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恐怖日和  作者: 黒駒臣
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黒い手

  

  

「お腹いっぱいでもう食べられません」

 そうさっきからずっと訴えているのだが、目の前に突き出されたどす黒く汚れた手がそれを許してくれなかった。手のひらに生肉の団子を載せ早く食えと揺らして促す。

 泣きながら首を横に振ると右耳がいっきに千切れた。

 焼けつくような激しい痛みで悲鳴が喉を衝いて飛び出す。転げまわりたいが、それは許されない。

 なぜなら身体が椅子に縛り付けられているからだ。両腕と膝から下の脚は自由だったが、だからと言って逃げることは叶わない。すでに足も手も千切れて失っていた。ナイフや斧などで断ち切られるのではない。何らかの力で引き千切られるのだ。

 観念して口を開けると肉団子をねじ込まれた。気持ち悪さに咀嚼できずそのまま何とか飲み込む。次の肉団子を少しでも遅らせるため口に含んだままで時間稼ぎしたいが、そんなことをすれば感触や臭いで胃の中のものまで吐き戻してしまう。実際、何度か試み、そして吐く度に身体の一部が引き千切られた。左耳はすでになく、今度はどこが引き千切られるのか。断ることは恐怖だが、かといって胃の中は本当に満杯で食べても吐いてしまいかねない。どちらにしろ身体の一部が千切られるのだ。


 気がつけば拘束され真っ暗な部屋に閉じ込められていた。額を固定されて首を回すこともできず、何も見えないのでどんな部屋にいるのかわからないが、空気の流れがないから密閉された空間なのだろう。

 目の前に見えているのはこいつの黒く汚れた肘から先の両手と縦に穴の開いた腹部だけで、どこからか照らされる鈍く青い光がそこだけ映し、こいつの顔も腰から下もまるで存在していないかのように暗闇に溶け込んでいた。

 こいつは喋らない。うんもすんも、鼻息さえ聞こえない。自分の腹の穴に手を突っ込んでこねくり回し、肉団子を作って突き出してくる。しかも無尽蔵にだ。

 爪の間、指や手のひらの皺に埋まり込んだ血が乾いて黒く汚らしく変色していた。

 その手を再び腹の中に突っ込んでまた生肉団子を取り出す。

 それを見たとたん逆流した胃の中のものが口中に溜まり、臭いと感触が我慢できず勢いよく噴き出してしまった。

 許しを請う間もなく足首のない右膝から下が引き千切られた。

「うぎゃぁぁぁ――」

 激痛が血と体力と気力を奪っていく。

 地獄――拷問死しても蘇り、永遠に拷問を受け続けなければならない――が思い浮かんだ。

 もしそうなら、俺がいったい何をしたというのだ。

 黒い手が生肉団子を突き出してきた。

 仕方なく開けた口にねじ込まれ、嘔吐きながらなんとか喉に流し込んだ。涙が頬を伝う。

「おいしいです。ありがとうございます」

 ふと思いついて感謝してみた。

 何を言っても通じなかった怪物の、腹の中でこねくり回している手が初めて止まった。

 頭上の空気が動いて目の前に何かが降りて来る。

 人の顔だった。見覚えがあるような、ないような、手と同様にどす黒く汚れてはいるが、どこにでもある平凡な顔がにたっと笑った。

 正解を導き出せたのかもしれない。

 嬉しくなって笑顔を返した途端、髪とともに頭の皮が引き千切られた。

「ぎゃぁっ」

 顔は暗闇に戻り、再び黒い手が腹の中から生肉団子を取り出す。

 額や頬に血の伝い流れる生ぬるさを感じながら口を開けた。

 どうやってもこいつからは永遠に逃れられないのだ。



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