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出発準備

 高浜の部屋で阿部は、クルマを手に入れた。

 予算が予算だったから、10年以上落ちの中古、いや大古車である。つまりネットオークションというやつで、インターネットを介して個人売買でクルマを買ったのだ。それから、使えそうなパーツを予算の許す限りで買い集めた。

 さらに、もともと計画だけは立てていたから、いろんな知り合いを通していくらかの部品のストックがあった。

 自分が持っていないクルマのパーツのストックがあるというのは、常識人にとってはまったく理解の出来ないことだが、阿部は常識人ではない。常識の有る人間というのは、アパートの家賃が払えないというのにアルバイトで食いつなごうとはしない。車検が切れたクルマを駐車場に置きっ放しにして磨いていたりはしない。そもそも今日の夜の飯が食えるかどうかわからないというのに、クルマを手放さないというのも常識の有る人間ではない。

 阿部は高浜の部屋から電話を無断で拝借することにして須崎という男を呼び出した。


 夜の11時を過ぎたころ、須崎は阿部の部屋にやってきた。

 須崎は、こざっぱりとした長身の男で、

「相変わらず小汚いところで生きてるねえ」

「うるさい。余計なお世話だよ」

「MR2も車検が切れっぱなしだねえ」

「オレはな、おまえみたいに有り余る金は持って無いんだよ」

「阿部君の場合は、最低限の金も持って無いんだよねえ」

 それはまったくその通りなのだが、阿部は聞き流すことにして用件を伝える。

「須崎、お前は以前に乗っていたクルマのエンジンを持っているって言ってたよな」

「うん?ああ、確かにあるよ」

「それを、よこせよ」

「えー、でもあれは」

「エンジンだけ持っていたって仕方ないだろう。それに今となっては価値もなかろう」

「だけど阿部ちゃんだって載せるクルマを持ってないよねえ。MR2にはM系エンジンは載らないよ」

「手に入れたんだ」

「何を?MR2はどうするの」

「乗り換えようかと思っている」

「えー、でも阿部ちゃんからMR2を取ったら何が残るっていうの?」

「おい、人をクルマ以外に取り柄のない無能人間みたいに言うなよ」

「でも、本当のことでしょう。勤労意欲のないフリーターなんだし」

「オレはな、作家なんだよ。本当は」

「食えてないじゃない」

「そういうお前だって、クルマ以外に取り柄がないじゃないか」

「いいんだよ、僕は。だって働かなくても収入があるんだから」

「土地成金の息子は言うことが違うよな」

 大きくため息をついて、阿部は須崎のたばこに手を伸ばした。


 高浜は一人、計画を練り上げていた。

 彼にとって、これがうまくいくかどうかは、大きな賭けである。うまくいけば、新しい土地での新しい生活が始まるのだ。だが、失敗したら。

 彼は無鉄砲なほうではないし、どちらかというと気弱な人間である。

 それが、こんなにも大それた計画を立てたのは、そういった気弱さとは別の芯の強さである。いや、頑固なだけかもしれない。

 一度、思い込んでしまうと決して意見を変えようとはしないのが彼のような人間のいいところであり、また欠点でもある。

 彼にとって我慢がならないのは、自分のような優秀な人間を正当に評価しない会社や世間だった。多くの人は、そういうことを思っているものなのだ。

 いずれにしても、彼にも考える時間はあった。

 一ヵ月という時間の中で、高浜は計画を立てながら一人、新しい生活のことと捨てていく生活のこと、そしてリスクについて考えることが出来た。そんな時間の中で、彼が計画を実行に移そうと最後に決心させたのは、ほんの小さな事柄だったのだ。

 そうして、時間は流れて行った。

-------------------------------------------------------


 「阿部君、これに荷物が載るの?」

 心配そうな顔で高浜は阿部に告げた。

「大丈夫だよ。こいつは見てくれほどにはスポーツカーってわけじゃない」

「そうなの?阿部君が言うなら大丈夫なんだろうけど」

 高浜は会社のロゴがペイントされた白いバンから降りると、辺りを見回した。ここまで来ても、彼はやっぱり不安だった。計画がうまく行かなかった時のリスクはあまりにも大きい。そこは、林間のゴルフコースからほど近い林の中。人の気配は無いのだが、決して誰も来ないとは言い切れない。

 それよりも、高浜は阿部の乗ってきた黒いスポーツカーの他にも、真っ赤なフェラーリがあることが気に入らなかった。早くも計画の一部が狂いつつある。

「ねえ、どうして須崎君がいるの?」

「ああ、やつが勝手に付いて来た」

「そんな勝手に計画を漏らしちゃ駄目じゃないか」

「漏らしちゃいないさ。やつは勝手にオレを尾行して来たんだ」

「同じことだよ」

「大丈夫だよ。やつのことは知っているだろう?須崎は暇なだけなんだから」

 気にいらなそうな顔で高浜は阿部に数枚の紙を手渡す。

「これは?」

「行動計画書だよ。阿部君は、この紙に書いてあるとおりに行動して欲しい」

「それは御丁寧に」

「いいかい、これは絶対に秘密で運ばなくちゃいけないんだ。あと数時間もすれば、僕と荷物が行方不明になったことは会社にも知れるだろう。そうなれば警察も動き出す。それまでになるべく遠くへ行かなくちゃいけない」

 須崎が、フェラーリのその軽いドアを「バシャン」と閉めて降りてくると言った。

「いったい、その荷物はなんなんだい?」

 高浜は「ああ」とため息をついたが、こう答えた。

「輸出が禁止されている軍需品、というところだよ。僕はロシアを経由してある国へ持ち出すつもりなんだ。僕という技術者とセットでね」


 須崎は呆気に取られて

「それって、犯罪っていうんじゃないの?」

「そうだよ、須崎君。だから秘密にしておきたいんだ」

 須崎は考える素振りをしていたが、阿部には奴が何を考えているかなんて手に取るようにわかっていた。

「うん。おもしろそうだねえ。僕も一口載せてくれ」

「そうくるだろうと思っていたよ」

 高浜は、うんざりしたようにつぶやいた。

「報酬は出せないよ」

「いいよ。お前達にめぐんでもらうほどに僕は貧乏じゃないからね」

 阿部は、そんなセリフを吐いてみたいもんだな、とふと思う。阿部という男、背は高い。須崎も背は高いが、イケメンな彼と違って男臭い風貌をしていた。顔の作りそのものは人種が不明なほどに彫りが深い。そのうえ無精した髭が顎に残っている。髪は短く整えているが、良くみればそれは自分で切ったということがわかる。長さがところどころで合わないのだ。それをごまかすために茶色く染めている。

 どこからみても、怪しい。

 服装は、といえば擦り切れたジーンズにアロハシャツ。夏前の季節には少々不似合い。その容貌と合わせると、

「クールでポップな東南アジア人の男」

 というような感じである。

 一目で、まともな人間でないことが知れ渡る。


 「とにかく、もう時間が無いんだよ」

 高浜は、腕時計を見るとうなった。計画が崩れ始めているような予感がしてたまらなかった。

「わかっている。荷物を移せ」

 阿部は、そう言いながら白いバンへと近づき、ハッチバックに手をかけた。

「急がないと」

 高浜は、須崎にちらっと目をやりながら、すぐに用意を始めた。

「これは、精密機械なんだ。丁寧に扱って欲しいな」

「わかっている」

 白いバンから出てきたのは、ビニールのプチプチの梱包材に包まれた金属ステーの塊に見えた。大きさほどの重量はない。およそ30キロというところ。一メートルほどの長さの長方形で、阿部には不細工な本棚のように見えた。

「これの何処が軍事機密なんだ?」

「阿部君には死んでもわからないよ」

 そういうと、高浜は大きく開いた黒いスポーツカーのトランクへ緩衝材を敷き詰める。

そうしてから、その軍事機密を安置する。そのうえには黒い布を被せて目隠しをした。

「自動車の振動くらいなら壊れたりはしないけれど、絶対に事故だけは起こさないで欲し

いな。それが無いと、僕の計画はオジャンだ」

「オジャンでも豆板醤でもなんでもいいけど」

「つまらないよ、須崎君」

 高浜は、そうつぶやきながらバンの運転席へ移動する。

「オーケー。じゃあ出発だな」

 阿部は、そう言うと踵を返そうとした。

「待って、阿部君。これを持って行って」

「なんだ、それ」

 高浜は、カーナビのようなモニターと数点の電子機器を持って歩いてきた。

「パソコンだよ、自動車に積むように改造した」

「なんのために」

「これでネットに接続できる。最新の交通情報と、警察の取締状況が検索できるようになっている。この一ヵ月の間に、新しいサイトを立ち上げた。そこには今回の計画がうまくいくように全国のユーザーが情報を発信してくれるようにしてあるんだ。僕らは一人じゃ無い。すごくたくさんの応援があるんだ」

 阿部はあっけにとられた。

「それじゃあ計画自体がバレバレってことじゃないか」

 高浜は首を振った。

「それは違う。このサイトはあくまでも非公式のもの。僕が個人で作り上げた情報網なんだ。さっき渡した計画書は、このネット情報に基づいて計画してある。絶対に、この通りのルートを使ってほしい」


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