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大間~函館

 深夜の港は、眠っているのか起きているのか不思議な感覚が横たわっていた。

 青森県、大間港。

 ここは本州最南端、下北半島の先端にある大間の港である。最初のフェリーは、夜明け前に出る。それを待つ車やオートバイが砂利の駐車場に思い思いの位置で停車していた。

爆音をたてるスープラは、出来るだけ回転を落として、出来るだけ静かに進入した。舗装はされていない。太いタイヤが轍にステアリングを揺さぶった。乗船手続きを行う事務所もプレハブのような建物だ。阿部は、その前へスープラを停めると、すぐにエンジンを切った。

 耳が遠くなったかのような静寂の後に、波の音が聞こえ始めた。

「降りようか」

 阿部が言うと、高浜は自分の側のドアを開けた。

「マリアちゃん、案内してくれるかな。トレーラー、来てるはずでしょ?」

 マリアは頷いた。

「これからの計画を煮詰めるね。アベさんも来て欲しいね」


 フェリーが停泊していた。

 ディーゼルの排気ガスを吐きながら、見上げる船体は威風を感じさせたが、大間~函館間を結ぶ船体は決して大きい方ではない。日本海を行くフェリーや太平洋を航行しているフェリーからすれば搭載する車両も3分の1から5分の1ほどでしかない。だが、殺風景な船着場から数メートル先で見上げていると全く違った印象を受ける。

 陸を走破してきた、それぞれが船体に乗り込んで別の地へと赴く。何故か、その一体感のような仲間意識のようなものが感じられるのだ。見上げる船体は頼もしく感じられる。

高浜は、そう思った。それは、これから始まる逃避行の始まりでもある。戦いの場へと赴く船でもある。最後の休息地でもあった。

 高浜は、ついさっきまで話し合っていた内容を思い出していた。

 朝一番の船は夜明けとともに出港する。到着には1時間半ほどしかかからない。高浜が最初に契約をしたトライバイテックは、函館港で機械を運ぶための護衛をつけると行って来ていた。高浜は、機械が奪われてしまったことを既に通告した後だったので、実際にはトライバイテックはコールドスリープマシンの発信する位置情報電波を頼りに捜索にやってくるはずだ。高浜は、その位置情報発信装置を取り外す作業を、打ち合わせと同時に進めた。今や、その装置は分離に成功していた。


 須崎は緊張していた。

 フェリーへと進入するタラップは段差が大きく、フェラーリは蛇行するようにして船内へと収まった。続くスープラも、それは同じことだったが気の使い方が違う。だが須崎が緊張していたのはフェラーリのアンダーパネルが原因ではなかった。

 乗りかけた船だ、とはいえ、須崎の役回りは大きかった。

 高浜の元々の取引相手は、函館港で待ち受けている。だが、肝心の機械が行方不明である。先方はそう思っている。だが高浜の裏切りの前段階で、既におおよその目星がついていることが伝わっていた。そうなると、このままトレーラーを走らせれば襲われかねない。

 そこで、阿部と須崎は芝居を打つことにしたのだ。

 函館を出たら、すぐにスープラの阿部がトレーラーを襲い、荷物を奪取したように見せかけるのだ。そうして発信機だけを載せた阿部のスープラが囮になる。

 須崎の役回りは、その囮から高浜を回収して札幌へ向かうことだった。身代わりにはマリアが変装して乗り込む。阿部は釧路を目指す。そこに何かがあるわけではない。高浜の目的地は札幌だった。そこから離れれば、それでよかった。実際の荷物はトレーラー内に積んであったワンボックスで搬送する。ワンボックスには武装した男達が乗り込んでいた。

彼らは日本人で、見かけはビジネスマンのようだった。

「そんなスポーツカーで運ぶより、我々が運んだ方が安全だよ」

 そう彼らは言ったが、阿部たちが囮になる案に反対はしなかった。

「どうやら函館で待ち受けているのはトライバイテックのやつらだけじゃないようだ。日本の警察も、中東のテロリストにも情報が漏れているらしい。高浜さんの会社の人間もバカだけじゃないらしいよ。こちらの機械の位置発信の電波を解析したようだよ。阿部君、君のクルマは多くの敵に追われることになるね」

 須崎は、自分の役割を確認しなおした。須崎は全速力で長万部に向かう。マリアと一緒に、だ。阿部はトレーラーを襲った後に全ての敵を振り切って長万部まで向かう。そこへ到達するまでに敵を振り切れなかったら、支笏湖、次は苫小牧で落ち合うことになってい

た。囮のマリアと高浜を入れ替えて、須崎は札幌へ全速力で向かう。

 一番危険なのは阿部だった。

 だが、須崎だって危険がないわけじゃない。須崎はリスクとスリルを天秤にかけていた。

それは見事に釣り合っていて、須崎は満足していた。須崎にとって、そのスリルこそが生きる楽しみだった。でも、大きすぎるリスクは必要ない。このぐらいが丁度いい。


 高浜は動き出すフェリーのデッキにいた。

 まだ薄暗い。黒い海に白い航跡が続いていた。それだけが微弱な朝の光に浮かび上がって続いていく。船の轟音が鉄で出来たデッキの半屋根に響く。他の人の話し声は聞き取れなかった。耳に届く音は大きいが静かだった。一定のリズムの音以外には耳に届かない。

 これからどうなるのだろう。

 高浜は、だが不思議と不安ではなかった。自信があったわけではない。ただ現実感に乏しくて自分の居る位置を見失ってしまったような感じだった。

 ここは何処で、自分は何をしているのだろう。思考がまとまらなかった。

 ふと女の顔が浮かぶ。

 マリアではない。二ヶ月前に高浜を振った女の顔だった。2年付き合った。彼女は、別れ際に「いくじなし」と言った。あれは結婚の話だったのか、今度のデートで観覧車に乗る話だったのか。高浜は高いところが苦手だった。高浜には、高い場所が平気だというやつの方が信じられなかった。生き物は、位置エネルギーの高い場所から落下すれば破壊されるのだ。そんな場所へ、わざわざ行くなんて馬鹿げている。

 でも、馬鹿げているといえば、今の自分の状況も馬鹿げている。

 あのマリアという女は信じていいのだろうか。

 オレは、どうしてこんなに女にばかり振り回されているのだろう、と高浜は思った。

 だが高浜は気づいていなかった。

 彼自身が自分で自分を振り回していることに。臆病なくせに、追い詰められると急に頑固になるところがあった。マリアを信じていいのか、と自問しながらも、でも信じるしかないじゃないか、と自分に自分で言い聞かせていた。

 方法は他にもたくさんあるはずなのに、高浜は、それから目をそらしていた。それは高浜の強さでもあったが、一方で弱みでもあった。


 阿部も、スープラから降りるとデッキへ上がった。

 マリアが手すりにもたれていた。向こうの方には高浜がいたが阿部はマリアのそばに立った。

「信用していいんだな?」

 阿部は、マリアにそう話しかけた。

「していいね。わたしはアベさんを騙したりしないね」

「そうじゃない。高浜のことだよ。やつはマリアの組織を頼っていいんだな?」

「大丈夫。会社がなんとかするね。ちゃんとした企業だから。合法的に処理できるね」

「それが信用できないんだけどな」

 阿部は、そういうと自分の肩をもみ始めた。

「肩凝ったな。ずっと運転していたしな」

「揉んであげようか、アベさん。中、行くね」

 阿部とマリアは船室へと移動した。と言っても、たかだか1時間半の船旅だ。畳のような風合いのマットが敷かれた広間があるだけである。

「ほら、そこに寝るね」

 阿部は、言われたままに横になった。マリアは、阿部の上に跨ると背中を押し始めた。

「アベさん、運動不足ね。体がなまっているね」

「そんなこと、どうしてマリアにわかるんだよ?」

「私ね、カイロプラテッィクの資格、持っているね」

「本当かよ?」

「本当ね。いろいろとやってきたね。カリフォルニアから出て日本、来たけど、仕事無かったね。本当にいろいろとやってきた」

「そうか。マリアも苦労しているんだな」

「当たり前ね。それぞれ苦労はしているね。他人の苦労は見えにくいものね」

「高浜には苦労が足りないっていうのか?」

「そうじゃないね。高浜さんは大丈夫。うちの会社、高浜さんを欲しいね。だから大切に扱うはずね」

「兵器開発のためか?」

 マリアは寂しそうに微笑んだ。

「そうかもしれないね。でも、高浜さんにはそうは言わないね。この技術ね、どうやっても兵器開発に結びつくね。高浜さんの会社、それが出来なくて持て余した。だから売りに出したね。本当に価値があるのは高浜さん自身かもしれないね。機械は複製が、あと3つあるね」


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