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恐怖日和  作者: 黒駒臣
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墓参り【怪異収集家】

  

  

 主婦Nさんの話。


                 *


 小学生の娘を連れ、田舎にある実家の墓参りに行った時の話です。

 墓地は区画整備された霊園ではなく、ちょっと放っておくだけで丈高い雑草にすぐ覆われるような自然の中の墓所にありました。

 両親が亡くなってから故郷に戻るのが久しぶりだったわたしはまず兄夫婦の継いだ実家に立ち寄りました。

 当然、兄が墓地も継承し、管理しています。

 ですが、家業が忙しい時期など月参りもなかなかできないそうで、今回もしばらく放置したままだと兄嫁が申し訳なさそうに言いわけをしていました。

 いきなり帰って来て墓参に行くというわたしを迷惑に思っていたのかもしれません。

 実は主人と喧嘩をした腹いせのプチ家出だと告白すると、兄についでの墓参りかと呆れられ一緒になって笑い合いました。

 供花代を出すと言ってくれたのですが、常々負担してもらっているので断り、娘とともに花や供物を買ってから墓地に向かいました。

 思った通り実家の墓は雑草に埋もれていました。

 いつ挿したものなのか、カリカリに枯れきった花の残骸もそのままです。

 この墓には先祖代々と祖父母、両親が眠っています

 いくら忙しいからといって墓を放置したままなのはいかがなものか、商売をしているからこそ先祖を大切に敬うべきなのではと心の中で非難しました。

 でも、よくよく考えると滅多に来ないわたしも兄たちのことは言えません。

 墓地に設置された水場から持ってきたバケツを傍らに置き、まず墓に手を合わせました。

「全然来なくてごめんね。お兄ちゃんたちも仕事頑張ってるから許してあげて」

 それから兄から借りて来た軍手をはめ、鎌を使って草取りを始めました。

 無心に雑草を刈っていると、今は鬼籍に入っているみなの顔が思い浮かびました。

 祖父母に両親、みな優しい人たちでしたが、祖父だけは違い、とても厳格で怖い人でした。

 そしてわたしたち孫でも寄り付かせないほど気難しい性格をしていました。

 祖母や両親は心得ていましたが、やんちゃで騒がしい子供だった兄とわたしは障子の奥から「うぉっほん」と咳払いが聞こえると慌てて逃げたことを今でも覚えています。

 ちょうど梅雨が明けた頃でしたので、蝉や名前の知らない虫たちが騒々しく鳴いていました。

 娘は自然が大好きだったので、雑草の間を逃げ惑う虫を怖がりもせず、また面倒な草刈りを嫌がることなく、楽しそうに手伝ってくれていました。

 痛くなってきた腰を上げた時、さっきは気にしていなかったのですが、この辺り一帯が雑草まみれになっていることに気付きました。

 ほとんどの墓が背の高い草に埋もれ、石に刻まれた名前が見えないほどでした。

 お盆や彼岸以外はどこも放ったらかしなんだな。

 そう思いながら再び草刈りを再開しました。

 ふと違和感を覚えて手を止めました。でも何かわかりません。娘も顔を上げてきょろきょろ辺りを見回しています。

「なんか変だね」

 そう声をかけると、

「蝉が鳴いてないよ」

 あれだけ鳴いていた蝉がいっせいに鳴き止み、それだけではなく他の虫や近隣の雑音さえもまったく聞こえなくなっていました。

 娘は這ったまま急いでわたしに身を寄せてきました。

 青く晴れていた空には暗い雲が垂れこめ、どこからか生臭いにおいが漂ってきます。

 突風が吹いて雑草が大きく倒れました。その瞬間、隠れていた周囲の墓々がいっせいに丸見えになりました。

 墓に隠れるように立った真っ黒な人々がこちらを窺っています。

 娘にも見えているのか、わたしの身体に強くしがみついてきました。

 近くに公園もないのに「ギイ、ギイ」とブランコがゆっくり揺れているような音が聞こえてきます。

 この場から逃げなければ。

 でも体が動きません。

 黒い人たちは墓から離れ、わたしたちを取り囲みました。空間が圧縮されていくような感じで呼吸が苦しくなってきます。

 どうしよう。どうしよう。

 だんだんとその輪を縮め、狭まってきました。

 黒い人が目前まで迫り、わたしは目をぎゅっとつむりながら娘を抱きしめました。

 その時、

「うぉっほん」

 祖父のあの咳払いが聞こえました。

 とたんに周囲の空気が軽くなり、蝉の鳴き声やその他の音も戻ってきて、白い雲の浮かぶ青空も広がっていました。


                 *


 その後Nさんと娘さんはきちんと草刈りして墓を磨き、供花や供物、線香を供えて丁寧に手を合わせたそうだ。

 それからたびたび墓参りに行くようにしているが、同じようなことは今のところ起こってないという。


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