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カンロ  作者: ミニト
12/12

11 血

 私は家につくと、お風呂にも入らずに、そのままベッドに入り眠りにつきました。あの、ふとやってくる、永遠に浸っていたくなるような甘美な白昼夢と、あやへの執拗な殺意に疲れ切ってしまっていたのです。

 ベットに入るとすぐに、深い眠りにつきました。

 不思議な事に、学校の保健室で見たような夢は見ませんでした。もちろん、人は覚えていないだけで、何らかの夢を見ている事は知っているので、きっと何かしらの夢を見たのでしょう。ただ、あの甘美な夢は見なかったのです。それは幸せな眠りでした。もしかしたら、この時が最後の安らかな眠りだったかもしれません。


 朝が訪れるいつもの音が、浅い眠りの中で微睡んでいた私の耳に聞こえてきました。何かの鳥の音や、母が台所で料理をしている音、安らぎの中で目を覚ますと、私は安堵を感じました。あの学校での、甘美を越えた地獄のような夢を見なかった。きっとあれは、単なる気のせいか何かだったのだと、安心したのです。

 でも、それは後になって甘い考えだったと分かりました。

 とりあえず、朝食を食べようと、着替えをしようと起き上がりました。すると胸になにか、チクチクとする、変な違和感を感じました。それは、気にならない程度の違和感でした。きっと昨日何かでぶつけて怪我でもしているのだろうと、その時は気にもせずに台所へ向かいました。


 台所では既TVを見ながら、母親が既に朝食を食べていました。

「おはよう!みどり。昨日は大変だったね。TVでも昨日の事をやってるよ。昨日の雪はなんかの不純物が混ざってあんな色になったっみたいよ」

「そう」

 私はあまり、気のない返事をすると、テーブルに用意された、卵焼きとご飯と味噌汁という、どこの家庭でも出るような朝食を食べました。母親は、まだ昨日の黒い雪について話していましたが、私は黒い雪の事は、もう思い出したくも関わりたくもありませんでした。

 母親はどうも黒い雪に興味津々のようで、火がついたように、ずっと喋っていました。

 私はこれ以上、母の話を聞いていたくなかったので、早めにご飯を済ませると、食器を片付けて、すぐに部屋へ戻ろうとしました。その時でした。部屋に戻ろうとすると同時に、家の電話が鳴りました。


 当時はまだ家の電話が主流の時代でした。今では携帯電話が当たり前ですが、昔は持っている人の方が少ない方でした。私は、母親が新しい物好きな事もあってか、二人とも携帯を持っていました。

 なので、私の家では電話を取らずに、留守電の内容を聞いてから、携帯でかけ直すか、電話番号が分からない人へは、仕方なく家電からかけ直すという事をしていました。今、考えたら非効率的で、おかしな事をしていました。きっと母は、新しい物好きだった事もあり、携帯を持っているのを自慢したかったのだと思います。

 とはいう私も面倒くさがりだったので、基本的に家の電話に出る事はありませんでした。

 電話は数回鳴った後、留守電に切り替わり、電話の相手が何かを言っていました。私はその声を聞いた瞬間、心が動揺し、それを見計らったかのように、あの感覚が身体を支配してきました。

 その声の主は彼でした。何やら、どうしても話したい事があるので、会いたいと留守電に伝言を残していました。

 “冗談じゃない!”

 と私は思いましたが、心とは裏腹に体が熱くなり、またあの二人で過ごした甘美な思い出に飲み込まれていきました。

 電話で下らない雑談をしたこと、ぬいぐるみを使ってバカみたいな人形劇をした事、それらが頭や体を包んでいき、いてもたってもいられなくなり、私は部屋へと逃げました。

 部屋に戻っても、彼との甘美な思い出は消えませんでしたが、それとは別に朝に感じた胸の変な違和感が強くなっているのに気づきました。胸は朝の時とは違い、激しい痛みを伴っていて、耐えられずに床へ倒れ込むように横になりました。

 私は記憶の衝動を押し殺しながら、服を胸の辺りまでまくりあげ、部屋にある姿鏡に胸を写しました。最初は私の貧相な胸が写し出されているだけで、特に異常があるようには見えませんでした。ですが、よくよく見ると、胸に小さな黒いイボのような、小さな突起が生えていました。

 虫の知らせだったのか、どうしてだったのか、私には分かりませんが、突起を見た瞬間、部屋の棚に立ててあったカミソリで、胸の突起を抉り取りました。本当にどうしてあの時、なんの躊躇もなくそんな事をしたのか、今でも分かりません。ただ、突起が悪しきものだと直感があったのです。

 突起は小さかったとはいえ、半径2ミリ程を切り取ったので、部屋の辺り一面に、血が流れて血の水たまりができました。皮膚の下の赤い傷口からダラダラと血が流れて落ち、どんどん床を浸していきました。

 私は血溜まりの中で、えぐり取った突起物を見ました。

 突起物はまるで、未熟な赤ん坊のような姿をして折り、息をしているように膨らんだり萎んだりしていました。

 私は気持ちが悪くなり、捨てようとしましたのですが、どうしても捨てる事ができないのです。

 “捨てるな、捨てるな”と、頭の中で、何かが私に囁いているのです。

 気持ちが悪いと思いながらも、私はそれをそこらへんにあった箱に入れて、蓋をしました。


 血溜まりの中で、うずくまるようにしていると、不思議な事がおきました。あれほどまでに、記憶のフラッシュバッグが収まったのです。私は血溜まりの部屋の中で、放心状態になりながら、安堵の気持ちになりました。

 “もう、これで解放される”

 でもそれは、悪夢の始まりでした。

 記憶の支配は収まらなかったのです。しかも、今度は以前とは違い、何度も細かく細かく色々な記憶の感覚が襲ってくるのです。幸せだった記憶が頭や体を巡ったと思うと、今度は苦痛で辛かった記憶も襲ってきました。

 私は血溜まりの中で、転げ回りながらも記憶と戦っていました。

「もう別れよう」

「もう別れよう」

「もう別れよう」

「もう別れよう」

「もう別れよう」

 元カレが私を振った時の情景が、頭に永遠に映し出されます。そしてあの言葉が囁くのです。

 "お前の知らない事をお前は知っている。お前はもう気づいている"

 "何を気づいているのか、わからない"

 "お前は裏切られた"

 ”あの男と女に"

 私は頭の中に、あやと元カレが、性行為をしている姿が、生々しいイメージとして浮かんできました。二人は激しく交わり、キスを何度もしていました。

 "もうやめて"

 私は体の全てを使うように、叫び声をあげました。それは痛みではなく、親友と呼べる者が、裏切りをしていた事に対してでした。

 そして私は意識を失いました。

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