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パワーと力技

 バックミラーの中でパトカーが減速し、すぐに姿が見えなくなった。

 マリアは不思議な感じがした。パトカーは故障したのだろうか。これも神様がマリアに見方してくれているんだろうか。そう思うと、マリアは、何もかもがうまくいきそうな気がしてきた。

「あとはランエボだけね。頑張って、アベさん」

 そのランエボは追跡を続けていた。急にスープラの速度が落ちてきたので、じりじりと追いついていく。しかも懸念していた日本の警察も速度を落とした。あの速度の落とし方は故障だろう、とランエボのドライバーは思った。いくら高速機動隊用にチューンしてあるとはいえ、法律の許す範囲内での話だ。ぎりぎりの走行を続けていたに違いないのだ。

「用意はいいか、ジェームス。アタックするぞ」

「わかった、スープラの前に出ろ」

 そう言うと助手席に座った男は拳銃を膝の上に載せた。マガジンキャッチを押して装弾を確かめるとハンマーを起こした。いつでも射撃できる体制は整った。だが、と男は思った。時速250キロを超える速度で走っているクルマから射撃なんて、出来るのだろうか。

 いや、それが出来たとして、スープラは停止するのだろうか。下手なところに弾丸が当たれば、何もかもが水泡に帰してしまうのではないのだろうか・・・

 まさか素人の日本人が、ここまでやるとは思っていなかった。トム・クルーズの映画じゃないんだぞ、ジェームズは思った。それこそ映画から引用したコードネームだったが、彼自身、現実と映画の差を良く知っていた。だが・・・これは予想以外の出来事だった。

 こんな速度で走るクルマからの射撃なんて・・・


 このままではエンジンブローだ、と阿部は思った。

 水温計は一向に下がる様子が無かった。排気温警告灯もついている。一度止めて冷やさなければ。上空にはヘリがいた。たぶん警察だろう。後方から迫ってくるランエボは、函館で追跡してきたクルマだろう。それならばトライバイテックの秘密部隊か何かだ。やつは拳銃を持っていた。停めれば銃撃戦になりかねない。

 出来れば銃撃戦なんてものは避けたかった。阿部は訓練を受けているわけではない。ただ、銃器の操作方法を知識として知っているに過ぎない。威嚇射撃以上のことが出来るとは思えなかった。

 それに第一・・・・

 阿部自身、人間に向かって発砲できるとは思えなかった。またじりじりと速度を落とす。

 排気温の方は、この際どうだっていい。触媒が燃えたって走行は出来る。水温さえ下がってくれれば。追加メーターで油圧を見る。が、ちょっと低い。

 ランエボは、さらに距離を詰めてきていた。追いついてくるスピードから、向こうの最高速は270ぐらいだと思った。それがエンジン回転数からの絶対最高速なのか、それともドライバーの考える限界なのか、それまでは判断できなかった。スープラは230まで速度を落としていた。向こうはこちらほど無理をしていない。長期戦になれば不利だ。

 阿部は決断した。銃撃戦でもエンジンパワーでもない方法で活路を開くのだ。


 ランエボのドライバーは、さらに速度を落としたスープラに一抹の不安を感じた。

 それがエンジンのトラブルならいいのだが。これまでも、憶測を超える行動に出てくることの多いスープラのドライバーのことだ。何かを企んでいるのかもしれない。

「抜くぞ、ジェームス。気をつけろ」

「わかった」

 スープラの真後ろへつくと、対向車を見計らい、追い越しに出た。スープラは加速しなかった。追い抜きざまにジェームスはスープラのドライバーの顔を見た。アロハシャツの男。チリ人の知り合いに似ていなくも無い。やつは麻薬密売ルートの関係者だ。助手席の女は・・・

 女?

 ジェームスは我が目を疑った。どこからどうみても女だった。それもアジア系の血の混じったエキゾチックな若い女だ。そんなバカな。最初に見たとき、そこにはターゲットの高浜がいた。ランエボは追い越しを完了しかけていた。ジェームスの視界からスープラが見えなくなる。

「ターゲットがいない」

 ジェームスは、右側を振り向くと、そう言った。ドライバーは返事をしかけたが、その途端、衝撃を感じてジェームスが振り返った。真後ろにスープラのボンネットが見えた。

「ぶつけてきたぞ」

 ドライバーが必死にステアリングしながら叫んだ。進行方向を変えつつあるクルマは不安定なのだ。そこへ死角からランエボの右サイドへスープラのノーズで押すようにぶつけた。もともと左へ旋回しつつあるランエボは、不意に旋回を強める方向に押されたことになってリアを振り始めてしまったのだ。


 ノーズを左に入れる形で後ろを押されることになったランエボのドライバーは、カウンターステアで一瞬、安定を取り戻したかのように思えたが、カウンターを当てすぎた、というよりも高速でのステアリングで、一瞬の後に反対側へ振られた。慌てて、カウンターを切り直す。ランエボは蛇行しながら、少しづつ収束していく。

 阿部は、速度の落ちたランエボの左へ出ると今度は横から体当たりした。マリアは、阿部の乱暴な運転に悲鳴を上げた。スープラのドアがバキバキっと大きな音を立てる。ランエボは物凄いタイヤの音を響かせて路肩から道路の外側へ落ちていった。阿部は最後まで見届ける暇も無く加速した。バックミラーの中で土煙が上がっていた。

 道路上から、一瞬、無音になると次の瞬間グシャっという音とともにドライバーはひどい衝撃を感じた。横転もせずに道路上を飛び出すと土煙で視界を遮られた。必死でスピンしないように感覚を頼りにカウンターを当てた。

 路肩から落ちた場所は牧場の端で草原とも荒地とも区別のつかないところだった。ランエボは衝突するものもなかったが、かといって、そのまま本線へ復帰するには道路との段差が大きすぎた。道路と荒地との段差は30センチほどあって、これがクロスカントリー車ならいけるだろうが、高速仕様にローダウンしたランエボではエアロを破壊することを覚悟しても無理な相談だった。

「くそ、何をしやがるんだ」

 ドライバーが叫ぶと、ナビシートの白髪の男は唸った。道路から落ちた衝撃で左肩をドアにぶつけたようだ。ズキズキと痛みが伝わってきた。その痛みを堪えながら、声を絞り出す。

「それよりも見たか?タカハマは乗っていなかったぞ」

「なんだって?じゃあターゲットはどこへ行ってしまったんだ?」

「知るものか」

「まずいぞ、ジェームス。非常にまずい」

 そう言いながらドライバーは出来るだけ溝の浅いところを通りながら本線へ復帰できるポイントを探した。走らせている感じだけならランエボに大きなダメージは無さそうだ。

「とにかく、あいつらを止めないと。あの女には見覚えがあるんだ」

 ジェームスは、ため息をついた。

「環境ビジネスを装った兵器開発会社に雇われたエージェントだよ」

「トライバイテックか?」

「いや、どうやらやつらはトライバイテックとは手を切ったみたいだな。あの女はライバル会社だ。あの女は末端だから知らない可能性もあるが、裏でイスラム原理主義テロリストと繋がりが深い」

 そこまで言うと、再びためいきをついた。

「まだトライバイテックのほうがマシだったよ」

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