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呪泥

不潔、不快な描写あり、閲覧注意です。

  

  

「結実ちゃんっ、一体何触ってきたのっ?」

 倫江(みちえ)が悲鳴にも似た怒声を上げた。

 娘の身体が泥に汚れ、今まで嗅いだことのないひどい悪臭が放たれていたからだ。

「ゆみ、なんも触ってないよ」

 そう言いつつ視線を逸らす。

 それは嘘を吐く時の癖だ。

「なんもってことないでしょっ。手も服もこんなに汚して。それにひどい(にお)い――」

 鼻を押さえつつ激昂するも、娘の言葉は真実かもしれないと思った。――つまりいじめによるものなのではないかと疑ったのだ。

 結実は小学一年生になったばかりだが潔癖症なくらい綺麗好きだ。だから自分からわざわざ汚いものに触れたりしない。いじめを受けていると思ったのはそういう理由だ。

 だが綺麗好きなのに、この汚れと臭いを厭うている様子がないのはおかしい。普通なら意気消沈しているはず。

 違和感を覚えたが、今は一旦それを無視して倫江は玄関に佇んだままの結実を促した。

「とにかく早くお風呂に入りましょう」

 事情は後から訊けばいいのだ。今は泥汚れと臭いをどうにかしなければ――

 結実の両手や半袖から出た両腕、ブラウスやスカートにも粘ついた真っ黒な泥汚れがごってりと付着していた。三つ編みにした髪やピン止めにもこびり付き、ランドセルにまで(なす)り付けたような跡がある。

 犬か猫の糞かと思ったが、色が違うし、臭いはそんなものではなかった。動物の死骸が腐乱した肉の臭いでもなく、何年も清掃されていない(どぶ)の臭いでもない。

 これは一体何の臭い?

 それにしても、日頃からおっとりしている結実だが、きょうはさらに動作が遅く、靴を脱ぐだけなのに足をごそごそするばかりでまだ脱いでいない。

 それで気付いたのだが、靴だけが異様にきれいだった。泥汚れが全く付いていない。

 そして、やっと脱いだ両足の白い靴下は口ゴムから足先まで泥がじっとりと沁み込んで真っ黒になっていた。

 脱いだせいでさらに異臭が放たれ、倫江は思わず嘔吐(えず)いてしまった。

 涙目になりながら、靴だけ汚れず靴下が汚れているということは誰かの家に上がってこうなったということなのだろうか? 誰の家に? そこで何かされていないか? と恐怖を感じた。

 倫江は結実を風呂場に連れて行き、学校への報告は後で必ずしなければと考えた。

 浴槽に湯を張っている間に結実の服を脱がせていく。身体に殴られたり蹴られたりした跡がないか確認したいが、一枚一枚脱がす度に臭いがひどくなってきて目に染みる。我慢の限界がきそうだ。

 まるで結実の身体が臭いをが発しているようだと、倫江はぞっとした。

 この子の身体になにが起こっているの?

 シャワーでかけ湯すると居たたまれない臭いが浴室に充満した。

 それだけでなく、排水口へと流れ込んでいく水流がずっと黒い。換気扇をかけて臭いを追い出しながら、結実を湯に浸けると、湯は瞬く間に汚泥のようなものに変化した。

 慌ててゴム栓を引き抜くと、ごぼごぼと音を立てながら排水口から汚泥が流れ出ていく。

 シャワーで浴槽の縁に残った泥を流し、新しく湯を張る。

「なによ、これ……」

 蛇口から出る透明な湯は、結実の身体に触れるとすぐ泥へと変化した。

 臭いと排水口に流れていく汚泥に気を取られていた倫江は、ふと結実が一言も発していないことに気付いて顔を上げた。

 だが、娘を見ることなく、また自分がどういう状況に陥ったのか知ることなく、倫江の視界は闇に閉ざされた。


     *


「ただいま」

 軽くドアの音を立てて、次子で長男の(かける)が中学校から帰宅した。同じ中学の二年である姉は部活に入っているが、翔は帰宅部なので帰りが早かった。

 いつもなら「おかえり」という母の声が聞こえ、「おにいちゃぁん」と、甘えた声で結実が廊下を駆けてくるのに、きょうの家内はしんと静まったままだ。

 買い物で外出しているのかと翔は思ったが、いつもの買い物から帰ってくる時間はとうに過ぎている。三和土には履物が揃っているし、玄関扉は施錠されていない。用心深い母が外出時に施錠し忘れていくはずもないから、家にいるのは確かだ。

 ただ在宅していても施錠はしているので、それがされていないのはおかしく、さらに、異様な臭いが玄関中に立ち込めているのもおかしい。

 臭いは玄関全体に臭っていたが、結実の靴の内側が黒く汚れ、そこが臭いの元のように思えた。

 不思議なことに外側は新品みたいにきれいだった。

 靴を脱いで(どぶ)にでも入った? それをまた履いて帰ってきた? 

「意味わからん……」

 首を傾げつつ翔はあまりの静けさに薄気味悪さを感じた。

「母さん?」

 廊下を進み、左側のリビングを覗くが誰もいない。

 奥へと進み、洗面所の扉を開けた。

「うっ」

 窓から夕方の光が差す仄明るい洗面所内にひどい臭いが充満していた。

 閉まったままの浴室のガラス戸の向こう側が泥を(なす)りつけられたように黒く汚れ、中からはごぼごぼ音が聞こえてくる。

 翔は帰宅してから初めて音らしい音を聞いたような気がした。

 一体これはなんなのか。

 開けるのは怖かったが、中がどうなっているのか、母はここにいるのか、扉を開けて確認するしかない。

 翔は決心してガラス戸の取手に手を掛けた。

「母さん? 結実?」

 浴槽は粘ついた汚泥で満杯だった。どういうわけか蛇口から泥が噴き出し、縁からどんどん溢れ出ていた。排水がスムーズに出来ず、タイルの床に今まで嗅いだことのない悪臭を放つ汚泥が溜まっている。

 二人の姿はなく、ある意味ほっとしたが、目に沁みる物凄い臭いで吐き気が止まらない。

 これはなんだ? 水道管が壊れたのか? 母さんと結実はどうした? 一体どうしたらいいんだ?

 翔は鼻と口を押えて立ち尽くしていた。

 ごぼごぼっと一際(ひときわ)大きな音がした。浴槽満杯の汚泥の表面が泡立ち、沈んでいた何かがぬうっと現れた。

「……母……さん?」

 真っ黒い泥に塗れていても母だとわかる。目や鼻、口、耳の中から真っ黒い泥が止めどなく溢れ出して、どう見ても生きているように見えなかった。

 洗面所から廊下に逃げ出し、無意識に止めていた息を吐き出す。

 突然、制服のポケットに入れていたスマホの着信音が鳴り、翔は飛び上がった。急いで取り出し、姉とわかるとすぐ出た。

「あ、翔? きょうの部活ちょっとだけ遅くなるんだ。夕飯までには帰るけど――って、お母さんに伝えといて。さっきからお母さん電話出ないんだよね。スマホ忘れて買い物行ったのかな?」

「姉ちゃん、母さんが大変なんだ、結実も見当たらないし――姉ちゃんっ、姉ちゃんっ」

「翔? もしもーし、あれ? 番号間違……ってないよね。もしもーし、翔?」

「姉ちゃんっ」

 電話は繋がってはいるようだが、こちらの声が全く聞こえていないと知り、翔は絶望した。

「もしもーし、もしも――」

 姉の声が途中で切れ、通話が終了した。

 泣きそうになりながら顔を上げた翔は薄暗いリビングの入り口に立つ泥塗れの結実に気付いた。

「結実っ!」

 慌てて駆け寄って手を伸ばしたが触れることは出来なかった。さっきの母と同様、結実の目や鼻や口から汚泥が溢れ出していたからだ。ぼとぼとと流れ落ちた泥は足元に溜まっていく。

 結実の泥の詰まった眼窩の奥から目が覗き、こっちを見た。

 それが翔の最期に見たものだった。


     *


「美世子どした?」

 部室に向かう渡り廊下に立ち止まり、スマホをじっと見つめたままの美世子を、先を行く親友のマコが振り返った。

「うん……なんか変なんだよね……」

「弟くんに繋がらなかったん?」

「いや、繋がったんは繋がったんだけど……なんも言わないんだよね」

「はは、それ、繋がってないんじゃね?」

「でもね、なんか音はしてんのよ。変な音――ごぼっごぼって……なんの音?」

「水の音?」

「んー、水よりももっと粘ついた?」

「弟くんのいたずらっしょ」

「……なんか気になる……もうきょう部活休んでうちに帰るわ。ごめん、マコ」

 美世子は軽く手を振って(きびす)を返すと校門に向かって走った。


 鞄から鍵を出して回したが、玄関扉に鍵は掛かっていなかった。家に誰かがいても用心のために鍵は必ず掛けてあるのに。

 三和土に靴が揃っているのに、いつものようなみんなの「おかえり」の声がない、それにこのひどい臭い。

 やっぱりなんかおかしい。

 美世子は靴を脱いで上がった。薄暗い廊下の中程、リビングの入り口辺りで泥の塊が盛り上がっているのに気づく。

 これが臭いの元凶なのか、近づくと臭いの濃度が上がってくる。

「これなんなの?」

 顔を顰めて泥山を避けながらリビングを覗いた美世子は、廊下同様に中が薄暗いため灯りを点けようとスイッチを押した。だが、電灯が点かない。何度も押してみたが無駄だった。

 停電かと思ったが、冷蔵庫やその他の家電は正常に動いている。

「みんなどこ行ったのよ」

 あっと思いついて美世子は母親のスマホに電話を掛けてみた。着信音がすぐそばで鳴っている。音の鳴るほうに行くと、スマホはキッチンのカウンターに置かれていた。

 すぐに美世子は翔のスマホに掛けてみた。

 これもすぐ近くで鳴っている。

 翔はスマホを自分のそばから離さない。だから音の鳴る場所にいるはずだ。

 でも、だったらなんでいない?

 疑問に思いながらも音のなるほうへ近づく。

 着信音はリビングの前の廊下に盛り上がった臭い泥山の中から聞こえていた。

 美世子はそばに立て掛けてあるフロアモップを手に取り、泥山を崩して避けながらスマホを探した。

 泥を避ける度、臭いが立ち上り嘔吐(えず)きが止まらない。

 着信音が大きくなり、明らかに固いものに触れてモップを退けると、姉と表示された着信画面が見えた。

 翔のスマホがなんでこんなところに――

 そう思ったところで、スマホを握る泥だらけの指があることに気付いた。

 翔が泥山に埋もれているのかと思ったが、そこには弟の身体などなく、あるのはただ指だけだ。

「きゃあぁぁ」

 美世子はモップを投げ捨て、急いで玄関に逃げた。恐怖に耐えられず泣きじゃくって、ノブを回す。

 扉は固く閉まって開かなかった。

 施錠した記憶はなかったが、いつもの癖で掛けたのだと思い、内鍵を回すも掛かっておらず、なのになぜか扉は開かない。

「どうして開かないのっ」

 がたがた扉を揺する美世子の視界の端に何かが入る。

 恐る恐る向けた視線の先に結実がいた。

 全身黒い泥に塗れ、薄暗さも相まってか顔立ちも見えないほど黒い。

「ゆ……み?」

 美世子の呼びかけに黒い顔の口が割れ、白い歯を見せ赤い口内が笑った。


     *


 きょうも遅くなってしまった。

 家路を急ぎながら泰彦は溜息を吐く。

 結婚当初や子供が小さかった頃、残業で深夜近くまで遅くなる時は必ず連絡していた。

 だが、毎日のように残業が増えてからは、「もう連絡はいらない」と半ばキレ気味で倫江に言われた。

 一家を支える(あるじ)として、こっちも大変なのだと言い返したかったが、家の守りと三人の子育てを任せきりにしている立場では強く反論できなかった。子供は多いほうがいいと、子作りに励んだのは泰彦のほうなのだから。

 毎晩帰宅した際、儀式のように家を見上げる。

 きょうも一日無事に帰ってきたと思いながら――

 だが、いつもと違いきょうの家は雰囲気がおかしい。

 灯りが点いてないのだ。どこもかしこもまったく。

「なんだ? みなで外食でも行ってるのか?」

 俺はこんなに遅くまで仕事してるのに? と泰彦は一瞬腹が立ったが、すぐ思い直した。

 こんな時間まで外出しているのはさすがにおかしいだろうと。

 慌てて玄関扉に鍵を挿したが、いつも掛かっているはずの鍵が掛かっていない。

 こんな夜に不用心が過ぎるだろ! と妻に対し再び腹が立ったが、そうならざるを得ない緊急事態が起こっているのかもしれないと考え直し、扉を開けて中へ飛び込んだ。

「な、なんだこの臭いは……」

 真っ暗な三和土には今まで嗅いだことのないひどい臭いが充満していた。

 壁に手を伸ばし電灯のスイッチを入れてみるも灯りは点かない。

 泰彦はスマホのライトを照らして廊下の辺りを窺った。

「倫江? 美世子? 翔? 結実?」

 全員の名前を呼んでみたが誰一人として返事がない。遅い時間とはいえ、いつもなら眠っているのは結実ぐらいだ。

 美世子も翔もこの時間帯はまだ勉強――実際ゲームなどで遊んでいるかも知らないが――していると思う。倫江は文句を言いつつも泰彦の帰宅を待っているので、この暗闇や静けさは異常だ。

 我が家に一体何が起きてるんだ?

 膝ががたがた震え、三和土から上がることが出来ない。それでも無理やり足を動かし、靴を脱ごうとした時、足元がぬかるんでいることに気づいた。

 光を足元に向ける。溜まった泥で革靴が汚れていた。

 一体これはなんだ。

 靴先でいじると臭いが立ち上ってくる。

 鼻を押さえながら、ライトで三和土全体を見廻し、靴入れの前に泥の山が盛り上がっていることに気付いた。

 その頂きにある泥がゆっくり崩れ、滑るように流れ落ちていく。次から次へと崩れ落ちる泥から視線を頂きに戻すと、泥に塗れた顔があった。

 美世子か、翔か――目を閉じた顔は汚れ過ぎて誰かわからないが、この下に埋まっているのだと泰彦は思った、と同時にそんなわけがない、とも思った。まだ未成年とはいえ、全身をすっぽり埋める泥にしては量が少ない。しいて言えばこの泥の量は、人一人分と同量――

 そう思った瞬間、泥の中の顔と目が合った。

 閉じていた両目を開き、じっと泰彦を見つめている。その眼球が零れ落ち、空いた眼窩からごぼごぼと泥が溢れ出てきた。

「うわぁっ!」

 腰を抜かし、泰彦は尻もちをついた。

 手から離したスマホが上がり框に音を立てて落ちる。

 そこに立っていた泥だらけの結実がライトに浮かび上がった。

 両目や鼻から粘った泥を垂れ流しながら、鷲掴みにしたスナック菓子を貪り食っている。

「あ……あ……」

 泰彦は何も言えず、ただ震えているしかない。

 結実はげふっと大きなげっぷを出すと、口から盛大に生暖かい泥を噴き出して、泰彦の身体を頭から包んだ。


     *


「なんでやろ……電話出えへん」

 妻の隆子が首を傾げ、いったん番号をキャンセルし、「美世ちゃんに掛けてみよ」と再度スマホを操作する。

「いややわ、こっちも出えへんわ」

「まだみな寝てんのと(ちゃ)うか? きょうは日曜やで朝ゆっくりしたいやろ」

「そいでももう八時やで、お父ちゃん」

 妻のほうを見もせず、匡司(まさじ)はテーブルにあった朝刊を広げた。

「なに必死になって……なんど用事でもあんのかいな」

「今度の休み、遊びに()えへんか訊こう思て。長いこと来てへんやんか。お父ちゃんも結実ちゃんらに会いたいやろ?」

 隆子は諦めきれないのか、リビングやキッチンをうろうろしながら何度も電話を掛けている。

「慌てやんでも、後から掛けたらええやないか」

 そう言ったが、隆子は聞いておらず、やがて繋がったのか、

「あ、もしもし、倫江?」

 と、キッチンから機嫌のよい声が聞こえてきたので、匡司は安心して朝刊の記事に集中した。



「もしもし? もしもーし……もしもし?」

 隆子は通信が繋がったものの、電話の向こうから倫江の返事が聞こえないのを不審に思いつつ呼びかけた。通信が切れたわけではない。その証拠に微かだがなにやら音が聞こえている。

 ごぼっごぼっという音で、隆子はさっき夫が言ったように倫江はまだ寝ているのだと思った。

 眠ったまま無意識に電話に出てしまい、その彼女の(いびき)を送話口が拾っているのだろうと思った。

「もしもし? もしもし? もう起きなぁよ」

 大きめの声で呼びかけている時、目の端に映る何かに気付いて斜め下に視線を向けた。

「結実ちゃん?」

 隆子の脇に泥に塗れた真っ黒な結実が立っていた。全身からひどい臭いを発している。

「どうしたん? なんでここにいてんの?」

 泥に塗れてたった一人でここに立っている異常な状態に疑問も持たず、隆子は結実の前にしゃがんで、そう訊いた。

 いや頭の片隅では、汚い沼からたった今出てきたような、少しも乾いてない黒い泥に塗れていることを不思議には思っていたが――

 孫娘を上から下まで見て、なぜか靴だけがきれいなのに気付いた。

 えらい気に入ってるんやね。

 何となくそう思って顔を上げた時、生暖かい黒い何かが視界にびちゃっと張りつき、そこで隆子の意識は途切れた。



 倫江と何を話しているのか、「結実ちゃん」と戸惑ったような妻の声が聞くとはなしに聞こえていたが、匡司は朝刊の記事に気を取られていた。

『小学校校内で祭祀場跡発見

 W市立W小学校で新校舎建設のため校内の空き土地を掘削調査中、土中からこれまで例のない何かを祀った跡、およびそれに使用したとみられる遺物等が見つかった。県考古学会は未知の遺物の発見に期待を寄せている。

 時代がいつのものか、追って調査を実施する予定であったが、見つかった祭祀場が異臭のする粘液状の泥土で埋まっていたため、土地の沈下や崩落などの危険性を考え、現在は立ち入りを禁止、安全面を確保してから調査が開始される』

「ほぉ~、こんな時代になっても、まだ大昔のわけわからんもん出てくるんやな……あれ、この小学校、結実ちゃん(かよ)てるとこや……

 ――にしても、なんやこの臭いはっ!」

 記事に独り言を呟いていた匡司だったが、さっきから急に漂い始めたひどい臭いに我慢できず、朝刊から顔を上げてキッチンにいる妻に怒鳴った。

 だが、返答がない。

「おーい。なにしてるんや……」

 匡司は立ち上がって、キッチンに向かった。

「なんやこれ……」

 冷蔵庫の前に、うずくまって(うつむ)く人のような泥の塊があった。その周辺から漂う臭いがきつい。

「なんやこの泥は……おーい、隆子?」

 鼻を押さえ、妻を呼ぶも返事がない。

 塊のほうからごぼっと音がして視線を落とすと、俯く顔の辺りから、まるで嘔吐しているかのように泥が吐き出されていた。

 その泥塊の横に、いつの間にか小さな人型の泥塊が立っていた。

 顔にあたる部分は真っ黒だったが、匡司にはそれが末孫の結実だとわかった。

 それだけでなく、『小学校、祭祀場跡、異臭を放つ泥土』朝刊で見たそれらの単語も思い浮かび――

「結実……お前、いったい何したんや――」

 そう呟いた時、匡司の視界から光が消えた。



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