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ビーナスライン

 信号があった。

 こんな山奥に信号なんて、と阿部は無性に腹が立った。だがすぐに考えを改める。一気にブレーキを踏み込んで1速へ。サイドブレーキとクラッチを同時に操作してスピンターンの要領で右折した。後続のパトカーの視界からは出ている。やつにはオレがどっちへ向かったのかわかるまい。

 アクセルを踏み込んで2速へ。3速4速とシフトアップしてエンジンの回転数を落とす。

速度は120。

「マリア、コンピュータはわかるか?」

「それが何かによるね」

「そのナビを操作して欲しい」

阿部は、ダッシュボードの装置を指差した。

「ナビゲーションシステムはよくわからない」

「ああ、大丈夫だ。それは本当はナビじゃないらしいから」

「それじゃあ余計にわからないね」

「いいから。とにかく警察の動きを検索できるはずだから、やってみてくれ。それから、この道が何処へ行くのかと」

「わかったね。でも共犯になるのは嫌ね。わたしは協力するわけじゃないからね」

「ああ、なんでもいいから」


 パトカーが停車すると、彼は交差点へと走り出た。

 大型のバッテリーライトで路面を照らすと、真新しいタイヤ痕が見て取れた。

「右です」

そう言うとパトカーへ戻ろうとした。先輩の警官が降りてきた。

「ただの勘かね?」

「いいえ違います。こんなスリップ痕は、さっきまで無かった。タイヤの太さも丁度さっきの車と同じくらいです。間違いありません」

「ふん。まああとは非常線の手配を待つだけだよ」

 そう言うとその年配の警官は助手席の方へ足を進めた。マイクを取って報告を始める。タイヤ痕を一度だけ見つめなおすと、若い彼は思った。逃がすのは嫌だ。あの車は俺が捕まえるのだ。やる気の無い警官なんてなりたくない。

 彼は運転席へ走り寄ると、そこに飛び乗った。

「おい待て。追う必要なんて無いんだよ」

「まだ追いつけます。別荘地へ逃げ込まれたら追跡が困難になります」

 そういうとクラッチを踏み込みギアをファーストに入れる。きっと先輩を睨み付ける。

年嵩の警官は、ふっとため息をつくと助手席へ座ってシートベルトを締め込んだ。

「無理はするなよ」

 彼は、その言葉を聞くまでもなくパトカーを発進させた。


 ビーナスライン、とマリアは言った。変な名前の道路ね、とマリアは思っていた。こんな幽霊の出そうな真っ暗な道の何処が美の女神と関係があるのか全然わからなかった。

「それは何処へ行く道だ?」

マリアはオンボードコンピュータを操作する。

「えっと、ぐるっと回って元の場所に戻るね」

「元って、何処だよ」

「スワ、と書いてあるね」

「オレが行きたいのは小諸方面だ。検索しろ」

「人遣いが荒いね」

「ああ、悪かった。急いでいるんだ。早くしてくれないか」

「ポリスの情報っていうのがあるけど、これも検索情報に入れるね?」

「頼む」

 阿部は少し苛立っていた。警察の情報を考慮に入れるかなんて聞かなくてもわかっているだろう、と思った。

「出た。白樺湖っていうネームのシグナルを右ね。遠回りになるけど直進するとポリスの

ブロックにあうね。6キロほど行ったら次に左ね。それで小諸方面に出られるね」

「わかった」

 そうつぶやくと、阿部はぐっとステアリングを握り締めた。


 パトカーのハンドルを握りながら彼は頭の中に地図を思い浮かべていた。

 あの黒のスープラは国道152号線を北進していた。152号線は途中、中仙道142号線と交差して上田方面へ出る。ナンバーは愛知県のものだったし向かっているのは長野市方面か軽井沢方面だろう。当初の移動方向からは、そう推測できる。だから、警察は国道152号線から右へ曲がったスープラは女神湖方面「諏訪、白樺湖、小諸線」である県道を北上するとみて、そこへ出る手前の道をブロックした。そこにたまたま駐在がいたから、という理由もある。

 だが、やつは消えてしまった。地元の駐在が県道を封鎖していた。駐在は黒い車なんて来なかったという。もしも彼が判断を間違えたとしたら「白樺湖信号」のところだ。そこは直進するとみて間違いなかったはずだ。だが、現実にスープラはいない。

 そうなると、スープラの行き先が北では無くて南、諏訪方面である可能性も考えなくてはならない。彼が駐在のところへ到着した時点で、駐在は本部に無線連絡を入れ、途中の唯一の分岐である「白樺湖信号」のところから右折して諏訪方面へ向かった模様、と話していた。そちら側は別荘地も多いから、捜索は困難だろう。ビーナスラインを正直に走ってくれるなら発見も出来るかもしれないが。

 だが、彼はそう思わなかった。

 あのドライバーは、大胆な行動に出る。追尾するパトカーを振り切ろうとするなんてマトモな人間のすることじゃない。しかも、冷静に考えればナンバープレートを読まれていることはすぐに気がつくはずだ。無理に逃げたって無駄な話だ。それとも、そんなことにも頭が回らない馬鹿なのか。だとすれば、どうして彼は白樺湖信号のところで右折したのか。警察を撹乱するのが目的か?それとも、ただ道を間違えたのか?ひょっとして警察無線を傍受しているのか?

彼は決断した。

このまま直進し、小諸方面へ抜ける県道との交差点でスープラのやつを待ち伏せる。

 やつは、きっと来る。何故か、彼にはそんな気がしていた。報告は入れなかった。警察無線は聞かれている可能性がある。


 ビジネスホテルの8階、常夜灯だけにしてテレビも消した部屋で高浜は寝付かれないでいた。ゆっくり休みを取っておかないと、明日の移動が大変だ。ひたすら電車を乗り継いでいかなくてはならない。

準備は怠り無く進めてきた。あとは、その計画に沿って行動するだけだ。

阿部君には悪いが・・・高浜は目を閉じた。心臓の音が聞こえそうだ。とても眠れない。

アドレナリンが体内を駆け回っているようだ。今は、無理にでも休息を取らなくちゃ。

深呼吸をして、何も考えまい、とする。

でも、各地に置いてきた計画の断片が頭の中で次々と浮かんでいく。あれは、安全に保管されているだろうか。考えても仕方が無いことはわかっていた。確認しようが無いのだから。でも・・・設置したときのことを思い出す。手順は間違えなかっただろうか。そういえば、あの電源は入れただろうか。移送中に誤作動するのを防ぐために電源を落としていた、あの電源は・・・

 休まなくては、と高浜は思い直す。考えても仕方がない。準備の段階は終わっている。

今は行動するときなのだ。


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