幻想と
私は列車の中の座席に座って、窓の外を見ていました。
見るからに古びた列車で、どこへ向かっているのか、自分がどうして乗っているのかも分かりません。ただ、窓の外を眺めていると、遠い記憶が甦りました。
子供の頃、こうやって窓から外を眺めるのが好きだった。
南木町の等間隔に植えられた街路樹、鳩を追う子供たち、どこかへ向かって歩くスーツ姿の男……。
頭の中の言葉が、車内に音として反響していくようでした。
そうするとふいに、窓の外が真っ暗になり、黒い何かがぱさぱさと音を立てて叩きつけ始めました。
目を凝らすと、それはあの”黒い雪”でした。
見慣れたはずの町並みが、一瞬で真っ黒な雪景色に覆われていきます。
さっきまで歩いていたスーツの男が、黒い雪から逃げようと必死になっています。
雪は彼を黒く飲み込んでいき……やがて彼は、どこからか取り出した刃物で、自分の体を何度も何度も切り裂き始めました。
そして最後には、その刃物を自らの目元へ向けると、グサリと刺したのです。
恐怖に息を飲んだ時、ふと、向かいの席に誰かが座っているのに気づきました。
それは小さな女の子で、大事そうに小さな箱のようなものを抱えています。
箱はもぞもぞと蠢いており、何か生物が入っているようでした。
「あなたが始まりなんだね」
女の子が、私にそう言いました。
「どういうこと?」
「全部、私たちのせいなんだ。……あなたは、これ」
彼女はそう言うと、箱をそっと開けてみせました。
中には、私が切り取った筈の、あの黒い突起物が入っていました。
女の子はそれを愛おしそうに取り出すと、自分の服をめくり、胸(あるいは脇腹)にぎゅっと押し当てました。
恍惚とした顔で、小さく「あたたかい」と呟きます。
その光景に体が凍りついた時、別の声がしました。
車両の向こうの席に、あやと別れた彼氏が座っていました。
あやは彼の肩に顔を埋め、深刻そうな顔と安らぎの顔が綯い交ぜになったような表情を浮かべています。
「ねえ、きゅるきゅるきゅるに見つかったらどうするの?」
「きゅるきゅるきゅるとは別れるし、バレないようにする」
私は声をかけようとしましたが、喉が潰れたように何も発する事ができません。
あやは彼の顔に手を置くとキスをしました。
「きゅるきゅるきゅるに俺達の事を言って謝ろうと思うんだ」
「きゅるきゅるきゅるに言うのだけ、それだけはやめて」
彼らの会話には必ず「きゅるきゅるきゅる」という、テープを引き伸ばしたような不気味な音が混じり、大事な部分が聞き取れません。
二人は徐々に言い争いになってきているようでしたが、やはり大事な部分は「きゅるきゅるきゅる」としか聞こえないのです。
そのうち、彼らの発する言葉がすべて「きゅるきゅるきゅる」という音に変わっていきました。
うす君の悪い音が列車に響き渡り、私は怖くなって両手で耳を塞ぎました。
でも、音は手を突き抜けて、鼓膜へ直接鳴り響きます。
「みどり」
「みどり!」
目を開けると、目の前には、血の気の引いた、この世の終わりのような顔をしたあやが立っていました。




