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恐怖日和  作者: 黒駒臣
131/131

偽心霊写真



「ちょっとこれ見てみ」

「なんや、これ」

「わっ、心霊写真やん」

 焼肉パーティーで俺の家に集まった高校時代からの友人たちに滝の写るL判写真を見せた。

 広がる青空を背に滔々と流れる滝。左右には黒々と湿る岩肌にそれらを囲むように伸びる若葉の茂る枝々。

 白い滝は水飛沫を跳ねて滝壺に落ち、そこから手前に向かって流れてくる透明度の高い川面が写っている。

 その川面に顔が浮かんでいた。

 煙のように薄ぼんやりとだが、川底の砂利が黒っぽいのではっきり顔だと認識できる。

 歪んだ禍々しい表情に、悪友の一人瑛司もその妻ひよりも驚きを隠せない。

「どしたん?」

 真一と妻の天花が缶ビール片手に写真を覗き込み、「げっ」と息を呑む。

 佳生(よしお)は皆がホットプレートの前を離れたせいで焼け過ぎていく肉を、「え~見たい、見たい」と言いつつ、各皿へ勝手に取り分けていくのに忙しい。

 アルコールに弱い佳生の妻智奈子(ちなこ)は、350m一本飲んだだけで、真っ赤な顔をしてソファにもたれていた。

「お前どこ行ってきたんや……最強心霊スポットやんここ……」

 瑛司の問いに、俺はにやっと笑みだけ返した。

「あ~っ、みんなっ、優孝(ゆたか)に騙されたらあかんでっ、これ加工したやつやっ」

 写真を掲げ、ひよりが叫ぶ。

「当たり~~。けど騙してん(ちゃう)で、クイズや、ク、イ、ズ。

 さて、他にも霊が写っています。どこにいるでしょうか? 難易度いろいろあるで。ちなみにさっきはレベル1」

 俺の言葉に皆が「どれどれ」と、ひよりが持つ写真を覗き込んだ。

 佳生は新しい肉を並べてから輪の中に混じったが、智奈子は眠り込んでしまっている。

「あ、ここにいる」

 ひよりが白い飛沫が飛び跳ねる濡れた岩肌を指さす。そこに目と口が黒く開いた微かな顔が浮かんでいた。

「どこ?」

 天花は写真を取り上げ舐めるように見つめ、数秒後「あ、ほんまや」と声を上げた。

「正解。それ、レベル3」

 ひよりは「よしっ」と、ガッツポーズした。

「うちも見つける」

 天花は写真を独り占めして舐めるように見ている。

「オレにも見せろよ」

 真一が写真に手を伸ばすも、その前に佳生がぴっと()手繰(たく)った。

「ちょっ」

「あ、この木に二体いるなぁ」

 佳生はどや顔で岩に重なる青々した枝を指さすも、俺が、

「残念。それただのシュミラクラ」

「ちっ、引っ掛けか」

 舌打ちした佳生は再び写真に目を落としたが、今度は瑛司が横からそれを奪い取った。

「お、これやん。青空に浮かぶ顔――あ~わかり(やす)過ぎやな、レベル2か?」

「正解」

「それ川のんの次にわかり易いさけ、うちは無視したんや、ははは」

 ひよりが大口を開けて笑い、テーブルに置きっ放していた自分の缶ビールをぐびっと飲んだ。

 その後も皆で霊を見つけてはわいわいと、食べては飲み、飲んでは食べた。

「な、ちなちゃん大丈夫?」

 ひよりがソファにもたれて眠る智奈子を見て、佳生に声をかける。

 早々に写真に飽きた佳生はホットプレートの前に戻って、頃加減に焼いた肉や野菜を自分も食べつつ、各取り皿に移していた。

「うん、大丈夫やで。仕事忙して最近寝不足やったとこへビール飲んだんでへたってしもたんやろな。もうちょっとしたら起きてくる思うわ」

 優しい眼差しで妻を見ながら佳生が微笑む。

 智奈子は、一目ぼれした佳生が口説き落としてようやく手に入れた女性だった。

 彼女をものにするまで、何かと必死になっていた佳生に俺は呆れと羨ましさを感じていた。

 あそこまで惚れ込める女を俺はまだ見つけられていない。ちなみに瑛司と真一は高校時代の彼女がそのまま嫁になった。

 佳生と俺は二十代も後半だというのに、彼女いない歴=年齢の同士のはずだったが、やつは三十前になって智奈子と結婚した。

 悔しかったが、俺も大人だ。大切な友人の幸福を祝福するしかない。

 そんなこんなを思い返していると、智奈子が身体を起こした。

「ごめん。寝てしもてたわ」

「肉、まだまだあるよ~」

 天花がホットプレートを指さす。

「ありがとう。わたしやっぱアルコール弱いわ」

 夫の隣に座った智奈子の皿に佳生が甲斐甲斐しく肉や野菜を運ぶ。

「もう。こんないっぱい食べられへんよ」

 智奈子が笑うと佳生も嬉しそうに破顔する。若干頬が赤く見えるのはアルコールのせいか、いや、いまだ恋の熱が冷めていないのか――

「いつまでも熱々ですな~」

「優孝ってば、妬いてるわぁ」

 俺の当て擦りに、ひよりが肩を小突いてくる。

「くぅ~、俺だけ独り身なんや、これぐらい言わしてくれ」

 目に手を当て泣き真似する俺にみな大声で笑った。

 肉を頬張りながら一緒に笑う智奈子の視線がテーブルに置きっ放しになっていた写真に留まり、「これなに?」と手に取る。

「心霊写真や――優孝が作った偽もんやけどな」

 もう飽きてしまったのだろう、ひよりが見もしないで答えた。

「ふふ、おもしろ~い。あ、ここにおる」

 滝の上の空を指さした智奈子に、

「それ、見つけた」

 瑛司が手を上げてどや顔を浮かべる。

「レベル2やけどな」

 間髪入れずひよりが言う。

「ここにも。あ、これレベル1やね。めちゃわかり易いもん」

 智奈子は川面に浮かぶ顔を指さし、すぐに「ここも」と滝壺の水の泡立つ中に浮かぶ顔らしきものを指さした。

 真一が「それオレ見つけた。レベル4やで」と親指を立てる。

「うまいこと加工してるね。あ、この枝に二体――」

「それはシュミラクラ」

 したり顔する佳生に俺がぷっと吹き出すと睨まれた。

 嫁に恥ずかしいところを見せたくないのか。佳生は彼女にどれだけ惚れているのだろう。さすが、略奪婚。夫のいた智奈子をよく手に入れられたものだ。

 女性の扱いはさっぱりの俺には所詮無理な話だが、やはり羨ましくは思う。

「ねえ優孝さん、これわたしらの顔?」

「お、ちなちゃんなかなか鋭いな。そ、みんなの顔を幽霊ふうに加工したんや。なかなか怖そうにできてるやろ。そのレベル1はひよりや」

「レベル低いん、なんか腹立つな」

 ひよりが俺の背中をげんこつで殴る。

「空の顔が真一で、岩肌の顔はちなちゃん、滝壺は天花で、レベルの高い滝の中の顔は上のほうが佳生で、下のほうが瑛司や――ほぼ原形ないけどな」

「自分の顔も入れてる? 一番難易度高い?」

 目を凝らして写真に食い入る智奈子に、

「いや、自分は入れてへんよ」

「そやけど、ここにもういっこ顔あるで」

 写真をこっちに向け、滝の横、枝の陰になった岩肌を指さした。

 確かに、湿り気を帯び黒々した岩に恨めし気な顔が同化している。その陰鬱な目がこちらを見ているようで、「なんか怖っ」とひよりと天花が顔を見合わせていた。

 だが、そんなところに加工した覚えはない。初めからあったのかどうかも覚えていなかった。

「それはやってない――シュミラクラ(ちゃ)うか」

 戸惑う俺に、智奈子が訝し気な表情を向けて来る。

「ね、優孝さん、もしかしてわたしの元だんなと知り合い?」

「え? いや知らんよ。なんで?」

「この顔、なんか似てる気すんのよね、元だんなに――そやけ知り合いなんかな、で、写真使(つこ)たんかな思て」

 首を傾げる彼女の手から、いきなり佳生が写真を引っ手繰った。

「優孝、この写真どこで撮った?」

 写真から目を離さず訊いてくる。

「自分で撮ったん違うよ。ネットのフリー画像や。詳しい場所知らんけど、県内の山の中やった思うで」

 そう返したが、佳生は眉を顰め、写真を食い入るように見つめて黙ったままだった。

「そらそうと、ちなちゃんの元だんなさん、ある日出張行ったまま失踪したんやっとな?」

 天花がおずおずと訊く。

「えっ!」

 俺と瑛司、真一が同時に声を上げた。佳生からそういう話を聞いたことがなく、まったく知らなかった。

「捨てられたいうて傷心のちなちゃん慰めたんが佳生くんなんよ」

 女性陣は共有していたらしく、話を続ける天花をひよりが肘で突いた。センシティブな問題の公開を懸念したのだろう。

 だが、智奈子はすでに過去だと割り切っているのか、

「気にせんでええよ。捨てられてから三年以上経ってるし、わたしもう(よし)くんの嫁やし」

 そう言いつつも、いまだ怒りが燻っているようで、ふんっと鼻息を荒くした。

 佳生が智奈子を手に入れられたのはそんな事情があったからなのか――

 言い方悪いけどラッキーやったんやん。

 そう思いながら視線を向けると、顔面蒼白で写真を見つめたままの佳生は、今にも膝が崩れ落ちそうなほどがたがた身体を震わせていた。

 ホットプレートの上で焼け焦げた肉が煙を上げていた。




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