6 記憶
教室には、陰鬱な空気を纏った空間と、静かに流れる時間がありました。
空間と時間は互いに影響しあうものなのでしょう。きっとそれが、その場の空気を生むのではないか、そんな事を考えていました。
私はそんな事を考えながら、窓の外に降る雪に見とれていました。いえ、正直になりましょう。見とれていたのはそれは半分は嘘です。
私が窓の外を見ていた本当の理由は、それに写る彼の顔を見る為でした。
彼の席は一番窓側で、ふてくされた様子で、顎に手をあてながら、無表情に外を見ていました。 うっすらと映る彼の顔。
私は彼の顔をずっと見ていた。
彼を見ていると、体の奥底にある色々な感情の記憶が蘇り感情を昂ぶらせました。感情の記憶が支配して疼かせていく。私はその蠢くような甘い情動を、単なる失恋の痛みだと思っていました。でも、それは違ったのです。それは例えるならウィルスのように静かに潜伏し、徐々に心身を蝕んでいたのですから。
ふと我に帰ると、外から大きな声が聞こえました。
先生達が外に出ている生徒がもういないか探していたのです。
「外に出ている生徒がいたら、すぐに校舎へ入るように」と呼びかけていました。
それから大体20分程たった頃でしょうか。
教室のドアが開き、母親らしき人が先生に誘導されながら入ってきました。そしてある女生徒の近くに行き、安堵をした様子で頭や体に触り、無事を確かめると、もうひとり別の女生徒にも声をかけ、急いで支度をさせて教室から出ていきました。
二人は友だち同士で自宅も近かったのでしょう。そのまま学校から出ていきました。
教室には15人程の生徒が残されていました。
何十分も立っているのに、誰も喋る人がいませんでした。静まり帰った空間には、時計のかちかちという音が響いています。針が動く振動すら聞こえてきそうでした。
その時の私は、同じ空間に彼がいるという事が嬉しくて仕方がありませんでした。
教師が残っている生徒の各家庭に連絡をしているでしょうから、私や彼の親もやってくるに違いない。このまま、迎えが来なければいいのに、なんて思っていました。
そんな風に考えたその刹那にあれが始まりました。甘美なあの恍惚感に溢れた心身に刻まれた甘美な記憶が鮮明に現れたのです。
私はまた記憶の夢に落ちていったのです。






