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カンロ  作者: ミニト
10/12

10 車窓

 私が駐車場に着くと、既に母親が車の中で私達が来るのを待っていました。

「遅いよ。早く乗って」

 母親に促されるままに車の後部座席に乗り込みました。

 母親は私達が乗り込むのを確認すると、車を発進させました。

 あやはというと、席に座るやいなや、ガラケーを取り出して、何やらメールを打ち始めました。

 私といえば手持ち無沙汰で、どうにも落ち着かなくない気持ちでした。仕方がなく、窓の外を眺めました。窓の外では、少し収まったとはいえ、相も変わらず雪が降り続いています。

 この異常な雰囲気が、普段は明るいあやの心にも黒く降りかかり、何とも言えない気持ちにさせていたのでしょうか。それとも、この時点であやには思うことがあったのでしょうか。

 あやはメールを打ち終わったのか、携帯の画面を注視しています。ただじっと、何も言わずにです。

 車内に響く音といえば、時々母親がフロントガラスに落ちる黒い雪への不満の言葉だけでした。

 私とあやは、無言でいました。たまに沈黙の流れる車内の空気を破ろうと、雑談をしようと試みましたが、そんな気遣いも虚しく、最終的に全ては静寂に戻りました。

 母親の車の窓から流れる景色に目をやると、まるで浅い眠りの中で見る夢うつつのようでした。

 車の温度で溶けた雪は、黒く濁る水になる事もなく、まるで何事もなかったかのように、儚く美しく消えていきます。

 みんなを興奮させ、怯えさせ、そして混乱させた黒い雪はただ空を舞い消えるだけなのです。

「あいつみたい」

 私はぼんやりとした頭で、私を振った彼を思い出していました。

「愛している」

「お前以上の女はいない」

 なんて言いながら、呆気なく私を振って、そして飄々としている彼は、何もなかったかのように振る舞っているこの雪のようです。

 窓の外に降る雪を見ればみるほど、得体の知らない何かに吸い込まれていくようでした。

「振られたんでしょ」

 あやが言いました。

 私は何と返したらいいのか分からず、黙って首を縦に振るしかありませんでした。

「良かったじゃん。あいつ最低なやつだからさ」

 窓に降る黒い雪が、通り過ぎる街頭に反射して、あやの顔を照らします。

 “お前が気づいていない事を、お前の記憶は気づいている”

 また、あの言葉が感情の奥底から湧き上がってきました。

「そんな最低な人ではなかったよ。少なくとも私と付き合っている時は。別れる時は最悪だったかもしれないけど」

「あんたって昔から色んな意味で、少女漫画の主人公みたいだよね。優しいともいうけれどさ。あんた、バカだよ」

 あやが言ったその言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になるほどの怒りが湧き、思い切りあやの顔を引っ叩いていました。

 あやは、驚いた表情をすると、私を睨みつけて言いました。

「あんたは馬鹿だよ。あんたさ、この先もずっと浮気をされるんだろうね」

 あやはそういうやいなや、何かに火がついたように喋り続けました。

「人はね、どんな関係から始まろうと、変わっていくものなんだよ。最初は永遠だと思って付き合っても、学校でも会社でも人と付き合っていったり、時には体の不調だったりで、一日ずつ変わっていく。そして永遠なんて人は忘れる。人の気持ちは複雑だよ。浮気をされたらすぐに別れればいいのに、どこかに残っている好きだって気持ちが邪魔をして踏み出せない人もいるし、すぐに吹っ切れる人もいる。あんたは私が言ったどれでもない。何も分かっていない単なる無知からくるバカだよ」

 “いや違うか、あんたは本当は気づいてるんだ”

 あやは私に最後に小さな声で吐き捨てるように言いました。

 あやの突然の剣幕に押されてしまい、喋った言葉の意味することも理解できぬまま、私は呆然としてしまいました。


 あやとは幼馴染で、いわゆる親友とも呼べる存在でした。

 私が幼稚園だった頃に、あやがいわゆる親の仕事の都合で、家の隣に引っ越しをしてきたのです。仕事の都合で……というのは、表面上の理由で、事実は違いました。当時は知らなかったのですが、あやの両親の浮気により、母親が精神疾患を抱えてしまい、住んでいた街から逃げるように引っ越してきたというのが理由だったそうです。

 ただ、私にはそんな事情は、どうでも良かった。

 私はあやの底抜けに明るく、何かがあると私を引っ張って行く、お姉さんのような雰囲気が好きでした。そんなあやが、今まで見たこともない剣幕で喋ったのです。

 “お前が気づいていない事を、お前の記憶は気づいている”

 またあの言葉が頭に響きました。

「あやちゃん着いたよ」

 気づくと、あやの家に着いていました。

 あやは無言で車を降りると、何も言わずに家へ歩いていきました。その様子をぼんやりと見ていました。

 その後、まさかあやと私が、地獄のような事態へ向かい、あんな最後を迎えるとは、その時の私には想像もしていませんでした。


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