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魔術師の男

「アンタも災難だねぇ、喧嘩っ早いのに囲まれてさ」


苦笑いを浮かべる女が身体を小刻みに震わせると、風に揺れる小麦畑のように、ブロンドの髪がたゆたった。

ちらりと横目でローブの女を見遣るものの、訳ありの客には慣れっこなのだろう。

彼女は別段彼女が何者であるのか、詮索しようとはしなかった。


「いつもはこうじゃないんだけど、迷惑かけて悪いね。助けてありがとう。俺はヘンリーでこの子はシェリルってんだ、よろしくな」

「アタシの名前はベラ。ここの一人娘よ。ルクスに立ち寄ったら、うちをご贔屓にね~」


客商売特有の営業用の笑顔で、ベラが饒舌にまくし立てる。


「ベラさん、洞窟まで道案内をしてくれるやつ、誰か紹介してくれないか。土地勘がなくて、困っている所なんだ」

「ああ、大公様の試練に挑戦する冒険者の人か」


魔女シャーリーはどうやら古の神を復活させようと企んでいるようで、その計画を阻止するには、とある呪物が必要なのだと、大公のお触れで、ルクス国民に伝わっていた。

そしてそれらの呪物を探し出すコンパスを、洞窟の最奥で手渡しするのである。

洞窟の内部にはモンスターが跋扈しており、生半可な気持ちで出入りできるような場所ではない。

無論戦闘力のない庶民には、一生縁のない場所だ。

要するにこの試練には、魔女を討つ力があるかどうか、冒険者をふるいに掛ける目的があるのだ。


「それならリチャードに頼んでみたら。カウンターの奥の席に、首からペンダントをぶら下げた男がいるでしょ」

「ありがとう、ベラさん」

「感謝する」


礼を言って少年とローブの女が、リチャードに歩み寄る。

リチャードは、所々穴の開いたボロの外套を羽織って、猫背で虚空をぼんやり見つめながら、一人佇んていた。

酒場の陽気な雰囲気にはとても似合わない、陰鬱な空気を漂わせている男だった。

様子を伺うと、牛が草を反芻するかの如く、男は酒をちびちび飲んでいる。

胸にはルクスの権威の象徴であるワタリガラスに、交差した2本の剣が×印のようになっているペンダント。

そのペンダントこそ、彼がルクス出身の魔術師である証左だった。


「リチャードさん。俺はヘンリー・ウィリアム・エヴァンスという冒険者なんだが、貴方に頼みがあるんだ」


ヘンリーの放った台詞を、リチャードは遮った。


「……モノを頼むには、順序ってもんがあるだろうが。ヘンリーよ」


リチャードが言い捨てると、また先ほどのようにぼうっとしだす。

形式的ではあるものの、挨拶を済ませたヘンリーには、順序といわれても見当がつかなかった。

このままでは交渉をしてくれないのだろうか。

彼が頭を悩ませていると


「馬鹿野郎。これだよ、これ」


中身のなくなりそうなコップを指さして、リチャードがぼそぼそと呟く。

その仕草で酒を要求しているのだと理解したヘンリーは


「俺はシードルで。リチャードさん、アンタはどれにする」

「話が分かるじゃねぇか、ボウズ。俺の隣は誰も座らない特等席さ。まぁ、座りな」


リチャードの言葉通り、席の付近には荷物などは置かれておらず、利用している形跡がなかった。

他の席は冒険者たちが利用しているというのに、何故客空いている彼の隣に座らないのだろうか。

疑問に思いながらも彼に促されるままに、二人は席について腰を落ち着けた。


三人が注文を終え、酒が運ばれると、暫くの間無言のまま時だけが過ぎていった。

酒が届くまでの退屈な時間にリチャードに話し掛けても、興味がなさそうな生返事しか返ってこなかったのだ。

ヘンリーも会話に困り、どうすれば話に乗ってくれるかと、考え込んでしまうのだった。

どちらでもいい。

話題を振ってくれやしないだろうか。

淡い期待を抱きつつ、ヘンリーは二人はちらちら見遣る。

しかし願い虚しく、彼らは沈黙を保ったままだった。

誰もやらないなら、自分から切り出す他ない。

意を決したヘンリーは気まずい雰囲気を変えようと、リチャードの方へ向き直る。


「それ、いいものだな。でも、そんな物を見せつけてると、ガラの悪い奴らが寄ってくるぞ」


ヘンリーは高価そうな銀製のペンダントを指差した。


「なんだ。お前さんもコイツを奪おうってのかい」


リチャードは紐を握り締めながら、ヘンリーを睨む。

思わぬ態度に、彼は戸惑いを隠せなかった。


「いや、そういうつもりじゃねぇよ。あ~、ええっと……」


褒めたつもりであったが、返ってきた反応は予想とは違うものだった。

ヘンリーは狼狽え、場を収めようとする。

しかし言葉を覚えたての赤ん坊のように、途切れ途切れにしか言葉がでてこない。

取り乱すヘンリーを見て、リチャードは吹きだした。


「……フフッ、悪い悪い。まぁ、いいぜ。俺も暇だからな。お前たちに同行してやろう」


問答の末、彼は了承した。


「ただし、70G(ゴールド)貰う。いいか」

「おい、確か道案内の相場は10Gから15Gだろ! それはいくらなんでも高すぎる!」


法外な値段の要求に、ヘンリーが、カウンターをバンと叩いた。

庶民の一日の給与が、14S(シルバー)~16Sほど。

一日1G稼げると考えると、1年間暮らすために必要な金貨は、ちょうど365枚くらいになる。

冒険者たちは、庶民と比べれば高給取りだ。

しかし、武器や防具は基本的に消耗品で、携帯食料や魔術道具などの雑費もバカにならない。

庶民とほとんど給与の差がない新米の冒険者にとって、約2カ月分の生活費70Gはとんでもない大金なのである。

苛立ちを隠せないヘンリーに


「最後まで人の話を聞け。洞窟近辺には、ポイズン・ジェリーが生息しているのさ」


リチャードは淡々と発した。

ポイズン・ジェリー。

生まれたての子犬ほどの大きさの、緑色の粘性生物で、ジェリー状であることから、その名が付いたモンスターである。

斬撃や打撃はほぼ効かず、魔術をいかに命中させるかが肝要と、ヘンリーは魔物の図鑑で読んだ記憶があった。


「なるほどね。魔術師のアンタが必要になるって言いたいわけだ」


リチャードは、こくりと頷いた。


「飲み込みが早くて助かる。洞窟には厄介な霊体モンスターも出現するからな。お前たちにとっても、悪い提案ではないと思うが」


魔法を扱えないヘンリーにとって、魔法使いは喉から手がでるほど欲しい存在だった。

道案内をしてくれる上に戦闘までこなしてくれるのであれば、同行者として申し分ない。

しかし即答できるような金額ではない為、ヘンリーは答えあぐねた。

目を閉じて顎に手を添えて思案する彼に、すぐには払えないことを察したのか


「前金15G。残りは後でいい」


リチャードが口走った。

口数こそ乏しいものの、別段機嫌は悪くはなさそうに感じた。

彼の気が変わらぬ内に、要求を通した方がいいかもしれない。


「ちょっと待っててほしい。15G払うから」


ヘンリーは腰の鞄に入った巾着袋を取り出そうと、手を掛けた。

しかし、彼はそれを静止する。


「朝会った時にでも渡してくれ。ここだと見づらくてかなわん」

「そうか。んじゃ、明日な」

「失礼するよ」


リチャードとの契約を結んだヘンリーは、迷惑を掛けたベラに一敬すると、そそくさと酒場から出ていった。

その一部始終を見ていた客は小馬鹿にした態度で、リチャードにも届くように、男が声を張り上げる。


「おいおい、ベラちゃん。新米くんにリチャードなんかを紹介するなんて、キミも悪い子だなぁ」

「大丈夫よ。彼、強いもの。きっと、あの子たちをしっかりサポートしてくれるわ」


客の言葉に負けじと、ベラが大声で返す。

当の本人は反応を示すことなく、いつものように俯いたまま、一人酒に興じている。

言われっぱなしで面白くない彼女は、頬袋に食料を詰め込むリスみたいに、頬をぷうっと膨らませた。

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