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ウエルズプロジェクト

 高浜は、阿部の横顔と興味深げなマリアの大きなブラウンの瞳の間で視線を彷徨わせていた。

「それは秘密だって言ったはずでしょう、阿部ちゃん」

 阿部は口元だけで笑った。

「だが事情が変わったからな。どうしてテロリストみたいなやつらが、あれを欲しがっているのか、それを知らないと対策も立てにくい」

「テロリストみたいじゃなくて、正真正銘のテロリストだと思うよ、阿部ちゃん」

 阿部はため息をついた。ステップワゴンが通過していく。少しだけ緊張した肩の力を抜いた。

「マリアは少し知ってるね。あれはタイムマシンね」

 阿部は、一瞬、厳しい目でマリアに振り返った。

「タイムマシン?それはいくらなんでも有り得ないだろ」

 高浜は諦めたように詰めていた息を吐いた。

「ある意味、合ってるよ。あれは時間を停止する機械なんだ」

 阿部は、堪えきれずに振り向いた。

「なんだそれは・・・有り得ないだろう?」


 高浜は説明を始めようとした。

 だが、その時パルス信号が届いた。

「ターゲットは移動・・・ポイントは・・・あれ?追い抜かれてる?」

 道路を見張っていた阿部は、再び振り返ってモニターを見た。

「どういうことだ?アストロは通らなかったぞ。マリア、お前も見てないよな?」

 マリアは頷いた。

「見てないね」

「見落としたんじゃないの?」

「見落とすかよ、あんな馬鹿でかい冷蔵庫みたいなクルマ」

「そうね。わたしのパパはキャリフォルニアでカーディーラーしてるね。見間違えたりしないね」

「じゃあ道が違うのか?」

 高浜は地図を見直す。

「平行して国道282号線があるけど、パルス信号は4号線の上だ。282はバイパスルートにはならない。住宅街でも抜けていたのかな・・・」

 阿部はクラッチを踏み込むと1速へギアを入れた。

「いずれにしても・・・発進だな」

 左へウインカーを出してスープラのエンジンが再び咆哮を上げた。リトラクトヘッドラ

イトが車線を照らし出す。


 2速、3速と早いタイミングでシフトアップして、あっさりと5速へ。ターボはほとんど効いていない。時速80キロ程度で流していく。時間は11時を過ぎている。その交通量の少ない主要国道は、およそそのくらいの速度で流れている。

「あんまり急がなくても追いつくよ」

 そう高浜が言った。

「ああ、そうだな。追いついた後のことも考えないとな。須崎に電話しておいてくれ」

「須崎君、手伝ってくれるのかな?」

「さあな。あいつは自分の面白そうなことにしか首を突っ込まないという点ではっきりしているしな。それに、自分の身が危なくなるまでは深入りしない」

「じゃあ・・・」

「ああ。たぶんあてには出来ないと思うぜ。でもせっかくフェラーリが先行しているんだ。

使える範囲内で使わないとな。どこかでクルマを停めてアストロを探させろ」

「了解。電話しておく」

「電話が終わったら、さっきの話の続きだからな」

 訴えるような顔で高浜が阿部を見た。阿部は、それに首を振って答えた。

「ダメだ。物が何かわからないのに対策は立てられないと言っているだろう」


 高浜は、しぶしぶ語りだした。

「僕の研究はタイムマシンだった」

 阿部はスープラのステアリングを握りながら、呆れていた。タイムマシンだって?アニメじゃあるまいし。

「相対性理論によれば、時間の流れは一定ではないんだよ、阿部ちゃん。光速に近付けば、時間の流れは遅くなる」

「それと同時に質量も大きくなる」

 阿部は、つぶやいた。

「そう。よく知っているね」

「そりゃあ、お前と昔から付き合っているからな。何度も繰り返し聞かされた話だよ」

「そうだったね。速度が光速と等しくなると時間は停止する」

「だが、質量も無限大になるから不可能なはずだろう」

「そう。でもね、要するに時間を止めるということは、別に原子レベルの話をする必要は無いんだ、と気が付いたんだよ、阿部ちゃん。見かけ上、そこの時間が止まっているという状態って言うのは、生命活動が停止している状態なんだ」

「わけがわからんぞ、高浜」

「そうね、チンプンカンプンね」

 マリアは、リアシートでシートベルトを締めなおしながら言った。

「生命活動を停止している人間にとって、時間の流れというのは停止していると言っていい。SF映画なんかで良くあるコールドスリープというやつだよ。極低温下では、生命活動はひどくゆっくりになる。だから、本人にとって一晩寝たぐらいの感覚で10年間分、ということも有り得るわけなんだよ、阿部ちゃん」


 オンボードコンピュータの地図上で高浜は須崎のフェラーリの位置を自分の指でポイントしていた。前回のパルス信号の位置との差を考えていく。それからスープラの位置。

 2台のクルマに挟まれて、ターゲットの位置は、およそ3キロぐらいの範囲にあった。

「高浜、黙るなよ」

「ああ、ごめん、阿部ちゃん。会社での僕の作品はね、生命体のコールドスリープ技術だったんだよ」

「またSFな話だな」

「そんなことないよ。将来的にはね、人類は宇宙へ進出していくし、それじゃなくても現代の技術では直せない病気の人っていうのもいる。あと数年あれば病気の治療法が確立されそうなのにっていう人がいるんだ。そういう事情以外でも、例えば食料問題もあるじゃない?時間を停めてしまえば食料だって保存が永久に出来るわけだし」

「冷蔵庫か、タカハマさん、タイムマシンじゃないね?」

 普通の速度で走行するスープラのリアシートですっかりリラックスしながら聞いていた

マリアが口を挟んだ。

「冷蔵庫じゃないよ」

「でも、わたし聞いたことあるね。病気の治療のために冷凍されている人のこと」

「ああ、アメリカ人は発想が極端だからねえ。日本じゃそんなことしないの」

「でも、タカハマさんの話、冷蔵庫に聞こえるね」

 高浜は頷いた。

「そうかもね。でも別に冷やしたりするわけじゃないんだよ。あれは生命の時間を停止させる機械なんだよ、ウエルズ計画は」

「ああ、それね、タカハマさん。わたし聞いたプロジェクトね。ウエルズプロジェクト」

「ウエールズといえば、地名か?イギリスだっけ?」

「違うよ阿部ちゃん。ウエルズは人の名前だよ。宇宙戦争やタイムマシンで有名なSF作家なんだよ。マリアちゃんはね、たぶんそれでタイムマシンと思い込んだんだと思うよ」


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