パルス発信と追跡2
須崎は考えていた。
最初に高浜がスープラに載せた荷物のサイズから考えるとセダンで運ぶのは厳しい。面積というよりもクルマの開口部が大きくないと載せにくいことは確かだ。その点、阿部のスープラは優れていた。高さは無いが面積だけならワゴン並み。
フェラーリを停めて道路を監視していた5分間に通過した乗用車はほとんど覚えている。
「でもさあ、トラックかもしれないでしょ?というか、荷物を運ぶんならトラックのほうが普通なんじゃない?」
電話に向かって須崎は言った。
「そうだねえ。大型トラックかもしれないねえ、須崎君」
高浜はため息をついた。
「考えたんだけどね、やつらの目的地ってどこだろう?」
「そんなのわかるわけないじゃない」
高浜は再びため息をついた。
「高浜君。あいつらがテロリストなら、あの機械を使ってどんなテロを起こせると思う?」
「そんなこと・・・」
「人間が監視していなくちゃまずい場所、そういう場所へ設置してしまえば、スイッチを入れるだけで大変なことになる、かもしれないじゃない?」
「でも、あれには大量の電力が要るんだよ。しかもサイズもでかい。隠して置くなんて出来ないよ」
「あの機械の作動範囲はどのくらいなの?どのくらいの範囲の生物が停止するの?」
「供給する電力にも拠るよ。家庭用の100Vのコンセントからだけなら、せいぜい3メ
ートルぐらいの範囲しか停止しない」
「じゃあ、仮に最大出力にしたら?」
「そうだなあ、今の機械の耐久性から言って半径で5キロってところかな。たぶん30分以上作動させているとオーバーヒートで壊れると思うけど」
「その30分で、国家に対して致命的なダメージを与えられる場所ってどこだろう?」
「そんなの・・・東京の中心部とか、そういうところなんじゃないの?」
電話を切った高浜に阿部は質問した。
「実際に、半径5キロなんていう範囲で作動させられるのか?」
高浜は、首をかしげた。
「出来ると思うよ。論理的には、だけど。電力も発電所が1個分くらい必要だけど」
「そうか。それを聞いて安心した。そんな電力が供給できる可能性は低いな」
パルス信号が届いた。須崎の1キロ先といったところだろう。阿部は須崎から2キロほど後ろを走行している。
「さっきの信号からだと、1キロほど距離を詰めたと思う。だから、あと10分ぐらいで追い付くはずだね、阿部ちゃん」
「そんなにうまくいくかな」
「いってもらわないと困るなあ」
「それに、追い付いたとしても、どのクルマなのか見分ける手段が無いんだよなあ・・・」
「そうね、高浜さん。その5分間隔の発信機、どのくらいの精度があるね?」
「まあ、半径で50メートルぐらいまでだなあ」
マリアは、ドスンとシートに腰を下ろした。
「じゃあ、近付いたら無意味ね」
「そうだね、マリアちゃん」
「それに、マリア、さっきから不思議だったね。どうして高浜さんの会社の人は機械の信号をキャッチしないね?受信機が一つとは限らないはずね?」
「この発信機は携帯電話の回線を利用しているんだよ、マリアちゃん」
高浜は得意げに言った。
「そうすればコストも下がるし出力も大きくしなくて済む。携帯電話の基地局はたくさんあるしね」
「それが、どうして会社の人がわからない理由になるね?」
「簡単だよ。搭載している発信機に組み込まれている携帯電話の部品を交換してあるからだよ。簡単に言えば、会社の受信機は別の携帯電話に繋がっている。こっちの受信機は、僕が後から作ったものなんだ」
「会社の人、新しい方に繋がらないね?」
「無理だろうね。言ってみれば番号もわからない違う携帯電話とメールをやり取りしよう
としているのと同じことだからね」
「そっか。それなら安心ね」
高浜は黙った。マリアは二脚のシートの間からモニターを覗き込んだ。前回のパルス信号の上を通過したところだった。阿部は、追い付いた大型トレーラーを3速の加速で追い抜いた。しばらくは直線だった。160キロまで加速していく。一般道で、その速度が経験上、阿部にとっての限界速度だった。瞬間的に、ならともかく、ある程度維持しようとすると、それ以上の速度では危険ばかりが増えてしまう。おおよそ、法定速度の2倍あたりまでが安全域だと阿部は考えていた。160キロでも無理をしていることには違いない。
制限速度60キロの道路で、東北の交通量の少ない国道というステージだから160キロを出せた。それも直線だから。
再び前走車に追い付いた。国産の高級ミニバンだった。
「どけよ、この白物家電が」
意味不明な言葉に、高浜が阿部をマジマジと見つめた。
高浜が考えた作戦は、こうだった。
まずは須崎が先行する。再びターゲットよりも先へ進むように加速する。そうしてパルス発信を待つ。フェラーリがターゲットよりも先行していたなら5分間に一台づつ追い抜かれるように調節する。
それを繰り返せば、ターゲットの車両が絞り込まれるはずだった。もちろん、最初のうちは2台づつでも3台づつでもいい。徐々に範囲を絞っていく。同時に後方からスープラも同じようにターゲットに近付いていく。
道の駅「石神の丘」を通過した。
ターゲットは、いったいどこまで行くのだろう。
そもそも、何の目的で、あの機械を奪ったのだろう。高浜自身が考えてみても、あれは未完成だと思った。なんの役に立つのか、とくにテロに使って効果があるのか、それがわからなかった。
たしかに、最大出力で30分も動いたとしたら、都市の機能は停止する。その間に暴走する自動車や電車で大混乱になるはずだ。でも、それは不可能なのだ。発電所一個分の電力なんて、どう考えても調達できるわけがない。
でも本当にそうなんだろうか。
あの機械を使えば、人間の時間を止められる。なんらかのリモートコントロールの乗り物に機械を乗せていれば、どんなところにでも侵入が出来そうな気がする。その時の電力は大きくは無い。もしも侵入したのが発電所で、それが都市にとても近かったなら。
世界のどこかで、ひょっとしたら・・・その時、都市が一つ消滅する。もしもそんな事が起きたなら、その責任は高浜にある。盗み出した張本人が高浜なのだから。高浜が、こんなことをしなければ、そんなテロも起こらないのだから。
「考えても無駄なことは、考えない方がいいぜ」
阿部は、高浜を見て言った。
「結局、取り戻せばいいんだ。やつらが使う前に」
「でも、使い道がわからないと対策が立てられないといったのは阿部ちゃんじゃないか」
高浜の計画に合わせるために速度を落としていた。阿部は片手ハンドルで5速クルージングしていた。
「確かに。青森に入って、テロリストが標的にしそうな物っていえば原子力施設ぐらいだろう。六ヶ所村のやつとかな。原子力発電所もある。でも、機械の性質上、あまり標的になりそうな感じはしない。とすると、たぶん、海外へ持ち出すつもりだろう」
「そうだよ、だから・・・」
「青森に入ってからも北上しているとなると北海道へ渡りロシア経由で海外へ出るつもりなんだろう。誰かさんと一緒のルートだな」
「阿部ちゃん、僕はロシア経由でとは・・・」
「でも、そうなんだろう?いや、そもそもロシアが目的地か?」
高浜は難しい顔をした。阿部には、だがしかし、その顔は困ったヨークシャーテリアぐらいにしか見えなかった。その時、阿部は高浜が童顔であるということを再認識していた。
「どっちも違うよ。僕は今回は海外へ出ない」
阿部は、無意識にギアを4速へ落とした。上り坂で低回転で回るエンジンが苦しそうな音を立てていたからだ。周囲は山の中に入っていく。
「亡命するって言ったのは高浜、お前だぜ?」
「そうだよ。最終的には亡命するよ。身分を変えて成田から、ね。今回は機械を売って、使い方を教えるだけ。機械の操作や基本理論を伝えるにも数週間はかかる。それだけの実験をするには、ある程度秘密を保てる場所が必要だったんだ。目的地はアメリカの総合ハイテク企業だよ。そこの日本支社工場が保有する研究所だよ。網走にある。僕は今回の報酬で新しい身分と海外での住居と仕事を提供してもらう約束をしているんだ」