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ジャンクブラザーズ  作者: 黙示
2/4

クラスメイト

 教室ではもうじき授業が始まるというのに各々群れておしゃべりをしていた。

俺は自席に座るが、人気者の湧元の元に集まる女子どものケツが邪魔でうるさい。

俺は逃げるように読書――コンタクトによる電子書籍――をした。


美心(みここ)最近痩せた?」

友人に褒められて湧元は頬を緩める。

「そう?でもおかしいな~私食べるの大好きなのに」


痩せてねえよデブ。

俺は心のなかで毒づく。

ぐ~。

誰かの腹が鳴った。


「わ、恥ずかしっ」

どうやら湧元の腹だったようだ。

「美心昼休みどっか行ってたもんね。もしかしてご飯食べてないの?」


チラッとこちらを見てきた湧元と目が合う。

湧元は弾かれたように女子に向き合うと、取り繕うように急いでかぶりを振った。


「あ、違う違う。ダ、ダイエットダイエット!」

「も~ムリはいかんぞ」


湧元ははにかんだ。

は?今のはなんだ?

もしかして気を遣ったつもりか?

お前が勝手に来ただけなのに?俺のせいで食べられなかった、みたいになってんの?

あームリだ。

俺はもう湧元の方を見ないようにして、音楽の音量を最大に上げた。

不協和音のアイドルの歌が、今はソナタ第うんちゃらかんちゃら協奏曲のように思えた。





 少し大きな一軒家が俺の家だ。

年中引きこもっている兄と、スマホニュースと酒が好きな母との3人暮らし。父は単身北海道へ赴任中だ。

引きこもり4年目に突入した兄と、毎日飲み歩き、家にいれば自室でスマホとPCを弄る母とはほとんど顔を合わせない。

だからって不仲ではない。

むしろそこらの家族より仲が良いと思う。


遠くにいる父も含めて俺たちを繋いでくれているのはこのコンタクトとエアフォン、兄の技術力である。





 俺は家に帰るとアニキと母の部屋のドアに向かって「ただいま」と言い、もう殆ど俺しか使わなくなったキッチンで夕食と明日の弁当作りにとりかかった。


『おかえり』

耳からアニキの声がする。

『カレー食べたい』

「ダメ。明日テストだからカツね」

『えーやだ!カレー!カレーカレーカレーー!!!』


煩い。

俺は耳元でわめくアニキをムシして肉の下拵えをする。


プルルルルルルルルルル。


視界に『☎―アニキ―』と浮かび上がる。

拒否してから「わざわざ電話してくんな!」と怒鳴ると、めげずにまた電話がかかってきた。


何度か同じやり取りをした後、別の人から電話が入った。


『☎―母―』


俺は母がいる部屋の方を睨む。


「はい」

「もうご飯作ってる?お母さんハンバーグ食べたいんだけど」

「......家にいるのに電話かけてくんな!」


俺は電話をブチッと切ると、肉叩きを開始した。


 結局カツカレーを作った。

皿に盛って兄と母の部屋の前に置くと俺はキッチンに戻り、料理を続けた。明日の弁当作りだ。


『卵もう1個足しなよ』


ボウルに玉子焼き用の卵を割り入れているとき、アニキが言った。


「なんで?いつもと同じ量だけど」

『今日、(じん)のところに来てて湧元さんご飯食べられなかったでしょ?明日玉子焼き1切れくらいあげないと』

「アニキのそういうとこ面倒だよ」

『結局お礼だって言ってないし』

「あんなやつにお礼する必要も感謝する必要もねえよ。だいたいご飯食べれなかったのはあいつの自業自得だろ?むしろこっちは迷惑してんだ」

『う~ん。でも誰が悪いとか関係ないっていうか、やっぱりお礼はするべきじゃないかな~』

「はあー......わかった。」


アニキのこういうところは本当に面倒だ。

だけど、同時に好きなところでもあった。

俺は湧元の好みを知らなかったのでだし巻きと甘いやつの2つ作った。





 世の中には俺が知らなくて良いことがままある。

例えばこのテストの出題文。

例えばこの問題の解き方。


 俺は真っ白な答案用紙を前に、問題用紙も見ずに呆けていた。

中間テスト1日目。1教科目は数学。

アニキの得意分野だ。

暫くしてコンタクトを通して視界に解答が表示されていく。

計算過程から枠外の筆算まで表示されているのはアニキの優しさだ。

そう、俺はリアルタイムでアニキに問題を解いてもらっていたのだ。

昨日の数学だってアニキが『ごめん。トイレいってた』なんてメールしてこなければ湧元に頼ることなんかなかった。

俺は巡回している先生に怪しまれぬよう、少しずつ解答を写していった。


2科目目は現代文。

アニキの得意分野だ。





 こうして4時間目まで終わると昼休み。

俺は屋上で昼食を食べていた。

しかし今日はいつもと違う。

隣で湧元が自分の弁当を食べている。

俺が誘ったのだ。



 「ちょっと用があるから一緒に屋上に来てくれる?」

俺が人目も憚らずに教室でそう言った瞬間、アニキの、『あちゃ~』という声が聞こえた。



 俺は湧元が半分ほど弁当を食べ終えたところで湧元の弁当箱に2切れの玉子焼きを置いた。

湧元が驚いてこちらを見てきた。


「甘いのと辛いの、どっちがいいか分からなかったから両方作った」

「私のために?」


俺は頷く。

湧元はまたあの太陽のような笑顔をすると、ひと口で食べた。


「ん~おいしい!」


その大袈裟な言い方を真に受けまい、と思った。

湧元はもうひとつも食べ終えるとまた同じように、「おいし~!!」と言った。


『どっちの方が美味しかった?』

「どっちの方が美味しかった?」

俺はどうでもよかったがアニキは気になるらしい。

「どっちもすっごくおいしかったよ!」

「うわ......」


俺は思わず口に出してしまった。

どっちが美味しかったか聞いてんだからハッキリ答えろよ。

顔にも出ていたらしく、湧元が慌てて、

「でもどっちかっていうと甘い方かな!私甘いの好きだから!」

と言った。

「ふーん」


暫く沈黙が続いた。

湧元が耐えられなくなったのか訊いてきた。


「阿宋くんってどこ住んでるの?」


俺は嫌な顔をしてムシした。


「あ、年賀状とか送ろうかなって思って」

そう言ったらその質問に正当性が生まれるとでも思ったのか!?

よけいに迷惑だ!やめてくれ!!


「アニキ、どうやって突っぱねたらいい?」

「アニキ?阿宋くん何言ってるの?」

『ごめん喪中だから』

「ごめん喪中だから」

ちなみに嘘である。

「あ、そうなんだ。こっちこそごめんね」


湧元は申し訳なさそうに目を伏せた。

俺は残りの弁当を食べた。


 こうして他に言葉を交わすことなく予鈴が鳴った。

俺が立ち上がって屋上から去ろうとすると湧元が俺の制服の裾をつかんで止めた。


「何?」

「用ってなんだったの?」


は?玉子焼きだけど。

俺を見上げる湧元の顔は火照り、赤くなっていた。


『いや、その、ただ一緒にお弁当食べたかっただけ』

「いや、その、ただ一緒にお弁当食べたかっただけ」


耳に流れた言葉を癖でそのまま口に出してしまった俺は目を見開く。

いや、玉子焼きだけど!?


「そっか!明日も一緒に食べようよ!」


湧元は赤面のまま妙に弾んだ声で言った。


『喜んで!』

「喜んで!......え」


誤解を解こうと思ったが既に湧元はいなくなっていた。


「おいアニキ!どんな意地悪だよ!!!」

『いや~友人もいない弟に青春を謳歌してもらおうと思って~』

「は?冗談じゃねえよ!俺があいつのこと嫌いなのアニキが1番知ってんじゃん!」


1人で怒鳴る俺を屋上の数人が不思議そうに見ているが今はそんなこと気にしている余裕は無い。


『ごめんごめん。でもあの娘脈ありだったし』

「だからって!」


いつものアニキならこんな強引なことはしない。

俺は青春なんかいらない!

俺は......アニキは?


俺は気づいた。


「......いいのかよあんなクソヤロウで」

『うん。ありがとう』


優しいアニキの声を聞いていると、どんなことでもやってあげたいという気持ちが込み上げてくる。


「よっしゃ!じゃあやったるか」

『おー!』

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