魔物の罠
「……で……だ。作戦はこんなもんでいいか」
「分かったよ。魔法は使えないけど、追い払うのに協力するぜ」
「ゾンビには手が出せなかったけど、あの腹立つ幽霊は私が倒すよ!」
道中、三人はポルターガイストが再度出現した際の対策について話し合った。
悪戯好きの悪霊と名高い魔物故、何をしてくるか分かったものではない。
状況が状況なので綿密な打ち合わせこそできないが、それでも彼らは、できることをやっておきたかったのである。
「おっ、そろそろ折り返し地点か。ここからが本番だぜ、お二方」
そうこうしていると、三人は道が幾重にも別れている場所に辿り着く。
彼が言うには、ちょうど洞窟の中ほどに差し掛かったようで、二人の肩の荷は幾分か楽になった。
帰り道のことまで考慮すると、まだまだ先は長い。
ここで最も重要なのは正しい道に取れるか、ただ一点であった。
でなければ神経を擦り減らしてしまうことは、分かり切っている。
貴重な余力を残しておくためにも少年たちは、年長者で、かつ冒険者としてキャリアの長いリチャードへ指示を仰ぐ。
そのために彼を呼んだのだから、当たり前といえば当たり前の判断であった。
「困ったわね、こればかりは勘で選ぶわけにもいかないし」
「リチャード、どう進むのが正解なのか教えてくれよ」
「右にいけば最深部に続くんだが……」
やけに歯切れの悪い返答が、二人に返った。
おまけに苦虫を嚙み潰したように顔を歪めていて、いったい何が進むのを躊躇わせているのかと、二人の興味をそそる。
「何か問題でもあるのか。あるなら話してくれよ」
「それとも怖気ついたとか」
「……そっちだとあいつに出くわすかもしれん。洞窟の疫病神みたいなモンだ、できれば避けたい」
洞窟に入る前の会話にでてきたあいつという単語が、またもや口をついた。
言葉を濁しているので、それが何を指しているのか、少年たちには一切分からない。
だが口振りから魔物か、もしくはそれに準ずる存在なのだろうと、察しはついた。
先ほど遭遇したモンスターとしたような、一銭の得にもならない戦闘は無駄に消耗するだけ。
得てして魔物退治の専門家ともてはやされる冒険者であるが、一種の商売である以上、狩るべき魔物はおのずと限られてくる。
果たして、その怪物を倒すメリットとリスクは釣り合うのだろうか。
ヘンリーは損得を考えつつ、相槌を打つ。
「あいつってのは知り合いなの。随分会うのが嫌らしいけど」
「喧嘩でもやらかしちゃったの。みっともないなぁ、ほんと」
詮索こそしなかったものの、少年は持っている情報を伝えてくれることを望んでいた。
差し障りのない範囲で知らせてくれるだけでも、逃げるか押すかの判断がしやすくなるからだ。
しかし喧嘩口調で他人に食ってかかる彼のことだからと、少年も少女も深刻に捉えることはなかった。
そんな二人とは対照的に、リチャードは押し黙ったまま、険しい表情を崩さない。
思った以上に事は重大なのかもしれないが、聞き流してなかったことにする他ない。
心の底の恐怖心と真正面から向き合いつつ、冒険を続けられるほど、二人は器用な性格ではなかったのである。
「なぁに、正義気取りの馬鹿さ。だからこそ厄介なんだが……」
「ふぅん、やっぱりよくわかんねぇや」
「最終的な判断は、お前さんたちに任せるとしようか。なんたって雇われの身だからな」
とても命を預けているとは思えぬ、ひどく投げやりな態度で、リチャードは二人に進退の選択を一任した。
命知らずと死にたがり。
両者は混同されがちだが、実際のところ似て非なる存在だ。
後者は最悪の場合、他の人物まで巻き込んでしまいかねない。
パーティーに抱え込んでいるといつ爆発するともしれない、まさに時限爆弾の如きものである。
「決まってるだろ。ここで引き返したら何のために来たのか、分からないじゃないか」
「引き返してもいいのよ、リチャード」
リチャードと接してきて、溜まっていた鬱憤があったのだろう。
今まで彼が放ってきた言葉を、彼女はそっくりそのまま言い返す。
「別に文句はねぇさ。……向こう見ずなところも、馬鹿親父に似たのかもな。ここから先は魔物も増える、気をつけろよ」
冒険者の先輩としてか、はたまた人生の先輩としてか。
またもや二人の気持ちを試すかのように忠告する。
だが幾度となく聞いた彼の憎まれ口に、いつの間にか少年は心地よさすら覚えていた。
「了解しました。リチャード隊長」
「た、隊長だぁ、いきなりふざけたこと抜かしやがって」
「でも悪い方に考えすぎだよ。俺が明るくしねぇと、釣り合いとれないだろ」
「せっかくの冒険だもん、楽しくいこうよ」
「ハッ、ガキのお守りは大変だぜ」
そう告げると、リチャードは片方の頬だけを緩ませる。
無理に作ったような苦い笑みに、ヘンリーはどことなく心を閉ざしている印象を受けた。
気を遣っているのだろうと感じた少年は、適度に会話を交えつつ、最深部への道へと歩んでいく。
するとほどなくして、三人は突如大きな揺れを感じた。
「地震かっ! こんなところで生き埋めなんか御免だぜ」
洞窟が振動するのを感じたリチャードは、腰を低くして、尻餅をつかないように身構える。
一方のヘンリーたちは、呑気だった。
この揺れは一時的なもの。
数分も立たぬ内に止まるだろうと楽勘的に考えていたのだ。
だがしかし、一向に収まる気配がない。
それどころかゴゴゴ、ゴゴゴと唸りを上げながら、少年たちの耳を一層刺激する。
おかしい、ただの地震ではない。
そう直感したヘンリーが目を凝らすと、暗闇の中から巨大な岩が、自分たち目掛けて転がってくるではないか。
「みんな、前からだっ! 岩が迫ってくるッ!」
前方を指さして、目を向けるように促す。
「いいいいいっ!? なんであんな大岩が!」
「坂道でもねぇってのに、いったいどうなってやがる」
「そんなこと考えてる場合じゃないでしょ、早く逃げないと!」
迫りくる轟音に掻き消されないように、みな声を張り上げて喋った。
一秒を争う状況で、互いに互いを思い遣る気持ちも余裕もない。
シェリルの逃げるという言葉を耳にしたのを皮切りに、パニックに陥った三人は元の道を引き返し、離れ離れになってしまったのだった。




