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ライクアバージン

 国道19号線を避けたのはオービスが多すぎて比較的流れが遅くなりがちだからだ。

 それに高速道路を使わないとすれば19号へ出るのが通常の考え方だ。もっとも、北を目指すなら東名か国道1号線というのが普通かもしれない。夜間、バイパスを使って走る国道1号線なら移動速度も速くなる。

 それをしないのは、とにかくリスクを下げるためだ。

 まず最初に考え付いたルートは使わない。それが高浜の考えだった。

 国道153号線、飯田街道を抜けていく。もう陽はとうに落ちた。ところどころに設置された街路灯がメタリックブラックのスープラを浮かび上がらせる。ヘッドライトを持ち上げて走り抜けていく。


 ちょうどその頃、二人の男が話し合っていた。

 彫りの深い顔、浅黒い肌。仕立ての良いスーツの二人は日本料理のファミレスで味噌煮込みうどんセットを前に座っていた。

 きっと名古屋周辺なのだろう。そういえば話し声に猫のような語尾の発音が多い。

 二人の周りには超音波のような奇声を発する子供が飛び回っていた。家族連れが多い。

中東からの二人に気を止める客はいなかった。誰もが自分たちのテーブル以外の出来事を意識的に遮断している。

「プロジェクトはうまく進んでいるのだな」

グレーのスーツを着た方が、何語かわからない言語で、そう言った。

「移動中のハードの方には尾行が付けてある。情報通り、輸送車は古いトヨタのスポーツカーだ」

ダークブルーのスーツを着た方が答えた。どちらもターバンは巻いていない。ダークブルーのスーツの方の頭頂部は禿げている。どちらの髪も黒い。

「ソフトの方はどうなっている」

「大丈夫だ。セントレアとかいう、おかしな名前の空港から札幌へ向かう便に予約が入れてあるのを部員が確認している。札幌のほうには連絡が入れてあるから、そちらで押さえられるだろう」

「何故、今、押さえない?」

「空港に入った後では発見しても押さえにくいからだ。到着する便から降りてくる人間は発見しやすいし、警備の厳重な空港を出てしまえば後は簡単だ」

「では、あとは時間の問題ということだな」

「そうだ。我々にとって、あれは最大の武器になる。あれさえあれば、どんなところにだって侵入が可能になる。世界中のどこへだって聖戦を繰り広げられるだろう」

「口を慎め。誰が聞いているかわからないだろう」

グレーのスーツの男が眉をひそめて言った。

「そんなに気にすることはない。この国の連中は、今だに安全神話の中で生きているんだ。たとえこのレストランに爆弾が仕掛けられていると言ったとしても、ほとんどの人間が、爆発の瞬間までそれを信じないだろう」

「考え方が違うのだ。この国の連中は戦うことを放棄している。我々のように命をかけて信じられるものを持たない屍なのだ」

「そうだ。我々は信じるもののために誇り高く戦う」

 ダークブルーのスーツはグラスを持ち上げる。

「我々の神に」

「プロジェクトの成功に」

 二人は、ただのミネラルウォーターの入ったグラスを「カチン」と合わせた。そうすると、そのまま席を立った。うどんは、まだ、湯気を立てていた。


 駒ヶ根をバイパスして、そのまま県道へ入る。急に交通量が減る。

「そろそろ何か食べようよ、阿部君」

 ヘッドセットを通して須崎が訴えた。

「コンビニで食料を仕入れただろう。長野を抜けるまでは停まるつもりはないよ」

「そんなのつまらないよ」

 阿部のスープラは須崎のフェラーリの前を走っていた。

「それに、ここからしばらくは店なんて開いて無いと思うぜ」

 辺りは暗く、ヘッドライトの光は闇の中に消えていく。ただアスファルトだけが浮かび上がる。

「いったい、何処へ行くの、阿部君」

「長谷村というところを抜ける。19号線の裏道が153飯田街道なら、その裏、152号線に抜ける」

 助手席のマリアはリアシートに積んであった段ボール箱の中からCDを物色していた。

「アベさん、音楽の趣味が古いね」

 妙なイントネーションで、そう言った。

「悪かったな。最近、新品のCDなんて買った覚えが無いもんでな」

「仕方ないね。今日は懐メロするね」

 そう言うと、マリアは阿部に手渡す。阿部は確認もせずに、そのままデッキに差し込んだ。唐突に音楽が流れ出す。マドンナのライクアバージンだった。


 長谷村を走り抜ける。交通量はゼロに近い。

 スープラのダッシュボードの時計を信じるなら、夜の8時を回った辺りだが周囲の感触は真夜中である。人間の気配が無い。相変わらずマドンナが流れる車内で、マリアは楽しそうに歌っていた。阿部は、この女が環境に異常に適応してしまう特技を持っているのか、それとも自分を無視して自分の世界を構築しようとしているのかはかりかねていた。

 フェラーリの車内は、そんなスープラの世界とは別世界だった。須崎はメイの故郷がアリゾナで大学での専攻が文化人類学だということ、冬にはスキーに行くのを楽しみにしていることや、おおよそ車の外の景色とは掛けはなれた会話を続けていた。

 真っ暗な道路は、スープラのテールライトがまぶしく感じられるほどだった。

 それに気が付いたのは、そんな頃だった。須崎は、ルームミラーに写る二個のヘッドライトが気になっていた。

 コーナーを抜ける度に、時々、見えていたヘッドライトだったが、その割には追い付いてもこない。先行するスープラのペースは速い。直線では制限速度の二倍を超えることも珍しくはない。荒れた路面が固められたサスペンションを激しく突き上げる。その度に会話が中断することに須崎は内心、いらだっていた。そうしてペースを落とした時、ふとそれに気が付いたのだ。スープラから離れると、バックミラーにヘッドライトが写り込む。真っ暗な闇の中、須崎は気になって仕方が無かった。


 152号線は、高遠から茅野に抜ける。

 交通量は少なく、出そうと思えばいくらでも速度を上げられる。ただし、時々現われるコーナーを抜けられる速度まで、だ。

 阿部のスープラは、ますますスピードをアップした。

 須崎は、うんざりしてそれを見送った。

「須崎さん、アベさんに置いてかれちゃってる」

 須崎は6速ギアを選ぶと、低回転でクルージングを決め込んだ。

「いいよ、どうせ何処へ行くかはわかってるんだから。追い付けなくなったら高速に乗るよ」

「いいの?一緒に行かなくて」

「あれは飛ばしすぎだよ」

 そうやって、ちらっとルームミラーへ目をやると、そこにヘッドライトが浮かび上がった。先程よりも大きくなっていた。

「抜く気かな」

 そう言うが早いか、一気にフェラーリの後ろへハイビームが迫ってきた。須崎はおとなしく道を開けると、それを行かせてしまった。巨大な四角い塊が轟音を立てて走り抜けて行った。ナンバー灯が切れていて、それを読み取ることは出来なかった。

「阿部君に電話しておくかな」

「なあに、あれ」

 メイが不思議そうに言った。

「尾行されてるんだよ、きっと」


 阿部は顔をしかめた。マリアは相変わらずスープラの助手席で体を揺すっていた。

「シボレーのアストロだよ。色は白。追い抜いていったから巻いちゃいなよ」

 須崎は楽しそうに言う。

「ふん、そんな大型冷蔵庫みたいな車に追い付かれるほど耄碌はしてないぜ」

「そうかな、あれって阿部ちゃんのスープラの倍ほどの排気量のV8積んでるから、思ってるよりも速いよ。気を付けて」

「ああ。そっちはどうするんだ」

「もうすぐ361号線の分岐でしょ?こっちは伊那へ出て高速に乗るから。適当なところで合流するよ」

「そうだな。オレがアストロを巻いてもフェラーリを付けられちゃ意味が無いもんな」

「うん。こっちだってアストロに負けたりはしないけどね。こんな山道でバトルをする車じゃないからさ、フェラーリは」

「うるさい。どうせ峠の走り屋みたいな車だよ、オレのは」

「ふふん、わかってるじゃない」

「放っておけ。ミラーに奴が現われた。切るぞ」

 そう言うと、唐突に電話は切れた。


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