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恐怖日和  作者: 黒駒臣
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生き魂

  

  

 深夜の静寂の中、近くに住む赤ん坊の泣き喚く声が響いてくる。

 止まることなくずっとだ。

 いったい何が原因でこんなに泣くのか。

 腹が空いたのならミルクを飲ませればいいだけだ。おしめが汚れたのならそれを交換すればいいだけで、眠れなくてぐずっているのなら抱いてあやせばすぐ眠る。

 一度それらを行えば、しばらくは泣き止むはずなのに赤ん坊はずっと泣き続けている。

 母親はいったい何をしているのだろう。産みたくて産んだ子だろうに。もしかして早くも育児ノイローゼ? 愛する夫との子供なのにそれはだめよ。もっと頑張らないと。

 三週間前に目撃した母親と赤ん坊の姿をわたしは思い返す。彼女の結婚も妊娠、出産も知らなかったが、里帰りし、両親たちと幸せそうな笑顔を咲かせながら隣近所にあいさつ回りしていたので気付いた。

 わたしは以前からお高く留まったその一家が嫌いだった。隣接する近所ではなく、顔が合えば頭を下げるくらいで、どうでもいい関係だったのだが、ある日からどうでもよくなくなった――


 何のトラブルもなかったはずが、恋人から突然別れを突き付けられ、わたしは捨てられた。

 結婚という二文字が目の前にちらついていた矢先のことで、家族から憐れまれ、一時のこととはいえ同僚たちのもの笑いの種になった。悲しみと恥ずかしさで身の縮む思いをしながら、何が原因だったのだろうとわたしはずっと自分を責めていた。

 その彼があの家の娘と交際しているのを街で偶然目にした時、理由がわかった。どういういきさつでそうなったか知らないが、彼の心変わりだったのだ。わたしが悪かったわけではなかった。

 何とも言えない気持ちが心内で沸き起こり、大きなショックを受けたけれど、縁がなかっただけだと自分に言い聞かせ続けた。

 住宅が密集しているこの地域は班を分け、他班の冠婚葬祭の情報も回覧板で回って来る。

 いや、回覧される前からその手の噂は否応なしに耳に入ってくる。なのに、彼と彼女のそういった情報はいっさい入ってこなかった。聞き耳頭巾といわれている母の耳にでさえも、今回の彼女の里帰りをわたしから聞くまで一切入ってこなかったというのだ。

 ナゼ?

 めでたくて嬉しい情報は普通、家族の中から周囲へと速やかに流れ出ていくものだ。だが彼女や両親、あと二人いる姉妹たちは一切流さなかったのだろう。家族からの流出がなければその周囲に知られることはない。意図して隠したということか。

 ナゼ? ワタシニ知ラレタクナイタメ? ワタシガ元カノダト知ッテイタノ? 知ラナクテ付キ合ッテタンジャナイノ? 

 もしかして彼がわたしとのことを告白していた結果、そうなったのかもしれなかったが、もうそんなことはどうでもいい。

 ナニ? ナンナノ? ワタシヲ憐レンデイルノ? ソレトモ――陰で、ワタシヲ嗤ッテイタノ? ソレトモ恐レタノ?

 わたしが二人の結婚を知ったからといって、どうすることもできないのに。

 どうにかしてやろうと思うほど彼に対して執着はなかったし、すでに立ち直りかけ、彼とのことは終わろうとしていたのに。

 でも、消えかけた火に油を注がれた――

 あの人たちは失敗した。隠す必要などなかった。もしくは隠すのであれば徹底すればよかった。

 隠すだけ隠しておいて、いまさらこれ見よがしに幸せを見せ付けるから――


 深夜の静寂の中で赤ん坊が泣き続けている。

 いったい何が原因? 

 わたしの問いにワタシが笑う。

 フフフ、ワタシハズット、アノ女ノ赤ン坊ノ側ニイル。コレカラモドコニ行ッテモ、ズット。未来永劫、ヤツラニ安ラギナド与エルモノカッ。

 ひときわ大きく赤ん坊が泣き喚く。傍らに立った母親が疲れ切った顔で途方に暮れている。

 その隣に立つワタシと自室のベッドに寝転ぶわたしは憎々し気な眼差しで我が子を睨みつける彼女の顔が面白くて面白くて笑い続けた。



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