした性格は一生治らないだろうけどさ。俺はアンタのこと、嫌いではないぜ!」
リ「な、慰めてもらえると思ったら、さらに傷を抉られたぞ……。クソッ、もう人間なんて嫌いだぁぁぁ!」
おまけ その2
リ「なぁ、お前ら。ベラのやつ、まだ許してくれないんだ。どうすればいいと思う?」
シ「母性本能をくすぐるんだよ、リチャード」
リ「な、なるほどな! で、具体的に何をすればいい」
シ「そうねぇ。小動物や赤ちゃんとか、理由なく愛してもらえる存在って、結構いるわよね」
へ「話は変わるけどさ、犬って可愛いよな」
シ「私は猫の方が好きだな」
リ「おい、まさかとは思うが……」
へ「そのまさかだよ! リチャード、ベラさんの犬になるんだ!」
リ「お前ら、からかうのもいい加減にしろ!」
シ「じゃあ、猫にする?」
リ「そういう問題じゃあなくてな」
へ「リチャードは……ベラさんとずっと仲違いしてもいいのかよ! それがアンタの本心なのかよ!」
リ「そ、それは嫌だ……」
へ「犬になるのは恥ずかしいことじゃないんだ。俺が犬真似の稽古をつけてあげるよ」
リ「おう、よろしく頼むぜ!」
数日後
べ「何よ、リチャード。犬耳なんてつけちゃって」
リ「くぅ~ん(ごめんな、今まで素直になれなくて)」
べ「……ええっと、急にどうしたの。地面に座り込んで。お尻が汚れちゃうわよ」
リ「キャンキャン!(すまない、ベラ。今までお前に八つ当たって悪いと思ってる。この通りだ!)」
べ「フフッ。リチャード、もしかして私のこと笑わせにきたの」
リ「ハッハッハ……(許してくれるのか、ベラ)」
べ「で、いつになったら謝罪してくれるの? ふざけてないで、ちゃんと謝ってよ」
犬になりきったリチャードを、ベラは蔑むように見下ろす。
真顔で接する彼女に、恥ずかしさが込み上げた青年は、尻尾を巻いてその場から逃げ出した。
リ「おい、お前の言う通りにしても仲直りできなかったぞ! ヘンリー!」
へ「当たり前じゃん。突然犬語を話されても、馬鹿にしてるのかコイツとしか思わないでしょ。アホなの?」
シ「まさか真に受けるなんてねぇ」
へ「リチャードはからかいがいがあるなぁ。HAHAHA」
シ「次はどんな醜態を見せてもらおうかねぇ。ケッケッケ……」
リ「チ、チキショー! 人間なんて滅んじまえーーーっ!」
終わり