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十勝ストレート

 ランサーエボリューションのステアリングを握るのは白人の男だった。

 前方を行くスープラを眺めながら、ため息をついた。

「よくもまあ、あんなポンコツでやるよなぁ」

 ナビシートの方が苦笑した。

「情報じゃあ、あの旧型スープラの中でも古い方のエンジンを積んだ車だってことだ。ま、20年は昔の車さ」

「それにしちゃあ速いな。ニトロだかなんだかわからんが、あれをやられては厳しいな」

 サングラス越しにドライバーの男を見た。ブラウンの髪、ブラウンのサングラス。どこかトム・クルーズに似ているかもしれない。だが、それ以上は映画俳優の名前が出てこなかった。そういえば、最近はゆっくりと映画も見ちゃいない。

「それよりもさ、ジェームス、後ろを見張っていてくれよ、あれはお仲間じゃないんだから」

 ドライバーの男は、左手で後ろを指しながら笑って言った。

「あっちの方が物騒だぞ。さっきの連絡が正しければ、ステージアのやつは過激なテロリストだ。それも計画性の無い馬鹿なやつらだ。どんな手に出てくるかわからないぞ」

「仕方ないだろう?ジェームス。命令は生きてタカハマを連れて行くことなんだからな」

「ああ、それが出来ない場合は、殺せ、だけどな」 


 十勝の16キロの直線道路は、北海道を旅するものにとっては有名な話だが、実際には交差する道路もあるし、民家というか牧場もある。絶対に人が飛び出してこないという保証は無い。もっとも、そこで最高速トライをするオートバイや車が無くもないから、そんな自殺行為をする地元民はいないだろうが、対面交通の道路に過ぎないから、追い越しをかけている間は対向車線にはみ出すことになる。

 見通しの良い直線道路には違いないのだが、アップダウンが存在して、丘の上へ軽い上りを駆け上がっているとき、もう一つ向こう側の丘との間で高低差による死角が出来る。自分がまさに上っている道路の影になって、対向車を見落とす場合があるのだ。さらに、直線道路であるがために、見落とす可能性にすら気が付かない場合がある。見えない下り坂の一部の向こう側の道路が、まるでこちら側に死角の手前の道路に繋がっているように見えるのだ。

 阿部のスープラは十勝川を渡って信号に差し掛かった。偶然、それは青で、阿部は直進する。まだ直線道路ではない。阿部のスープラに続いて十勝川を渡ったのはランエボだった。ナビシートの白髪のロシア系外国人の男は、ベレッタM92Fのスライドを引いて9ミリ弾をチャンバーに送り込み両膝の上に置いた。その20秒遅れでシルバーのステージア。こちらのナビシートは空席だったが、黒いシールを貼った後部席ではアサルトライフルを持ったヒゲ面の男がドライバーの男を急き立てながら正面を見据えていた。トノカバーのない荷物室には銃身を切り詰めたショットガンやナイフ、挙句の果てには手投げ弾ま

でが置かれていた。

 最後に通過したのはGT-Rパトカーだった。ナビシートの警部は電話で警察ヘリの現在位置を確認していた。ヘリは数分のうちにスープラを捕捉できるはずだった。応援のパトカーも帯広から国道241号線を北上中だったが、それが間に合うかどうかは微妙なところだった。警部は何か胸騒ぎがしていた。この十勝で捕まえないといけないような気がしていた。これ以上の時間が掛かってしまうと、何か取り返しの付かない出来事が起きそうな、そんな気がしていた。


 マリアは上空で旋回をするヘリを見つけた。スープラの速度計は170キロを指していたが、ヘリは遠くならなかった。どうやら、こちらを追跡し始めたようだった。ポリスヘリに間違いない。阿部は、それを聞くと、ふん、と鼻で笑った。ニッセキとホクレンのガソリンスタンドを通過すると直線になった。およそ6キロの直線だ。阿部はオーバーブーストを使わないまま全開加速をしていく。

 最高速度というのは、言うなれば加速の結果なのだ。直線道路が長ければ長いほど、加速を続けることが出来る。少ないエンジンパワーでも、長い直線道路があれば、かなりのスピードに達する。

 だが現実には永久に続く直線なんていうものは無いから、1キロ地点通過時を最高速度と言ってみたり、偶然遭遇した長い直線で出たメーター表示値を最高速度と言ってみたりするわけで、数値としての最高速度なんていうのは、語る人の主観に基づいている。

 マリアはスープラの後付スピードメーターを見つめていた。時速200キロまでは、すんなりと加速していた。だが、そこから先の加速が鈍る。空気抵抗だ。

 理論的な最高速度、というのは計算することが出来る。必要な直線が続くと過程した場合、そのクルマの最高速度は、ギア比やエンジン出力と抵抗のせめぎあった結果、ということが出来る。高速になればなるほどに空気の抵抗は非常に大きくなる。設計の古いスープラの場合、車体の上面だけでなく、車体の下側も含めて空気のスムーズな流れを阻害する要素が多い。例えば須崎のフェラーリ・モデナなどは、車体の下側にもカバーがあって出来るだけスムーズに空気が流れるようになっている。最高速の問題だけではなく、それはダウンフォースの関係もあるのだが、例えば同じ出力だったとしても、空気抵抗の少ない方が速度が上がれば上がるほど加速も速いし、結果としての最高速度も速くなる。

 年式の古いクルマは、車体の下側を覗き込んでみればわかるのだ。車輪を支えるアーム類やエンジンの補器類がむき出しのままになっている。それが空気の抵抗を生む。時速200キロを超えた世界では、そういった違いが非常に大きな違いになるのだ。


 ヘリパイロットの目には状況は明らかだった。

 十勝の16キロ直線に入る前の6キロ直線部分で、スープラはあからさまに後続のクルマに差を詰められていた。スープラに続くのはランサーエボリューションだった。警察には、ランサーエボリューションのドライバーが誰なのか、どんな組織の人間なのかの情報が無かった。上の方では何種類かの予測を立てているようだが、現場にその憶測は伝わってこない。それに続くのがステージアで、こちらも異常に速かった。この3台は6キロの直線が終わる頃までには、ほぼ差はゼロになってしまうだろう。それに遅れてGT-Rパトカーが来ていた。ある程度の差は詰めてきているが、こちらは直線部分で追いつくには少々差が出来すぎていた。だが、16キロ直線に入る前には交差点が2箇所ある。おそらく、その部分では速度を落とさなくてはならないから、16キロ直線に入るころにはGT-Rからも、他の3台を視認できるだろう。

 それにしても、とヘリパイロットは思った。

 いったいやつらは一般公道で何キロだしてやがるんだ?眼下の道路はヘリの真下では無く前方である。だが、このまま直進すれば、間違いなく追いつけなくなってしまう。おそらく国道を走行するスープラの進路を予測してクルマたちよりも内側を回り込み16キロ直線の上で待機することにした。先頭のスープラでさえ、おそらくは6キロストレートの最後のあたりでは270キロをオーバーしていたはずだ。後続車は、それよりも速い。

 ひょっとしたら、とヘリのパイロットは思う。

 この警察ヘリよりも速いんじゃないのか?と。


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