ルート4
高速道路の入り口にはナンバープレートを読む装置が備わっている。これはフロントのナンバープレートを読み込む。このナンバーは通行券に印刷される番号の一部に使われる。
不正な通行券の交換などを行わせないためだ。阿部は予備のナンバープレートを何枚か調達していた。月極めの駐車場や公共施設の駐車場などに長期に渡って動いていない車両を見極めてナンバープレートを外してきた。長期に渡って動いていないということは、それだけナンバープレートの盗難に気が付かないということだし、盗難届けが出ていなければ検挙される可能性もそれだけ減らせる。5ナンバーか3ナンバーを選ぶ必要もなかった。
阿部の乗るスープラは、ほとんど同じボディーで5ナンバー車両と3ナンバー車両が存在している。どっちだって、ぱっと見た目にはわからない。
工具を使ってナンバープレートを交換する阿部を、マリアは呆れた顔で見ていた。
「アベさん、あなた犯罪者ね」
「今頃気がついたのか?最初からそう言っているだろう?」
後部ナンバープレートには封印と呼ばれるボルトに被せるキャップのようなものがある。
通常、これは取り外す度にマイナスドライバーなどで壊すしかない。警察はここを見ている。封印の無いナンバープレートは偽造である可能性が高い。
だが、これも無傷で取り外す工具が存在する。阿部はあらかじめ無傷の封印を用意して予備のナンバープレートに取り付けてあった。ナンバープレートは通常2つのボルトで取り付けるが、封印のあるボルトはナンバープレートに付けたままにして、固定は片側のボルトで行うのだ。外れ止めに強力な両面テープを使用した。
夜の時間が遅くなると、東北自動車道を流れる車は少なくなっていった。追跡しているクルマの移動速度も上がっていく。
「須崎、前沢サービスエリアで休憩を入れよう」
携帯電話で阿部は前方を走行するフェラーリへ連絡を入れた。
「了解。岩手を抜けるのも、もう少しだね」
「悪いが5分しか停まらないぞ」
「ちぇっ、つまんない」
追跡するクルマとの距離は、およそ50キロに縮まっていた。相手は盛岡近辺に差し掛かりつつある。5分の休憩で10キロ先行されることになる。しかし、阿部の方にも生理的な欲求というものがある。阿部一人ならなんとかなるが、同乗者はどうにもならない。
「急げよ、マリア」
そう言うと、阿部はスープラを駐車場の、トイレに近い場所へと停めた。
カーロケ付きのレーダー探知機の電源を確認しサービスエリアを後にする。
高浜はオンボードのコンピューターにキーボードを繋ぎ検索をかけていた。警察の取り締まり状況と道路上の無人取り締まり機の情報を集める。阿部の方は、その情報を基に、飛ばせるところでは最大の速度をキープする。
3速で6500rpmまで回し、4速へ。
速度は200キロを超えて加速していく。前走者が猛スピードで迫ってくる。高浜とマリアの目には、それは恐怖以外の何者でもなかった。追い越していくクルマとの速度差が100キロということは、そのクルマが自分に向かって時速100キロで迫ってくるのをハンドル操作で避けているのと等しい。
それでも阿部の運転は確実だった。
時速200キロをキープしながら急な姿勢変化をほとんど起こさなかった。マリアは、ビデオの倍速再生を見ているようで気分が悪くなりそうだった。
5分おきにデータが更新されてターゲットの位置が変わる。
探知されにくいようにデータは最小限で送られる。距離は5キロに近付いた。
「もうすぐ追いつくはずだよ」
これまでの記録からターゲットの移動速度は時速100キロを少しだけ下回っていた。
瞬間的ではない平均の移動速度としては、そんなものだ。阿部の方も瞬間的に230キロを超えるが平均すれば150ぐらいにしかなっていないはずだった。それでも5キロの距離ならば10分もあれば追いつく。
盛岡インター通過。
オービスをやり過ごして再び速度を上げた。その時、パルス信号をキャッチした。
「あ、阿部君。待った!」
高浜が大きな声を上げた。
「どうした?」
阿部は反射的にアクセルを抜いた。
「ターゲットが高速道路を外れているんだよ」
「なんだって?」
阿部は聞き返したが頭の中では理解していた。
「阿部君、ターゲットは国道4号線だ」
「盛岡インターで降りたのか。やられたな」
「どうしよう、阿部君」
阿部は考えた。
「先回りできないか?」
「先回り?ターゲットの進路もわからないのに?」
「進路を予測しろよ。国道4号線はどこへいく?」
「ずうっと行って一戸ってところ。そのあと二戸で三戸に行く」
「なんだそりゃ」
「だって、そうなんだもん。八戸の手前で曲がって七戸。ぐるっと回って青森」
「まあいいんだけど。先回りできる可能性がある最初のポイントはどこだ?」
三十秒ほど高浜は沈黙する。道路地図を必死に追う。
「次のインターで降りて。滝沢インター。4号線へ出られる」
インターを出たところで次のパルス信号が来た。
「どっちだ?」
阿部が叫んだ。
「先行してる」
高浜が冷静な声で答えた。
「つまり追い抜いちゃったね?」
高速道路を降りて速度が下がったことに安心したのか、マリアが阿部のシートの後ろからモニターを覗き込んだ。
「追い抜いたみたいだね。すごくノロい」
「というか、ほとんど動いてないように見えるが」
「うん、そうだね」
「どうしてだ?」
「そんなこと僕が知るわけ無いでしょう、阿部ちゃん。コンビニにでも寄っているんじゃないの?」
「ノンキなテロリストだな」
「そりゃあ人間だもの。腹も減るでしょう?」
「人間だもの、ねえ・・・」
「アベさん、それって、せんだみつおとかいう・・・」
高浜がリアシートに振り返った。
「それはコメディアンでしょう?」
マリアは不思議そうな顔で高浜を見つめ返した。高浜は気にもとめないで阿部に視線を戻す。
「で、どうするの?阿部ちゃん。待つの?」
阿部は、スープラを路肩に寄せるとモニターを眺めた。
「そうだな。待ち伏せしよう」
パルス信号は5分間隔だ。
ターゲットは国道4号線を北上している。阿部は道路が見渡せるバス停にスープラを停めていた。エンジンはアイドリングで振動を伝えてくる。1000回転よりも少し上で安定している。水温も異常無し。ウインドーを少し下げ、エンジンの音に耳を澄ませる。タペット音が少し大きいか・・・
その間も阿部は夜の国道4号線に注意を払っていた。交通量は多くは無い。あの白いアストロが通っていけば絶対に見落とすはずが無い。
3分が経過した。
アストロは来ない。
「なあ、高浜」
阿部はウインドーを上げると道路に目をやったまま口を開いた。
「なあに?阿部ちゃん」
「あれは、あの荷物は、いったいなんなんだ?」