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ロードブロック

 時折、一般車に追いつくと阿部は一気に追い抜く。その一般車も直線では100キロ以上の速度で走っていた。本州とは速度が違っていた。

「普通の人っていうのは、いまだに他人は親切であってほしいと思っているんだ。警察も弱者の味方で、正義のために戦っていると信じていたいんだ。でも現実は違う。そういう志を持って警察組織に入った人材が多かったとしても、組織としての警察は事なかれ主義なんだ。だから犯罪に巻き込まれた人間は、助けてもらえると思って警察にすがるんだが、結果としては裏切られることになる。誰が悪いかなんてことは、警察組織にとっては、本当にどうでもいいことなんだ。いや、警察には誰が悪いかを判断する権利が無いんだ。だから悪い人間が得をして正しい方が負けてしまうことも多い。特に犯罪として成立する前に話し合いで解決しようとすると、そうなる」

「それは阿部ちゃんの体験だけかもしれないでしょう?」

 阿部は口元に笑みを浮かべた。

「目の前の体験者を無視して既存の思い込みを信じるのか?高浜。どっちの根拠が正しいと思うんだ?」

「思い込みじゃないよ」

 高浜は小さな声でつぶやいた。

「権限上、善悪の判断が出来ない警察が頼りにするのは法律だ。だが日本の法律っていうのは大元の憲法からして解釈によっていくらでも内容が変わってしまう曖昧なものだ。被害者が加害者になり、加害者が被害者になる。法律は矛盾だらけだ」

「ねえ、阿部ちゃんって、いつもそんなこと考えているの?」

「そう、仕事もせずに、な」

「やっぱりおかしいよ」

 阿部は、自分でもわけがわからないことを言っているな、と思っていた。きっと、誰にでも文句を言うようになったらおしまいなんだろうな、と思いながら、やっぱり世の中に腹を立てている自分に、一番腹が立っていた。

「高浜、お前だって同じことだよ」

「何が?阿部ちゃん」

 面倒そうに高浜は言った。

「正しいと思っていることが、本当に正しいかどうかはわからないってことさ。誰にとっても正しいなんてことはない、ということだ」

「意味わからないよ、阿部ちゃん」


 砂崎で国道278号線を離れ道道へ入った。さびれた漁港を右手に速度を落として走行していった。

「警察にも位置情報は流れているんだよな?」

 阿部は高浜に尋ねた。

「たぶんね。うちの会社が・・・ってもう僕は会社を離れたけど・・・警察に協力しているってマリアちゃん、言ってたからね。位置情報の受信もしているとは思う。でも、端末があるわけじゃないだろうから、時間差は出来るかもしれないね。地図上で、警察が封鎖しているのは、この地点。国道5号線から手前6キロ地点。掛澗っていう駅の近く」

 位置情報の発信のタイミングを見計らって砂崎で発信時間になるようにした。次の発信まで5分。その間に封鎖地点を越えれば、あとは全速力で逃げればいい、と阿部は考えていた。

「平均速度60キロでも、5分あれば5キロ進む。ちょうど砂崎から掛澗までが5キロぐらいだから、いけると思うけど・・・阿部ちゃん、もうちょっと急いだ方がいいんじゃない?」

「そうかもな」

 阿部は、アクセルに力をこめた。左手に駒ケ岳、右手には海が見える。気持ちのいい道だった。急ぐのはもったいない、と阿部は思った。しかし、そんなことを言っている場合ではない。リミットの5分は刻一刻と迫っていた。掛澗駅を右手に見て、国道278号線、そうして数百メートルで道道、その向こうは海である。交通量は非常に少ないから、位置情報の通告のタイムラグを考えても、そんなに余裕は無い。

「もうすぐ封鎖場所付近だよ」

 高浜が国道の方を見遣った。驚いたことに国道は、すぐ先だった。

「まずい、向こうからも見えてるよ、阿部ちゃん」

 国道には数台のパトカーが検問の形でクルマを停めていた。一人の制服警官が、こちらを向いて立っていた。その警官は、こちらを指差しながら何事かを大声で怒鳴っているように見えた。

「逃げて、逃げて、阿部ちゃん。気づかれた!」

 阿部は瞬時にシフトダウンして田舎道を加速した。砂埃がバックミラーの中で巻き起こった。

「国道へ復帰する。こんな道じゃ速度が乗らない」

 だが、すぐに国道へ合流すれば、いくらなんでも追いつかれてしまう。このまま道道を突っ走って直接国道5号へ出た方がいい、と高浜は判断した。


 国道278号線を封鎖していたパトカーは4台だった。一台が阿部のスープラを追って道道へ向かった。残りの3台は阿部の進路を予測して国道278号線を5号線への合流方面へパトライトを明滅させながら向かった。阿部を追ったパトカーは地元警察の旧型のRAV4で、まったく勝負にならなかった。道道へ入った頃には、おさまりかけた砂埃しか残っていなかった。国道を進行したパトカーのうちの1台はミニパトだった。こちらも残りの2台のパトカーにさえついていくことが出来なかった。残りの2台のうち、一台はカローラ4WDだったが、最後の一台は違っていた。

 阿部は出せるだけの速度で海岸線を飛ばし国道への合流で強引に赤信号を突っ切った。

 その時、一台のパトカーが、その信号へ到達しつつあった。札幌から高速機動隊用に導入されていた車両だった。助手席で振り返った高浜は、フルスロットルで加速するスープラに追いすがってくるパトカーを不思議な目で見ていた。

「どうした、高浜」

 阿部は、言うと同時にバックミラーを確認した。

「あれはスカGじゃないか」

白と黒に塗り分けられたスカイラインGTRだった。型式はR34だった。

「あれって速いんじゃなかったっけ?」

 高浜は不安そうに言った。

「ああ、さっきのランエボといいGTRといい、敵も手強いな」

「そんな余裕を言っていていいの?阿部ちゃん」

観光客らしいレンタカーのヴィッツに追いついて一気に追い抜く。阿部はスロットルを戻さなかった。北海道警のGTRも追ってくる。

「オーバーブーストを使って逃げてよ、阿部ちゃん」

 高浜は、ダッシュボードのスイッチを指差して言った。

「勝手に押すなよ、高浜。さっきも言ったけど、そいつは諸刃の剣なんだよ。パワーは出るが壊れる確率も高いんだ」


 トンネルに入ったが阿部はヘッドライトを点灯しなかった。スープラのリトラクタブルヘッドライトは、高速域では空気抵抗になる。そのわずかな抵抗を嫌ったのだ。GTRは、じりじりと差を詰めてきていた。バンパー内に設置したフォグライトだけを点灯してスープラは疾走した。トンネルを抜けたところで軽い上り坂になった。右にカーブしながら上ると、すぐに下りになった。下を函館本線が通っていた。アクセルを全開のまま下っていくと左カーブになっていた。目の前は海で、まるで海へダイブしていくような道路で、一気にブレーキングしてシフトダウンした。後続のGTRが、スープラの真後ろへぎりぎり

へ迫ってきて、阿部はリアを流しながらコーナーを立ち上がった。GTRは、遅れたブレーキングでアンダーステアに陥ってガードレールぎりぎりで、なんとかコーナーをクリアした。

 阿部は、それを見て作戦を思いついた。

「高浜、相手は高速域は得意かもしれないが弱点があるようだ。国道を離れてワインディングに誘い込むぞ。峠道へ続くわき道を探せ」

 高浜はモニタに地図を出すと道路を探した。

「あったよ。この先12キロ地点、野田生というところで左折して」

「了解」

 阿部は燃料計をチラッと確認した。走行距離の割には減りが早い。この分では300キロほどしか航続距離が無いことになる。函館で燃料補給をしておけばよかった、と阿部は思った。だが、かといって燃費走行をしている暇は無い。アクセルは全開のまま4速へシフトアップすると、さらにアクセルを踏み込んだ。


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