アサルトライフル2
マリアは諦めたように話し始めた。
「わたしはビジネスに来てるね。アベさん、高浜さんを説得して欲しいね。うちの会社、きっと高浜さんの希望を叶えてくれるね」
「どういうことだ?」
「高浜さんが取り引きしようとしたのは表向きは食料品の会社ね。でも、資本は中東系の企業から出てるよ。彼らは金になるならテロリストともビジネスするやつら。それにケチね。きっと高浜さんは利用されるだけ」
「それはお前たちの方だろう。どうして機械を先に奪ったんだ?」
マリアはため息をついた。
「そうしなければビジネスの話にのってこないからね。高浜さんのことは調べたね。とっても慎重な人」
「臆病ってことだな」
「そうとも言うね。もしもこのまま機械と一緒に研究を続けてくれるなら高浜さんには研究施設を自由に使う権利と、南ヨーロッパの一国にある住居と安定した収入を約束するね」
「答えになってないな、マリア」
阿部はライフルを振って言った。
「そんな口約束じゃダメだ。それが実現される保証が無いからな。それになんの目的の研究なのかわからないままだ」
「既に高浜さんの新しい身分を証明するパスポートとIDを用意しているね。それに当面の費用を振り込んである口座もあるね。それのカードもあるね」
高浜がつぶやいた。
「どこに?」
「移動中の機械を搬送している大型トレーラーの中ね」
阿部は、マリアが計画の遂行の中心に近い位置にいる、と思った。現状でコールドスリープ装置は大型トレーラーによって運ばれている。それならば、阿部に発見出来なかったのも納得が出来る。
「須崎は、どの辺りまで関係しているんだ?」
「須崎さんはアルバイトのつもりね。わたしとメイをアベさんと行動できるようにしてくれたね。計画の細かいことは何も知らない」
「アルバイトって、やつは金なんか欲しがらないだろう?」
「そうね。でもスリルと暇つぶしは欲しがっているね。須崎さんを説得するのは簡単だったね。須崎さんは、今でも自分でした作り話を信じているはずね」
阿部はAKの銃口を下ろした。
「わかった。じゃあ次は状況について教えてくれ。高浜が最初に計画を立てた相手というのは、どういう組織なんだ?」
「本社をアメリカに置く食料品関連会社。トライバイテックていう会社。でも親会社があるね。そこは対人地雷で大きくなった会社ね。あれは良くないね」
「つまり、高浜の技術はいずれ兵器に転用されると」
「そういうことね。うちなら違うね。トライバイテックは対人兵器として開発するはずだけど、うちはセキュリティー関連の製品化を目指しているね」
「どういうことだ?」
「トライバイテックは動きを止めた生物を殺しちゃう兵器を作るけど、うちは動きを止めたあとは回収するだけってことね。もちろん本来のコールドスリープ技術としても開発する予定です」
阿部は考えていた。マリアの話が本当なら、高浜は、このままマリアの計画に乗ってしまったほうがいいのではないか、と思っていた。だが、それは高浜が決めること。阿部にとって高浜は大切な友人には違いないが、だからといって本人になりかわって人生を決める権利は無い。
「高浜、どうする?」
阿部は、そう言うと呆然とマリアを見つめる高浜に言った。
「どうするって・・・わからないよ」
「とにかく、スープラに戻ったらインターネット経由で情報を集めることだな。マリアの話の信頼性も、ある程度は確認できるだろう」
「アベさん、マリアの言うこと、信用してないね?」
阿部は答えなかった。マリアの話には裏づけが必要だった。そして話だけではなく、マリアの身元についても裏づけが必要だと思っていた。
人を信じるのと、人の話を信じる事は違う。人間を信じる時は、それは直感だが、人の話は基本的に信じてはいけない。それは阿部にとって経験から得た教訓のようなものだった。人は嘘をつく。意識的にしろ、無意識にしろ、人の話には必ず嘘が混じる。阿部は、そう思っていた。
「マリア、スープラに戻れよ。お前は今から人質だ。いざと言うときには、お前を機械との交換条件にする」
そう言うと、阿部は微笑んだ。
「アベさん、それ、本気ね?」
そう言うとマリアは不安そうに首をかしげた。
「本気だ。逃げるなよ」
阿部は、高浜に手で合図してスープラへと歩き出した。ライフルは肩から担いでいた。
少しだけ、阿部は映画の主人公にでもなったような気がした。
「待って、阿部ちゃん」
高浜が、突然叫んだ。
「どうした?」
阿部が振り向くと、高浜はマリアに向き直った。
「気が変わった。契約する。僕はマリアの組織に機械と技術を売り渡す」
「おい待てよ、高浜。今すぐに決めなくてもいいことだろう?情報を見てから決めろよ」
高浜は、阿部を振りかえって言った。
「同じことだよ。もういいんだ。何を信じたらいいのかわからないんだ。目的地は何処?」
「スイス。本体の機械は分解して輸出するね」
「とりあえずの目的地は?」
「札幌ね。千歳空港から高浜さんだけ先に出国させるね」
「わかった。でも条件があるよ」
高浜は思いつめたような顔で言った。
「阿部ちゃんに札幌まで送ってもらう。マリアも一緒でいい。でも問題がある」
「なんね?」
「僕が元々計画していた方の組織が北海道へ入った時点から追跡をしてくる。それを振り切ること。走るコースは僕が決める」
マリアは考えていた。
「わかったね。上司と相談するね。ちょっと待って欲しい」
そう言うとバッグの中へ手を入れて携帯電話を取り出した。
「圏外だろ」
阿部が、そう言った。マリアが携帯電話を確認して、それから不思議そうに阿部を見直した。
「そのぐらい確認してクルマを停めてるよ。マリアが助けを呼べないように、な。乗れよ。スープラの中で話そう」