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マリアとアベ

 高浜はセントレア空港に向かう列車の中で、じっと景色を眺めていた。

 立ち並ぶ家々の屋根、点在する田園風景。都市を抜けた後の郊外は日本中、何処にでもありふれた風景。

「見納めかな」

 高浜は、ふっと笑う。

 別に惜しくもない。こんな風景は見飽きた。これからは、もっと違う空のもとで過ごすのだ。快適な家と職場が用意されているはずだ。向こうでの生活は、まだ想像が出来ずにいたが、少なくともここよりはいいはずなのだ。そう信じていた。心の中に巣くう大きな不安を必死で抑え付けていることには気が付かないようにしていた。

 この計画がうまくいく確率はどのくらいなのだろう。

 深いため息をついて、高浜は膝に載せていたアタッシュケースを開く。ノートパソコンを起動してネットに接続する。メールが届いていた。

 すでに会社は高浜を探していた。会社だけではない。非常事態マニュアルに沿って、会社は警察、官公庁への連絡を行っていた。そろそろ捜索が始まっている頃だろう。

「阿部君、ちゃんとやっているのかな」

 高浜は、再び窓の外へ視線を移動した。


 阿部は、高速道路を飯田で降りて国道153号線へ合流した。

 ここで高速を降りるのは計画通りだ。高速道路上では万が一の検問で逃れる迂回路が無い。それにNシステムもある。通過車両のナンバープレートは記録される。高浜の交友関係は広くはない。阿部が事件に一枚噛んでいることは、すぐにわかるだろう。少なくとも、関係の有るものとして捜査が始まるに違いない。行方のわからない友人がいるのだから。

ひょっとしたら、阿部が金に困って高浜の会社のバンを強奪したと思われるかもしれない。

 ありそうなことだ、と阿部は思う。

 そんなにも金に困っている。それは事実だ。

 阿部は、だが、それ以上深く考えるのはやめにした。オレは走ればいいんだ。ルートは決まっている。定刻通りに走ればいい。これはラリーだ。早すぎても遅すぎてもいけない。

 須崎からは、電話で連絡があった。

 インターを降りた先のコンビニで待っている、という。別に一緒に行く必要なんて無かったのだが、万が一、警察に止められた時に須崎と一緒なら「単なるツーリング」で言い逃れが出来るかもしれない、と考え直した。

 そんなのが、とても楽観的な物の見方だとは思っていた。実際のところ、阿部も不安だったのかもしれない。

 これは、おそらく、犯罪行為なのだ。


 スープラがコンビニの駐車場へ爆音を響かせて入って行くと、須崎は手を振っていた。

「須崎、なんで連れがいるんだ?」

 阿部はうんざりした声で言った。

「僕が男二人で旅をするとでも思っているわけ?」

 そう言いながら須崎は、ローソンの袋からコーラを放ってよこした。

「初めまして。メイです」

 そう言ったのは、八頭身で青い目をした女だった。青いTシャツにカットオフしたジーンズというラフな服装が似合いすぎていた。バックパックを肩にかけている。

「彼女は留学生でね。僕が北海道へドライブに行くといったら付いていきたいって言うから誘ったんだよ」

「あっそう」

 阿部は気の無い返事をした。内心、こいつら絶対に何処かで道に迷わせて置いて行こう、と思っていた。

「でも困ったことになっちゃったんだよ、阿部君」

「何がだよ」

 うんざりして阿部は言った。

「メイったら、僕のフェラーリがツーシーターだっていうことを知らなかったらしくてね。友達も誘っちゃったっていうんだ」

 その言葉が終わるか終わらないうちにメイという西洋人の後ろから、もう一人の女が現われた。

「マリアです、よろしくね、アベさん」

「頭が痛くなってきたぜ、須崎」

 そう言うと、阿部は須崎を手招きした。そのままスープラの陰へと連れていく。

「あのな、遊んでるわけじゃないんだぜ?」

 須崎は、大げさに両手を振った。

「そうかな?ドライブでしょ、これって」

「仕事だよ、仕事。やばい仕事」

 須崎は首を振る。

「僕はね、そうじゃないって言ってるの。本当は仕事かもしれないよ、これはね。でもさ、ただのドライブだっていう偽装をしておけば何かと便利だと思わない?」


 「便利って何がだよ?」

 阿部はプシっと音を立ててコーラのボトルを開ける。

「警察の検問にあったとしても、本当にドライブしてるだけって言い逃れが出来る」

「馬鹿。荷物があれば意味が無いだろう」

「それだよ、阿部君」

 ひとりで納得したように須崎はうなずく。

「ドライブのついでに高浜君から預かった荷物なんだよ、それは。中味は知らないの、僕らはね。高浜君に利用されただけって言い逃れが出来る」

 阿部は、ちょっとだけ考えてみた。どうにも言いくるめられている気がした。須崎の論理は何かが間違っている。

「だけどな、須崎。どうして外国人なんだ?」

「それは偶然。昨日、知り合ったのがたまたまそうだったというだけ」

「昨日かよ」

 阿部は大きくため息をついた。

「誰だっていいじゃない、阿部君。良く知らない女の子ならさ、その辺で捨てたっていいわけでしょ?」

 阿部は、頭痛の原因がようやくわかってきたような気がしていた。要するに、阿部は須崎の自己中心的な考え方に振り回されるのが嫌だったのだ。彼は、自分の身を守ることを考えているのであって、阿部のことなんていうのは考慮の対象ではない。面白そうなことには首を突っ込むけれど、保険は掛けておきたい。そういうことなのだ。

「ああ、もうわかったよ。須崎。勝手にしろ」

 阿部はスープラに向かって歩き出した。

「そう?有難う、阿部君。じゃあマリアちゃんをよろしくね」

 振り向かずに阿部は手を振る。マリア、と呼ばれた女はうれしそうに笑って阿部のスープラの助手席に手を掛けた。阿部は、その時、マリアという女がアジア系と白人のハーフだということに気が付いた。

 くだらないことは、現実逃避を始めた頃に気が付くものだ、と阿部は経験上、知っていた。いったい、これからどうなっていくのか、阿部には全く予想が付かなくなっていた。


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