表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恐怖日和  作者: 黒駒臣
98/132

愛の詩

  

  

「桃ってすごく甘いんだね。初めて食べた」

 両手に一個ずつ持った大ぶりの桃を交互に貪り、手のひらから腕に伝う汁を肘の先で滴らせながら晶乃は嬉しそうに笑った。

 箱詰めの高級な桃は自分たちで買ったものでなく、この屋敷に来た時、すでにテーブルに置かれていたものだ。

 もちろん俺たちのために用意された物じゃない。

「そんなもんじゃなく、金が欲しかったんだけどな――」

 大きな屋敷のわりにまとまった現金がなく、溜息をつく俺に、

「これでも充分だよ、ありがと」

 晶乃が本当に嬉しそうに笑う。

 その笑顔に泣きそうになり、涙が零れないよう上を向いた。

 泣いてる場合じゃない。こいつをもっともっと愛で満たしてやらなければ。

 今まで家族から与えられなかった分を、命が残っている間に――

「桃ならまだあるから、もっともっと食え」

「え~、そんなに食べれないよ」

 晶乃がまた笑った。

 ぽたぽたと伝い落ちる汁が、晶乃の足元にうつむいて倒れている女の、血塗れの背中に滲み込んでいく。

 食べれないよと言いながら、最後の一個まで食い散らかして、晶乃はぴくりとも動かない女の背中に向かって「ごちそうさま」と手を合わせた。

「じゃ行こうか」

 座って晶乃を眺めていた俺は、これも血濡れで横たわる屋敷の(あるじ)の出っ張った腹から尻を上げた。

 次こそもっと金のある家を。

 できれば晶乃の病気を治せるほどの大金を手に入れてみせる。

 そう心に誓い、俺は晶乃の手を取って屋敷を出た。

 空に浮かぶ満月の澄んだ月明かりが、俺たち二人を静かに照らしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ