夜が明ける前の
鈍い音が響く
砕き貫く音
目の前の"ソレ"の頭蓋を貫く音に、思考を麻痺させたイーサンは気にも留めない。
貫いたスピアを引き抜くと共に、真っ黒な血が噴き出した。
あちらこちらで"ソレ"達の呻き声が聞こえるが、幾人もの守衛者がスピアを突き立て、息の根を止めることに没頭している。
目の前のソレ――――正確にはモンスターと呼ばれる部類の生物――――は全身に黒色の毛を纏った、ヒト型の亜人。
凶貌の獣人の知性や能力などについて、未だ分かっていることは少ない。どっかの偉い学者さんは
「"彼ら"は(モンスターの性別か、または人の一種として捉えているのかは知らないが)本来、一つのコミュニティを築き、その中で生活していたものが何かをきっかけにして分裂したものか」
「実は底知れぬ知性を持ち、我等ヒトと共存関係にあったのではないか」
などと話していたそうな。その後どっかの偉い学者さんがどうなったのかは知る由もない。つまりは興味も沸かない。
謎多き生物についても唯一、ヒトが共通して理解していることが二つ。
人間を殺しにくるということ
どこから来るのか、さっぱり分からないということ
あまりにも単純であるが、事実その通りだ。"ソレ"には慈悲など無い。今日は二人やられてしまった。
「イーサン、そっちの処理は終わったか?」
未だ藍色の空のもと、痩せこけた頬に似合わない、ずんぐりとした体形の男ガトレアの声が響く。腰もとのランタンを揺らし、彼はのっしのっしという音が今にも響きそうな歩調の大股で近づいてきた。
「あと、2、3残ってると思う、小隊長」
「もうお勤め終了間近なんだ、ガトレアで構わんよ、、っっ?!!」
断末魔の呻きと同時に、
一本の腕がガトレアの脚を掴んだ
、次の瞬間、黒色の腕が宙に跳ね上がり、地面に落ちるよりも速くガトレアは"ソレ"の頭を貫いていた。
スピアを引き抜いた彼は無精髭をひと撫でした後、
「イ~サン~、打ち漏らしか?残業は好かんなあ。気を抜くのにはまだ早いぞぉ」と冗談めかしたようにこちらを見て言った。
異形のモンスター達 その多くは"とどめ"を刺さない限り、数時間と経たぬ内に復活<リブレイア>してしまう。
しかし不死人とは決定的な違いがあり、"とどめ"
「すいません、確認を怠った俺のミスです」
「ほぉ、珍しいな。職業人間が確認をミスるとは考えごとか?恋の悩みか??」
まだニヤニヤと笑うガトレアの言葉から悪意は感じられない。任務終了時刻が近づくと気分が良くなるというあの状態に近いんだろうなと、ぼんやり考えていた。
だから普段考えもしないことを口にしてしまったのだろう。
「違いますってガトレアさん、ちょっと考えてたんですよ。このモンスターどっから来るんだろうって」
その言葉を聞いて、ふぅむと腕を組んだガトレア。これは話が長くなるパターンか。
先日のレイエスカ公国の女王の話みたいに、丸一晩酒を飲みながら延々と語られるのだけは勘弁願いたい。
だが、意外にもその返答は
「知らん」
の一言だけだった。
そこで話は途切れたからか「残りのソレも処理しようかね」と独り言を呟くかのように、ガトレアはイーサンの処理の加勢に入った。
"ソレ"達の急所である頭蓋に突き立てていき、息の根が止まっているか確認する。
ある意味、簡単な仕事だ。この点だけを見ると、であるが。
当初2、3体程と考えていたが、処理しきれていない個体は意外と多く、イーサン自身は結局5体も確認する必要があった。
「こっちは大体終わったぞ、イーサン。そっちは?」
「ここも大方終わりました。あとは"掃除屋"に任せようと思います。」
「よし。じゃあわしは北門のゲリクのヤツに報告でもしようかね。したくないけどな。」
「今の発言を聞いていたのが俺で良かったっすね」
ガトレアは鼻高々に「あんな小僧に怖気付くほど、まだまだ衰えておらん」と笑った。冗談でも、戦闘指南官に向かってそう言えるのはガトレアだけだろう。俺なら間違いなく首が飛ぶね。
ガトレアは叩き上げの兵士であり、守衛者議会においても平然と「お前は馬鹿なのか」と上官へヤジを飛ばす男だ。常に現場第一主義目線。実際に、このように各門をぐるっと巡回するのもガトレアだけだろう。それぞれが自分のことで精一杯。しかしその中でも、ガトレア小隊長は他者優先で行動する。
尊敬できる男、だと思う。
「よし、じゃあなイーサン。朝の報告会で会おう。
………おっとそうだ、イーサン」
「なんです?」
額に皺を寄せ、
「さっきの話だが……、考えすぎるな。あまり考え込むと、大切なモンを見失っちまうぞ」
と、いつもより真面目な調子で言った。
が、すぐに茶化すような声色で、
もしくはわしみたいに髪が薄くなってしまうかもな!、と笑いながらのっしのっしと北門へ向かっていった。
後ろ姿はさながら熊男だな、と考えていると、東の空が明るくなってきたことに気が付いた。
そういえば、最近は天気が悪くて朝日を見る機会もなかった。
言うなれば、今の今まで朝日が見える位置で自分が防衛していることも忘れていた。
意識しようとしなかったのか、もしくはしたくなかったのかもしれない。
「…朝日を見るのは、渡河防衛戦以来だな」
ひとりでに、ぽつりと呟いてしまった。
今日も戦争の爪痕が色濃く残るこの街で、いつも通りの日常が始まるのだろう
もうすぐ、夜が明ける。