RB26DETT
GT-Rのパトカーの中では、その警部が確認をとっていた。
トヨタの古いスポーツカーは停止したまま動こうとはしていなかった。その向こう側にあるワンボックスが気になっていた。グリーンの、あれも随分と古いエスティマだ。仲間か、それとも部外者なのか。警察車両では無い、との連絡が返ってきた。
「田尻巡査部長、マイクを使うぞ」
田尻は、ええ、どうぞ、と答えた。この警部は許可を求めたわけではないのだろうが。
「スープラに乗っている者に告ぐ。車から降りなさい。逃げ場は無い。すぐに包囲される」
包囲される?田尻は警部の顔を見ていた。苫小牧方面から、さらなる援軍が来るというのだろうか。いったい何十台のパトカーを動員しているのだ?通常の任務の遂行が出来なくなってしまう。
「それから、エスティマのドライバーに告げる。そこから離れなさい。すぐに警察車両が到着する。危険だからUターンをして道を開けなさい」
スープラの反応は無かった。エスティマは、ゆっくりと動き出した。警部はマイクを戻すと、ため息をついた。民間人を巻き込んではならない・・・
「警部、あのワンボックス、こっちへ来ます」
エスティマは加速してスープラとパトカーの方へ走り出した。田尻は舌打ちをした。馬鹿な一般人が。通告を聞いていなかったのか?状況の判断てものが出来ないのか?警部が再びマイクを取った。
エスティマのサンルーフが開くと、そこから男が顔を出した。予想外だったが、田尻には、それが日本人ではないように思えた。そして、さらに、その男は銃器のようなものを構えているように見えた。銃器、ライフルのように構えて使用するもの・・・カメラか何かなのだろうか?いや、あれは、ライフルそのものだ。
「危ない!」
田尻は叫ぶと同時にバックにシフトを入れた。エスティマはスープラの横を素通りするとパトカーに向かって発砲した。
エスティマからの最初の掃射を急激なバックギアの加速で避けたGT-Rパトカーは、そのままスピンターンで180度回転すると1速ギアに入れなおして加速した。
「逃げてどうするんだ、田尻巡査部長!」
助手席で、そう叫んでいる。だが、その警部の顔も青くなっているのを田尻は見た。
エスティマはパトカーを深追いせず、すぐに減速すると、こちらはスピンターンというわけにはいかず、切りかえして進行方向を変えた。スープラの中では阿部がマリアにクルマを出すように指示していた。マリアは1速ギアを慌てて踏み込んで後輪が左へ流れ、慌ててアクセルを戻した。こんなのはカマロに乗っていた時以来だ。あれもパワーのあるクルマだったけど、こんなにバランスは悪くなかった。
「アベさん、これとんでもないじゃじゃ馬ね」
「ああ、乗りこなせないか?」
「まさか。マリアを見くびらないで」
わきの下を冷たい汗が流れるのを感じながら、マリアはギアを2速へ入れた。ステージアに近寄る。阿部は助手席を前に倒し、後部座席からウインドーを下げると、そこからAK47ライフルの銃身を突き出した。発射モードはフルオートにして、ステージアには当たらない方向へ一瞬だけ発砲した。ステージアの中には二人の人影が見えていたが、発射の瞬間、二人とも首を縮めて身を隠した。スープラは、その隙をついてステージアの横を駆け抜けた。
振り向きざま、阿部はステージアの後部を見た。太いマフラーとフェンダーぎりぎりまで張り出したワイドタイヤ。スープラが通り過ぎた後、すぐにステージアはタイヤスモークを上げながら向きを変えた。そのまま派手にタイヤスモークを吐き続けながら加速体制に移った。その煙のせいで阿部には、その後方のエスティマやパトカーの様子は見えなかった。
タイヤスモークの中を加速するステージアを見て、阿部は確信した。あれは、こっちと同類の改造車だ。おそらくエンジンはGT-R用のRB26ターボ。オーテックが市販車として売り出したものの他にも、エンジンを載せ代えたステージアが存在しているという。
いずれにしてもチューニングすれば500馬力だ、600馬力だ、と言われたGT-Rのエンジンなのだから、遅かろうはずがなかった。エンジンの排気量はスープラが上でも、開発された年次が違いすぎた。阿部のスープラはターボA仕様。つまり最終モデル、80型に搭載された2JZエンジンではなく、さらに古い型のセリカXXのエンジンを発展させた、重くて眠い直列六気筒7Mエンジンなのだ。開発された時代が20年は違う。
だが、今は追いつかれるわけにはいかなかった。
さっきのエスティマからの銃撃をみれば、こっちのステージアにもアサルトライフルの一つや二つは載っていることは予想がついた。追いつかれれば銃撃戦になりかねなかった。
それはいくらなんでも避けたかった。
「マリア、大丈夫か?」
阿部はAK47を抱えながら前へ倒した助手席と後部席の間に座り上目遣いで尋ねた。
「大丈夫ね。なんとなくわかってきたね」
「本当か?400馬力のチューニングカーだぞ」
マリアは一瞬だけ阿部に微笑んだ。
「大丈夫ね。わたし、パパのコーベットでラスベガスまで行ったことあるね。あれもスーパーチャージャーで改造してあったね」
阿部は思わず吹き出した。
「なにね?アベさん。そうやって馬鹿にするね?」
「いやいや、違うさ、マリア。最高のパートナーだって思ったのさ。いざとなったらダッシュボードのスイッチを押せよ。一気に700馬力が出る。だが、5秒以上は使うな。壊れるからな」
阿部は助手席を後ろへ一杯に倒すと、乗り越えるようにして前席へ移動した。
シートベルトを締めるとオンボードコンピュータの表示を切り替えた。今やスープラは地図上では警察車両に囲まれていた。
「この先、5キロほどで10台程度のパトカーが待っている。後ろからも追跡のパトカー
が追ってきている。さっきのGT-Rパトカーを含めて8台」
そしてテロリストが2台、か。阿部は苦笑した。自嘲気味に笑ってみる。
「アベさん。そんなふうに笑うのは良くないね」
マリアは前を向いて運転したまま言った。
「なにがだよ?」
「まだ終わってないね。諦めちゃだめね」
「と、言ってもな。この状況は絶望的だぜ」
「そんなのやってみなくちゃわからないね」
阿部には、そうは思えなかった。やってみるまでもない。ここで降参した方がいい、と思った。そうすれば無事に・・・
「アベさん、マリアは脱出してみせるね。アベさん、AKを構えてウインドーを降ろすね」
「撃てっていうのか?パトカーを?」
「そうね。突撃するね。マリア、この任務に命掛けてるね」
マリアの顔は真剣だった。何がそこまで彼女を駆り立てているのか、阿部にはさっぱりわからなかった。
「別に、ここで捕まったって高浜は逃げ切るだろう。計画に大きな支障は出ないさ」
マリアは首を振った。
「そうかもしれない。でもそうじゃないかもしれない。マリアは出来ることはする主義ね」
「死ぬことになるかもしれんのだぞ?」
マリアは阿部に振り向いた。
「でも、やらなかったなら無意味に生きていくことになるね」