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とうきび

 苫小牧を過ぎると道は海岸線沿いになった。時折、ドライブインがあったりするので、それまでと比べれば随分とにぎやかである。ガソリンスタンドで運転を交代した。

「とうきび、ってなんね?」

 再び助手席に戻ったマリアが道路沿いのノボリを見て言った。

「とうもろこし、コーンのことだ」

「さっきから、たくさん見るね。マリアも食べたくなってきたね」

「ああ、また今度、ゆっくり出来る時に、な。さっそく来ちまったぞ」

 側道からパトカーが飛び出すとスープラを追走し始めた。ただのスピード違反の取締りのような感じもしたが、だがダッシュボードのレーダーはスピード取締りのレーダー波を感知していなかった。

「さあ、逃げるぞ」

 アクセルを踏み込む。エンジンが深呼吸をすると後輪タイヤが地面を蹴立てた。速度計が勢いよく上昇し始める。景色が後ろへ飛んでいく。

「門別の周辺で警察の動きがあるみたいね。ルート237で右折ね」

「了解」

 海岸線を離れ牧場地帯へと踏み込んでいく。10キロを進むのに3分強である。景色は後ろに向かってすっ飛んでいく。パトカーの姿はバックミラーから消えていく。代わりに現れたのはランサーエボリューションだった。阿部には、そのクルマに見覚えがあった。

「函館を出てすぐに追いついてきたランエボだ。あれはトライバイテックとかいう会社のやつらだろう。拳銃を持っている」

 マリアは説明を聞きながら振り向いた。

「その後ろにステージアがいるね」

「そうか。テロリストととは手を組んでいたりしないよな、トライバイテックは」

「たぶん、それは無いと思うけど・・・けっこう危ない会社だからわからないね」

「とにかく逃げるしかないな」

 一般車の交通量が多いため、すぐに前走車に追いついてしまう。一般車も時速90キロぐらいは出ているのだが、それでも速度差は大きかった。タイミングを計って追い越しをかける。地元車は慣れているのか、速度差のあるスープラが背後に迫ってくると、道路の脇のほうへ寄っていく。速い車と、そうでない車の棲み分けが出来ているように思えた。


 発寒のあたりで高浜は須崎と別れた。

 そこから先は地下鉄で移動するのだ。札幌市内で合流する人物のことは知らなかった。スーパーを横目に見ながら地下鉄構内へと降りていく。高浜は札幌の地下鉄がゴムタイヤを使っていることを初めて知った。乗り込めば車両と車両の連結部にドアが無くて車両の向こう側まで見通せてしまう。これなら尾行者が他の車両に乗り込んでも、すぐにわかるかもしれない、と思った。連接部の通路は通常の四角形ではなく六角形をしている。そのため、さらに見通しがいい。

 高浜は携帯電話を取り出してメールを作成した。そうして送信をしないままポケットへ戻した。地下鉄はトンネルを走り続けている。お昼時の地下鉄に乗客は少なかった。

 僕は、今、どこにいるんだろう、と高浜は不安になった。見慣れない電車に乗って、たった一人。この先、どうなるのかもわからない。それなのに高浜は、ひょっとすると未来の殺人兵器の開発者になろうとしているのかもしれなかった。マリアちゃんの言うことが、全て正しいとは限らないのだから。

 高浜は首を振った。

 おそらく、マリアちゃんは嘘をついているわけではないのだろう。彼女は彼女の仕事を一生懸命にしているだけなのだ。彼女は、それが正しいことだと思っている。彼女も騙されているのかもしれなかった。

 世の中に、絶対に正しいなんていうことはない。

 誰かにとって正しいことでも、別の誰かにとってはとんでもない間違いなのかもしれないのだ。良かれと思ってやったことが、とてつもない間違いになるのかもしれない。高浜は自分の判断に自信がなくなりつつあった。このまま、自分はいなくなってしまったほうがいいんじゃないだろうか・・・


 須崎は満足していた。

 無事に高浜を目的地まで送り届けることが出来た。達成感もあるし、なにより緊張感が楽しかった。フェラーリのシフトを一つ落として札幌の街を後にした。このまま苫小牧まで行ったらホテルを決めよう。高浜との約束で札幌の街を出なくてはならないのは残念だったが、それでも北海道は広いのだ。

 そうだ。だれか旅の道連れを探そう。

 このまま北海道ドライブに出るのも面白いかもしれない。どっちにしたって、フェラーリを持って帰らなくちゃいけないんだし。

 あ、いいのか。陸送してもらえば飛行機で帰ったって・・・

 どっちにしても、まずはホテルの予約だ。この疲れが気持ちのいい時間に休憩を取らないと、あとは苦痛になるばかりだ。

 背後のV8が心地よいハミングをたてている。景色は流れ去っていく。須崎は上機嫌のままアクセルを踏み続けた。


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 国道237号線から274へと入っていく。帯広方面へ抜ける道だ。木々に囲まれた中をワインディングが続く。追跡するランエボもステージアも機会をうかがっているのか、アクションは起こしてこなかった。さらには、さらに後ろからGT-Rパトカーの姿も見えていた。

「マリア、この道は何処へ行くんだ?」

「十勝に出るね。そこを抜ければ、あとは姿をくらましてもいいね。高浜さんは、もうすぐ安全なところへ隠れること、できるね」

「警察の情報はあるか?」

 マリアはオンボードコンピュータで検索をかけていたが、不思議そうな顔で首をひねった。

「ダメね。情報が全然ヒットしないね」

「どういうことだ?」

「システムが壊れたんじゃなければ、ポリスが、こっちのシステムに気づいたのかもしれないね。たぶん、高浜さんはポリスのコンピュータにハッキングして情報を集めるシステムを作ったね。それのアクセスが遮断されている感じ」

「つまり?」

「もう、ポリスの動きはつかめないってことね」

「じゃあ、これまでみたいに裏をかいて包囲網を突破することは出来ないな」

 阿部は大きく息を吸った。やれるところまでやるしかない。

「OK。じゃあ、とりあえず後ろの3台を引き離すか。マリア、ナビを頼むぞ」

 そう言うと阿部はシフトダウンして前方の大型トラックを追い抜いた。地図を見れば、その先は峠道になっていた。マリアはモニタを詳細地図に切り替えてコーナーの方向を読み始めた。ラリードライバーに指示するナビゲーターのように、正確に早く次のコーナーの先をドライバーに伝えるのだ。


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 大通り駅で地下鉄を乗り換える。高浜は電車を降りると、駅を見渡した。

 プラットフォームは上下線の真ん中にあって島のようになっていた。案内を見ると札幌方面は一つ上の階へ行かねばならないようだ。駅の外へ出る必要は無いらしいので、連絡通路を歩いていく。

 あと一駅。

 札幌駅へ出てしまえば、もう引き返すことは出来なくなる。日本へ戻ることも二度とないだろう。高浜にとって日本に未練は無かった。それよりも、未来のことが不安だった。

 どうすればいい?

 高浜は足を止めた。

 このまま気持ちの整理がつかないままでいいのか?

 エスカレーターを避けて階段を上がっていく。

 このまま、自分の運命を人任せにしてしまっていいのか?

 一度動き出してしまえば、止めることは難しい。高浜は、決心が出来なかった。地下二階へ上がって、電車に乗り込んだ。


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