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恐怖日和  作者: 黒駒臣
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お祖母ちゃん

  

  

 母の手助けで介護していた認知症の祖母が亡くなった。

 九十も半ばを超えていたので、わたしたちとしては大往生だと思うけれど、本人はどうだったのだろうか。

 どんなに歳を経ようと、どんな状態になっていようと、ただただ生きたいと思っていたかもしれない。

 そんな祖母の気持ちを(おもんばか)りはするけれども、介護疲れで大変だったわたしたちには『お祖母ちゃん、逝ってくれてありがとう』だった。

 もちろんそれは大往生だから言えることであり、けっして憎くて言っているわけではない。

 七十代後半から約二十年の介護生活。母や父のことだけでなく、あれだけかわいがってくれた孫のわたしのことですら忘れ、時には暴れ出し、時には泣き叫び、人聞きの悪い言葉を投げかけられ、どんなに尽くしても報われなかった。

 それほど介護は大変だった。

 手助け程度のわたしでも、ため息だけでなく悪態をつきたくなったのだから、母のつらさはいかばかりか。

「一番つらいのはお祖母ちゃんなのよ」

 そう言って母は愚痴一つ吐かなかったが、しんどいことはわかっていた。

 葬儀の際の母の号泣は悲しみの他に、やっと肩の荷が下りたという嬉しさもきっとあったはずだ。

 ま、母にはそんなこと言えないけど。

 とにかく、この世の介護に携わる人たちに幸あれと思わずにいられない。


                 *


 祖母の葬儀後一週間ほど経ってから、電化製品に不具合が生じ始めた。

「もう古いからね――同じ時期に買ったものだから、故障もだいたい同じくらいなのかも」

 父も母もそう言って買い替えを検討しているようだが、今の今まで調子がよかったのに、いきなりそんなことになるものだろうか。

 不思議なことにしばらくすると元に戻り、またしばらくすると不具合を起こすということを繰り返した。

 使用できるのであればと、買い替えに躊躇しているが、原因不明なのは気色悪い。

 そんなある日、仕事や介護の手伝いやらのわたしの都合で長い間会っていなかった友人が訪ねて来てくれた。

 水鏡(みか)は玄関に入るとなり、浮かべていた笑みをふっと消して顔をしかめた。

 長い間の介護で湿っぽい臭いが家中に染みついているのだろうか。

 わたしたち家族では気づかない臭いがするのかも、そう申し訳なく思ったが、

「最近いろいろあるでしょう?」

 と訊いて来た。

 わたしにはそれが例の電化製品の不具合のことだとピンときた。

 水鏡には不思議な力――いわゆる霊感があったからだ。

 ということは、家電の不具合はそういうもの(、、、、、)が原因なのか。

「うん、ある。原因不明の家電の不調」

「それね、亡くなったお祖母ちゃんがあっちこっち触りまくっているからよ」

 そう言えば、認知が出始めの、まだ足腰が達者で歩き回っていた頃、いろんな家電を触りまくっていたっけ。

 機械本体をいじるのもさることながら、リモコンで設定を変えられていたりもした。一番頭に来たのはテレビ番組の録画予約を解除されていたこと。怒っても仕方ないとわかっていても怒らずにいられなかった。

 今回の状況はそれではなく、ただの機械の不具合だけれど、祖母の仕業という水鏡の話はすんなりと信じられた。

「生きてる人が(さわ)れない場所まで触るので原因不明の故障みたいになるのよ。

 四十九日が過ぎればそういうのなくなっていくから。

 もしお祖母ちゃんがあの世に旅立つのを忘れたとしても、一年経つ頃までにちゃんと逝くから心配いらないわ」

 と、水鏡が笑う。

 わたしもつられて笑いながら、

「まあ言わば、お祖母ちゃんのいたずらみたいなもんなのね。

 じゃ、夢だって思ってたんだけど、夜中にわたしの顔をべろべろ舐め回すのもお祖母ちゃんだったんだ。もぉっ、気持ち悪いいたずらするんだから――」

「あ、それは違うわ」

 すっと真顔になって水鏡がそう言った。  

  


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