8 あや
私は甘美な痺れるような余韻と、自分の名前をしつこく呼ぶ声への不快感を伴いながら、目を覚ましました。
聞き覚えがあるはずなのに、その声の主が誰なのか分かりませんでしたが、その響きはひどく懐かしい気持ちにさせましたが、同時に恐ろしい程の殺意が心を覆いました。
“夢から起こしたあなたを殺して、殺してやる。”
私を起こしたのは、神田あやでした。
「クラスのやつから、みどりが倒れたって聞いてびびって来たんだよ。だけど、なんか大丈夫そうだね」
「ああ、うん。変な雪のせいでびっくりしちゃっただけだと思う。心配して来てくれてありがとう」
“殺すから。甘美なものを取り上げたお前を殺すから”
私は頭を充満する殺意が抑え切れなくなるような気がしました。そしてそんな自分が更に恐ろしくなり、気持ちを落ち着けようと、窓の外を見ました。窓の外ではあいも変わらず、黒い雪がしんしんと降り続けていました。
「外、まだ降っているんだね」
「え、ああ雪か。まだ降ってるよ。下手をしたら積もるんじゃないかな」
“殺せ。甘美なものを取り上げたあいつを殺してやれ”
“お願いだからやめて、お願いだからやめて、私のただ一人の親友を殺さないで”
“お前が気づいていない事を、お前の記憶は気づいている”
「ああ、そうだ」
あやはおもむろに私に向き直ると
「先生に頼んでさ、みどりのお母さんに連絡をしておいた。仕事を早退して迎えに来てくれるってさ。でさ、私もそん時に一緒に乗せてってくれない?」
「ああ、そうなんだ。じゃあ一緒に送っていくよ。家も隣同士だしね」
私は至って普通のように振る舞いましたが、異常なほどのあやの殺意で頭の中は溢れ返っていました。そして、何度も私の頭をよぎる
“お前が気づいていない事を、お前の記憶は気づいている”
という言葉が何なのかがわからず、ただただ自分が恐ろしくなっていました。
「多分、すぐに迎えが来ると思うし、荷物を教室に取りに行こう。みどりが調子が悪いなら私が取りに行くけど」
「ううん、大丈夫」
「本当に大丈夫なの?」
「本当に大丈夫だって」
私はベッドから降りると、保健室の先生にお礼を言って、部屋から出ました。
“甘美なものを取り上げたあいつを殺してやれ、私はお前が気づいていない事を、お前の記憶は気づいている”
私の頭に充満する殺意は、はっきり”私”と言いました。
まるで私の思考が、自分とは違う別の意思を持っているかのようでした。