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最初のプランは単純で難しいことなんて一つもないように思えるものだ

最終話です。

カーチェイスは書ききったので、もう蛇足な部分はあっさりと・・・

 警察ヘリからは、二台のクルマが並んで停車しているのが見えた。

「やつらは仲間なのか?」

「わからない。確認するか?」

 上空からは細かな様子がわからなかった。高度を下げて確認する。徐々に高度を下げていくと、白髪の男が女を引っ張ってランサーの後部席へ乗せた。一人残ったアロハシャツは黒のスープラに乗り込む。2台は砂埃を上げて発進した。

「追うぞ」

スティックを前に倒すとヘリは前進を開始した。無線で逃走方向を指示する。GT-Rパトカーが先回り出来そうだ。

「このまま追跡する」

 しかしこのあたりは・・・とパイロットは思った。

 直線道路ばかりだ。

ランエボとスープラは、どんどん加速していく。GT-Rパトカーから無線連絡が来た。

「視認した。そちらの先1キロだ」

「道路を封鎖してくれ」

「無理だ、あっという間に来てしまう。合流して追いかけるだけで精一杯だ。それよりも、そっちは置いていかれているぞ」

「ああ、そのようだな。こいつら狂っているよ。300キロ近い速度で走っているってことだ」


 マリアはランエボに乗せられた。

 位置情報発信装置と中枢部品は再びスープラのトランクにあった。位置情報は発信しないように電源を切ってある。GT-Rパトカーが交差する道路上にいるのが見えた。阿部はオーバーブーストを使って加速する。あっという間に後方になった。

 無線機が一個、助手席に転がっていた。ランエボのジェームスとかいうやつが渡してきたものだ。連絡を取れるようにする限り、マリアの安全は保障する、と言った。

 それを信じたわけではなかったが、ジェームスは回収できない場合は破壊したいと言ったのだ。阿部の目的も今となっては破壊なのだから、今はお互いに協力したほうがいい。

 マリアがランエボに乗せられたとき、阿部は抵抗しなかった。相手は銃を持っているし、今や限界に達しているスープラよりもランエボのほうが安全である気がした。

 阿部は首を振る。

 言い訳かもしれない。

 だが・・・

 こんな状況にあって、必ず正しい判断が下せるはずはなかった。ランエボのほうが安全かもしれないし、スープラの方が安全かもしれない。どちらでも一緒かもしれない。それは時の運でしかない。

 疲れを感じていた。

 そういえば、自分のアパートを出たのはいつだったろうか。1週間前?2週間前?

 いや、たったの40時間前じゃないか。

 その40時間の間に、どれだけのことがあったのだろう。何度、命の危険を感じただろう。そして、どれだけ多くのものを失っただろう。

 それでいったい、俺は何を手に入れたんだろう。

 こんなにもアクセルを踏んでスピードを求めた。だけど、平均すれば時速50キロほどでしかない。途中で止まってる時間も短くは無かったが、平均してしまえば、そんなものだ。いったい、何を求めていたのだろう。

 高浜は、結局海外へ脱出するのを諦めた。それは高浜の良心だと阿部は信じていた。

 彼は、兵器開発に携わるのをよしとしなかった。高浜がやらなくても、他の誰かがやるかもしれない。高浜の決心で何かが変わるかどうかなんて、わからない。

 でも、例え何も変わらなかったからといって、無意味ではない。少なくとも高浜はやらなかったのだ。それは、とても重要だ。


 あとは阿部がどうするか、だった。

 おそらく、と阿部は考えた。高浜に協力していたことは警察も知っているだろう。あれだけ派手に逃げ回れば、もはや言い逃れは出来ない。いくら偽造ナンバーだとしても、証拠はいくらでも出てくる。

 さあて、どれほどの罪状になるやら、と阿部は他人事のように考えた。

 警察車両を何台破壊しただろう。そのうちのどれほどが怪我を負っただろう。黙って見逃してもらえるはずがなかった。

その罪状から逃れる方法は何かないだろうか。

ひとつは、マリアの会社に中枢装置を持ち込んで海外へ逃がしてもらう、という方法が考えられた。でも、それでは高浜の行動に反することになってしまう。高浜は、その機械の破壊を強く願っていた。それにランエボのやつらがいる。彼らが見逃すことも有り得ないだろう。彼らはCIAだか何か知らないが、政府機関の人間だという。彼らとなら、取り引きしてもいいのではないか?阿部の安全と引き換えに中枢装置を引き渡す。

 阿部は苦笑いした。

 直線道路が終わり、速度を緩めてコーナーに侵入した。

 あの気弱な高浜が、自分一人の力で逃亡することを決めたのに、阿部が取り引きを考えているようでは情け無い。

 上空のヘリの姿は見えなくなっていた。追跡するのはランエボだけだった。阿部は無線機に手を伸ばした。

「頼みたいことがある」

 無線機に向かってそう言うと、しばらくして答えが返ってきた。

「なんだ?」

「中枢装置を破壊したらマリアを安全に解放すると約束してくれ」

 返答はなかなか返ってこなかった。

 道路は平野を抜けて山岳地へ入っていく。谷間を抜ける国道だ。川に沿って谷筋に開いた道路だろう。一般車よりも少しだけ速いペースで走り抜けていく。とはいえ、北海道のペースだから、ちょっとした直線では100キロ以上の速度になる。

「了解した。この先に湖がある。そこで中枢装置を破壊してしまおう。その後、女を解放する。我々の目的は機械の方だ」

 阿部は、それでいい、と無線機に告げた。


 高浜は北へ向かう列車の窓から、ぼんやりと景色を眺めていた。

 こんなにも雄大な景色が日本にあったのだな、と一人、ぼんやりと考えていた。

 この先、どうしよう、などと心配はしていなかった。行き詰るのは目に見えていた。考えるだけ無駄であるような気がしていた。

 最初のプランは単純で難しいことなんて一つもないように思えるものだ。

 だけれど、計画が狂い始めた時、高浜には修正することは出来なかった。完全な計画のはずだったのに。何が間違っていたのか、高浜はぼんやりと考えていた。

 阿部くんに頼んだのが間違いだったのだろうか。それとも、そもそも取引先の本当の姿を知らなかったのが原因だろうか。それとも高浜本人を追うやつらのことを軽く見積もりすぎたのが原因だろうか。

でも、と思う。

 阿部が言ったとおりなのだ、と高浜は思った。

 そんなことは、あとになってわかることで、計画を立てた段階では知りようの無かった事実だったのだ。高浜は自分の作った計画は完全だと思っていたし、間違いなんか無いと思っていたのだ。何が正しくて、何が間違っているのかなんて、結局、わからないのだ。

 少しづつ、それは学んでいくしかない。最初から完全にうまく出来るやつなんていないし、どんなに学んでも、絶対に間違わないということはない。自分にとって正しくても、他人にとっては間違いであるということも有り得るからだ。

 うねるように連なる牧草地が、濃い緑に覆われて遥か彼方まで連なっていた。

 動物や木々が、お互いに距離を取って、ゆっくりと時間を過ごしていた。空は素晴らしく青い。


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 静かだった。

 阿部は静かに湖面を見ていた。

 サロマ湖。

「これからどうするね?アベさん」

 マリアが阿部の背中に声をかけた。サロマ湖、というものの、阿部には海のようにしか思えなかった。知らなければ、それは海岸線だと思うだろう。静かに湖面が揺れている。

「さあな。家には戻れない」

「私と一緒に来るね?アベさん」

 中枢装置は破壊された。今は、何処かの湖の下に沈んでいる。たしか糠平湖とかいったはずだ。もう数時間前のことだ。

「マリア、オレは犯罪者だぜ?」

 マリアは首を振った。

「私だって、そうね。アベさんの手伝いしたね。共犯ね」

 遠くにヨットの帆が見えた。午後の光が湖面に反射してキラキラと光っていた。

「だが、マリアのことは警察は知らない。いや、俺だってマリアの本名すら知らないんだ。マリアは逃げ切れるさ。だが、俺は違う。身元も何もかもバレている。須崎が用意した嘘も、今となっては説得力に欠ける。ただのドライブだっていう嘘じゃ、もう誰も信じまい」

 振り向くと、スープラが見えた。左側のドアは傷だらけになっている。ボンネットは砂埃で薄汚れていた。バンパーには無数の虫の死骸がこびりついていた。車体の下側には黒い染みが出来始めていた。たぶん、オイルだろう。

 スープラにも休息が必要だ。

「でも、アベさんは逃げ切ったね。私は、そんな凄いドライバーを知らないね。きっとアベさんならいい仕事、出来るね」

 阿部は苦笑した。それじゃあ、まるで逃がし屋かなにかじゃないか。プロの犯罪者の仲間入りだ。でも、他に選択肢はあるのか?

「そうだな」

 気の無い返事をした。そう、このままクルマを走らせ続ければ、阿部は生きていけるのかもしれない。アクセルを踏み続けていれば、阿部は逃げ切れるのかもしれない。

 でも・・・・

「いつかは立ち止まらなくちゃいけない」

 阿部は、つまらなさそうに言った。いつかは、きっと阿部は猛スピードで大型トレーラーにでも突っ込んで死ぬんだろう。今回の旅で、阿部は嫌というほど超高速でのドライブが、いかに危険かを知った。ほんの一瞬でも気を抜けば、即座に死を呼ぶ。それは、自分の死かもしれないし、他人の死かもしれない。

 一瞬の判断ミスが、誰かの命を奪う。

 考えなくても、阿部にはわかっていた。後にならなくても、それが正しくないことだとわかっていた。それを選択すれば、間違いなく、阿部は多くの命を奪うことになるだろう。直接的に、間接的に。

 だが、阿部は立ち上がった。

「じゃあ、行こうか、マリア」

 もう止められないのだ、と阿部は思う。一度走り出してしまったなら、それは何も無しには止められない。誰かの犠牲無しには止められない。

 マリアは微笑んだ。その笑顔はエキゾチックで、傾きかけた太陽の光を受けて輝いていた。阿部はマリアを抱き寄せた。マリアは抵抗しなかった。頬にキスしてお互いに見つめ合った。

「相棒ね」

 マリアが微笑むと、阿部は微笑み返した。

「そうだな」

 心の中で、地獄までの、と付け加えた。

 誰かの犠牲無しには止められない。一度走り始めたら。

 エンジンが再び咆哮を上げる。もう、誰も止められない。


(END)


読了ありがとうございました。

この作品は、ただ、70系スープラが大好きだった、というだけの理由で書き始めたものです。

ある程度、現実的なエンジン性能や運動性能を検証してはおりますが、すべて妄想によるものです。

微細な無理設定、細かな辻褄などはご容赦ください。

ともあれ、最後までお付き合いいただき感謝いたします。

重ねてお礼申し上げます。


一応、この作品はフィクションなので、道路交通法を良く守り決して真似をしないように、チューニングカーは楽しく乗りましょう。


阿部ちゃんは、どうなってしまうんでしょうか。


なんて言ってみたり・・・


近日中に、あっさり第2話を投稿いたします。

広大な北海道をアクセル全開で駆け抜けた後、いったいそれ以上のことをどうするのか・・・

日本最長のストレートを登場させてしまったのに。


乞うご期待!

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