ロープ2
ぎょっとした。懐中電灯の光に浮かぶ床に誰かが倒れていると思ったからだ。でも人にしては細すぎる。もしかして白骨死体か?
夜中、肝試しに来た廃工場で近藤や小池たちとはぐれ、まだかすかににおう機械油のにおいを嗅ぎながらみんなを探していた時、数メートル先に倒れているものを見つけた。
恐る恐る近づく。
死体なんて発見したら警察を呼ばなければならないじゃないか。近藤に無理やり誘われ、中学生のくせに親に内緒で家を出てきたことがばれてしまう。
だが、死体だと思ったものはただの古いロープだった。うまい具合にあちこち捩じれて人の形に見えたのだ。
ロープだとわかればもうそれにしか見えない。
さっきは何で人が倒れているように見えたのだろう。
ここが頭でここが右腕、で、ここが――
なるほどうまく人の形になっている。もしかして以前ここに来た奴らが悪戯でそう見えるようにしたのかもしれない。
びっくりさせるなよ。僕はこんなものに構ってる場合じゃないんだ。早く近藤たちを探さないと。こんな気味わるい場所に置き去りなんてまっぴらごめんだ。
そう独り言ち、懐中電灯を前に向けてロープを後にした。
かさっ。
微かな物音が背後から聞こえた。
光を向けるとさっきのロープが立っていた。まるで人のように二本の脚で。
かさ。かさ。
あちこち鳴る音に順に光を向ける。埃のかぶった大きな機械の後ろからロープの輪がいくつも見えた。まるで頭を出してこっちを見ているみたいだ。
ははーん。あいつらの仕業か。はぐれたと見せかけて、本当はドッキリを仕掛けていたんだな。
「やめろよ。そんなもの怖くないぞっ」
どういう仕掛けなのか、さっきのロープ人が一歩、一歩近づいてくる。機械の後ろにいるロープ人たちも細い全身を晒して一歩一歩前に出てきた。
「うまいこと作ってるなぁ」
工場の鉄骨階段や点検歩廊が縊首を行い易いためか、ここは自殺の名所。そして自殺者の霊が彷徨う心霊スポットとしても有名だ。それにちなんで僕をロープごときで怖がらそうとしているのだろう。ちょっとした肝試しなのに手が込んでいて感心した。
このロープ人は操り人形みたくピアノ線か何かで吊り下げられているのか?
段々近づいてくるのに、仕掛けが一向にわからない。
でも……これって近藤らに作れるものなのか?
戸惑っている間に目の前まで来た。
頭部に見立てた輪っかがくたりと倒れ、僕の首に掛かる。
「え? ちょっ……え? え?」
ただの古ロープになったそれは上へと伸び、歩廊の鉄骨に着くとぐるぐる巻き上げ始めた。徐々に身体が持ち上がり首が締まっていく。息が出来ずにじたばた足掻いたがどうやっても外れない。
「……た……すけ……こん、どう……こ、いけ……たにや、ま……」
藻掻きながら――僕は思い出した。
これは肝試しじゃなかった。あいつらは仲間じゃなかった。
僕は近藤たちのいじめに耐えかねて一人でここへ自殺しに来たんだ。
点検歩廊の手すりに括り付けたロープを首に掛け飛び降りた。
仲間とか、肝試しとか、ロープ人とか、死に際に見た幻覚なんだ――現に今も自分の隣で幾本ものロープ人が楽し気に揺れているじゃないか。
ああ、違う。ロープ人じゃない。それぞれ輪っかには青黒く腫れた顔や腐敗して溶けた顔が掛かっている。
これは僕と同じ、ここで縊死した人たちだ。
*
「な、これ佐野じゃねえか?」
小池がニュースを映したスマホを近藤に向けた。
記事には自殺スポットで有名な隣町の廃工場で縊死体が発見されたと書かれているだけで、遺体の身元は書かれていない。
だが、小池の言う通り近藤もこの遺体は佐野だと思った。いじめていた佐野に「もう死ねよ」と言って、その自殺スポットを教えてやったからだ。佐野はその日以降学校に来ていない。家出して行方不明だという噂が校内でちらほら囁かれ始めていた。
「あいつだろうな」
近藤はにやりと口角を上げると、小池も「ほんとにやったんだな」と嗤った。
「じゃあまたな」
「おう」
小池と別れ、近藤は家路を急いだ。
この先には民家の灯も見えないほど高い塀の続く――しかも薄暗い街灯しかない路地がある。
小池や他の仲間たちには内緒だが、近藤は暗闇が怖い。だからいつもその路地を全速で走り抜ける。
路地に曲がり、走り出そうとした瞬間、道の真ん中に人が倒れているのに気付いて近藤は心臓が痛くなるくらい驚いた。
だが、人にしては細い。まさか白骨死体?
恐る恐る近づいた近藤は、「ちっ、脅かすなよ」と安堵を含む舌打ちをした。
倒れている人に見えたのはただの古ロープだった。
うまい具合に捩じれていて、人の形に見えているだけだったのだ。ご丁寧にも頭の部分は輪っかになっている。
何に使われていたのか、黒い染みでひどく汚れているのが薄暗い中でも見て取れた。
「気色悪ぃ……」
呟きながらロープを跨いだ。
とっとと走り抜けよう。
そう思った時、かさっと背後から音が聞こえ、思わず振り返ってしまった。
「え……?」
ロープが人のように立っている。
首に当たる部分がゆっくり捩じれ、輪っかが動く。まるでこっちを振り返るかのように――
完全にこちらを向いた輪っかには赤黒く膨れ上がった佐野の顔が掛かっており、飛び出た眼球でじっと近藤を見つめていた。