パルス発信と追跡
パルス信号が届く。場所は須崎の直前だった。
高浜は携帯電話に手を伸ばす。
「須崎君?高浜だけど。ターゲットはすぐ近くにいる。たぶん1分以内には通過するはずだから。見逃さないで」
スープラをドライブする阿部には電話先の須崎の声は聞こえなかった。
「うん。阿部ちゃんは、そう言ってる。白いアストロ。冷蔵庫みたいなクルマだから、見逃すはず無いって」
そういう高浜の言葉を聞きながら、阿部は不安になる。だが、阿部には理由がわからなかった。俺は何かを見落としている。阿部は、そう感じて仕方が無かった。
須崎はナビシートで寝ているメイを眺めていた。
交通量は少ない。そのほとんどが大型トラックで乗用車は少ない。見落とすはずが無かった。左ハンドルからはナビシートの向こう側に通過する車両を眺める形になる。殺風景な道路だと須崎は思った。街並みが現れても、すぐに通り過ぎてしまう。クルマを停めた今となっては、目に映るのは月明かりに照らし出された山々だけ。道路には申し訳程度の照明が備わっているが、それは余計に寂しさを醸し出している。
「寝そうだなあ」
須崎は独り言をつぶやいた。
正直なところ、今となっては阿部の車の中のにぎやかさがうらやましくなっていた。
「アストロ、アストロ」
独り言でも言ってないと、本当に寝てしまいそうだった。それにしても、数えるほどしかクルマが通過しない。大型トラックを除いては、カローラが一台。軽のワゴンRみたいなのが3台。ステージアが一台、それとエスティマが1台。それで全部だった。
「来ないなあ・・・」
時計を見るとタイムリミットが迫っていた。
「どっかで停まっているんじゃないの?」
須崎はあくびをかみ殺しながら、そうつぶやいた。
オンボードコンピュータにターゲットの位置がポイントされた。
高浜は、すぐに須崎に電話を入れた。
「見つけた?」
須崎はノー、と言った。
「でも信号は既に須崎君を追い越しているんだよ」
高浜は大きな声を出した。
「そんなこと言ってもね、通って無いんだから」
「見逃したんじゃないの?」
「それは無いって。数えるほどしかクルマ通ってないもん。なんなら車種を全部言うことだってできるよ?」
高浜は、口を閉ざした。阿部は、まだ考えていた。
「なあ、高浜。もしも、だけど・・・」
「なんだい?阿部君」
「もしもターゲットが時間を停止する機械を作動させたとしたら、俺たちは気が付かないうちに追い越されたりするんじゃないのか?」
高浜は不思議そうな顔で阿部を見た。
「阿部ちゃん、聞いてなかった?あれは時間を止める機械じゃないよ。人間の、いや生物の生命活動を停止させる機械なの。一時停止だけどね」
「それって、時間を止めるのとどう違うね?」
マリアがリアシートから乗り出して尋ねた。
「全然違うでしょ。例えばこの車の中をフィールドとして機械を作動させたとする。時間を止めたなら時速何キロで走っていても関係ない。エンジンも停止するし何もかもが停止する・・・ま、有り得ないんだけどね。でもそうじゃない。あの機械は生物だけに影響する・・・つまりクルマは走りっぱなしなの」
「それじゃあ事故になるね」
「うん。その通り。フィールドの外から見ると、その中の生物は急に動かなくなってしまったように見えるだけなの」
「高浜。それは完成しているのか?」
「してるよ。でも巨大な電力を必要とするからね。まだ改良が必要だよ」
「そうか。じゃあ機械を作動させても須崎や俺たちに気が付かれないで追い越すのは不可能なんだな?」
「無理だよ。移動中の自動車程度に搭載できるバッテリじゃあ起動すら出来ない」
「じゃあ、どうしてターゲットは先にいるんだ?」
「そんなこと・・・僕にわかるわけ無いじゃない、阿部ちゃん」
マリアは、不思議そうな顔をした。
「ねえ、アベさん」
「なんだ、マリア」
「クルマ、乗り換えたんじゃないの?テロリストの人達」
高浜は、あんぐりと口を開けていた。
阿部は、それを見て思わず吹き出した。
「マリア、お前は天才だ。そうだよな、難しく考えることは無いな。やつらはクルマを乗り換えた。だから俺たちは横を通り過ぎて行ったやつらに気が付かなかった」
高浜は、ようやく口を閉じた。それから「ああ、あ」と言う。
「じゃあ、何かい?テロリスト達は、こっちに知られずに通り過ぎて行った上に、たぶん、こっちが追いついたことも知っているっていうこと?」
「そうだろうな。思いっきりどうどうと待ち伏せていたからな」
「じゃあ、そいつらはこっちの出方を予想して対策を練っているってこと?」
「そうだろうな」
「なんてことなの、阿部ちゃん。頭痛くなってきたよ」
阿部はスープラのギアを3速へ落とした。ドン、とクラッチを繋ぐと尻を沈めて加速した。一気にスピードメーターの針が上がり出す。
「とにかく、追いつかないと、な」
大型トラックに追い付いた。スピードを落とす。2速へ。対向車線にヘッドライト。通過した直後、アクセルを踏み込んで阿部はスープラをダッシュさせた。トラックを追い抜いても車線は戻さない。100メートルほど先でゆっくりと車線を戻す。
「なんですぐに戻らないね、アベさん」
息を詰めていたマリアが後部席から文句を言った。
「ま、トラックのドライバーもな、やっぱり追い抜かれるのはムカつくだろうと思うしな。圧倒的なスピード差で抜かれた方が腹も立たないもんなのさ。呆気に取られるか、呆れ返るか。ま、そのぐらいで」
「阿部ちゃん」
高浜はつらそうな声で言った。
「頭痛がしてきたよ、本当に」
「バファリンでも飲めよ、高浜」
マリアは、リアシートでごそごそとしていた。
「持ってるよ、バファリン。一つ、いる?」