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ランサーエボリューション

 クラッチを繋ぐ。

 砂利の路面にスープラの後輪がホイールスピンを始めた。阿部はステアリングできっか

けを作るとリアを90度ほど流してアクセルをゆるめた。スープラはトラクションを得て

加速体制に移る。すぐに2速。回転数と速度が合わない。

「トラクションが掛からねえ」

 阿部はバックミラーを覗いた。ランエボが写っていた。距離は150メートル。

「高浜、トレーラーはどうなった?」

 高浜はバケットシートで不自由そうに振り向いた。

「白のワンボックスが停まったよ。コンテナの中を調べるみたい」

 固めたサスペンションにダートの振動で高浜は苦しそうな声で言った。

「あのトレーラーのドライバー、無事に帰れるといいけどな」

「シナリオでは、一旦逃げることになっていたけど」

 T字路の突き当たりでフルブレーキング。高浜は前に振られてシートベルトに引き戻さ

れた。次の瞬間には横へ強烈に引っ張られた。スープラはドリフトで本線へ戻ってきたの

だ。

「やっと本領発揮だぜ」

 2速からフルスロットルで立ち上がる。数秒遅れてランエボが海岸沿いのダートから本

線の国道へと入ってきた。4WDのトラクションで流しながらも強烈に立ち上がる。

「あのクルマのドライバー、すごく運転、うまいよ」

 高浜はシートベルトを両手で握り締めて振り向いていた。

「ああ、やばいな。しかもあれは最新型のランエボだしな」

 距離は100メートルほどに縮まっていた。海岸線に沿って非常にゆるいカーブを描い

ている道路は極端に交通量が少ない。道幅も広く視界もいい。

「あとは性能差、か」

 次々にシフトアップして時速170を超える。景色が後ろへすっ飛んでいく。だが、じ

りじりとランエボは距離を縮めていた。

「向こうの方が加速が速いんだ」

 阿部は、ダッシュボードのスイッチに手を伸ばしかけて、躊躇った。

「何、そのボタン」

「緊急ブーストのスイッチだ。ターボの制御を一時的に開放する。計算上、700馬力が

出る、はずだ」

「はずって、どういうこと?」

「やったことは無いんだよ。エンジンが、そのパワーに耐えられるかわからないんだ」


 前方に白いキューブが見えた。

 あっという間に追いつくと阿部はアクセルを緩めないまま抜き去った。車線変更は一瞬

で、助手席の高浜にはスープラが瞬間移動で横にスライドしたように感じた。

「阿部ちゃん、気持ち悪いよ」

「黙ってないと舌を噛むぜ」

 時速230キロを超えて、さらに加速した。ランエボは直後にまで迫ってきていた。

「阿部ちゃん、追いつかれたよ。やばいよ」

「わかってる」

 緩い左コーナーに進入する。だが高速で走る二台にとっては決して緩いコーナーなんか

ではない。高浜はドアにしがみついて横Gに耐える。コーナーを抜けて直線へ。2,3キ

ロの間、対向車は無い。ランエボは対向車線へ躍り出ると、じりじりとスープラに並びか

けた。ちらりと見た助手席には白人の男がいた。すぐに前方に視線を戻す。アクセルは床

まで踏み込んでいる。コーナリングで失った速度が再び時速200キロを超えて、さらに

ランエボはスープラを捉えた。二台は真横に並ぶように疾走していた。

「阿部ちゃん!銃だよ!」

 高浜が叫んだ。阿部は反射的に右を見て、ランエボのウインドーが開きかけているのを

見た。サングラスをかけた白人の手には大型のオート拳銃が握られていた。

「くそ!」

 阿部は、そう小さく叫ぶとダッシュボードのスイッチを押し込んだ。その瞬間、制限さ

れていたスープラのターボの過給圧がリミットを超えてオーバーブーストする。5速でリ

アホイールが一瞬、空転した。固められているはずのサスペンションが、ガツンとフルボトムするとスープラは蹴飛ばされたように加速した。タコメーターの針が狂ったように上

昇すると同時に速度計もぐいぐいと回り始めた。ランエボがあっという間に後方へ消えて

いく。

「阿部ちゃん、阿部ちゃん!」

 純正のスピードメーターはとっくに盤面を使い切っていた。後付のデジタル速度計が時

速280キロを表示していた。阿部はオーバーブーストをカットした。がくん、と加速が

鈍った。じりじりと速度計が下がっていった。


 ランサーエボリューションの車内では、二人の男が顔を見合わせていた。

「なんだったんだ、今の加速は」

 白髪の男は英語で尋ねた。

「わからんね、まったく。あれは古いスープラだろう。ニトロでも使ったんじゃないのか?」

「NOSだっていうのか?」

「そうでもなきゃ、このランサーはチギられたりしないはずさ」

 そういうとドライバーの男は肩をすくめた。こちらも白人だった。髪はブラウン、サン

グラスもブラウンだった。

「追いつけるか?」

「さあな。NOSならボンベのガスを使い切ってしまえば元のスピードに戻るだろう。位

置情報を探知できれば逃がしはしないさ」

 NOS、いわゆるニトロというのは、エンジンの燃料にニトログリセリンを混ぜるわけ

ではない。亜酸化窒素を燃料と共に吸気マニホールドに噴射する装置のことである。酸素

量が増えることと冷却による吸気の体積が減ることにより瞬間的に大幅なパワーアップが

期待できる。しかし本来の燃料とは別に亜酸化窒素のボンベを積まなくてはならないので

使用時間と回数が限られてしまう。

「そうだな。ナビを用意しておくよ」

 白髪の男のほうが答えた。手にしていたオート拳銃、ベレッタM92をダッシュボード

の中へ仕舞い込んだ。

「それにしてもタカハマという男、クワセモノだな。無理に連れて行っても役には立たな

いんじゃないのか?」

「そうかもしれん。だが、俺たちの仕事は研究じゃない。命令どおりやってればいいんだ」

 ドライバーの男は再び肩をすくめた。


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