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恐怖日和  作者: 黒駒臣
126/132

ロープ1

  

  

 残業のため帰宅が深夜になったオレは帰路途中の路地を歩いていた。

 オレはここが嫌いだ。

 昼間でも薄暗く、あまり人通りがない。夜にもなるとさらに不気味さが増す。

 何本か立っている電信柱には防犯灯が付いてはいるが、その光はいつ見ても弱々しく震えていて薄暗い。

 選べられるならもっと明るいところを帰りたいが、家に帰る道はここしかなかった。


 この路地を嫌いな最大の理由。

 それは丁度道の真ん中辺りに気味の悪い廃屋が存在しているからなのだが、その禍々しく黒いシルエットに段々と近づく。

 とっとと通り過ぎてしまおう。

 そう思い速度を上げかけたが、ぎょっとなって思わず立ち止まってしまった。

 廃屋の門前に誰かが倒れているのだ。いや、人にしては細い? まさか白骨死体か?

 意を決し、恐る恐る近づく。

「なんだぁ」

 オレは声とともに安堵の吐息を漏らした。

 人に見えたのはただの汚れた古ロープだったのだ。うまい具合にあちこち捩じれ、人の形に見えるだけだ。

 近所の悪ガキどもがいたずらでもしたのだろう。

 オレは胸を撫で下ろし、再び歩を進める。

 何年か前まではただの空き家だったここはその後も住む人がなく荒れ放題となり、いつしかお化け屋敷と呼ばれるようになった。

 時代掛かった門柱や石塀は重厚で立派だが、重く暗いイメージが今のセンスに合わない。盗まれでもしたのか門扉はなく、玄関周りには丈高い雑草が蔓延り、ガラスの引戸は格子の枠だけになっている。

 そこから見えるはずの屋内は昼間でも真っ暗で、目を凝らしても内部が見えないという噂がある。

 門前を通り過ぎる時、そんな噂をつい思い出し、オレは門の中が見えないように薄眼でロープを避けてその場を通り過ぎた。

 そう、オレはとても怖がりなのだ。

 お化け屋敷と呼ばれているだけで、お化けなど存在しないと頭ではわかっている。わかっているが怖いものは怖い。

 二軒隣の垣根の前で足を止め、ふうと長い息を吐いたオレは無意識に呼吸を止めていたことに気付いて苦笑した。

 だが、ここで足を止めたことを後悔する。さっさと家路を急げばよかった。

 背後からかさっと音がして気配を感じた。

 見るな。見るな。見るな。

 頭の中で警告が響いているのに振り返ってしまった。

 怖がりのくせに恐怖の原因を確かめずにはいられないのだ。そして必ず後悔する。

 廃屋の門前には人型の、あのロープが立っていた。

 一瞬息が止まり、怖気が背中を這い上がって皮膚が粟立つ。

「うわああああああああああ」

 自分の悲鳴に弾かれ、オレは走った。

 きっと見間違いだ。だがもう一度振り返って確かめることができない。

 本当にあのロープが立っていたら。それが追いかけて来ていたら。

 怖い。怖い。怖い。

 恐怖が頭の中を駆け回り、冷静な判断が出来ない。

 いくつか角を曲がると自宅が見えてきた。あと数メートルの距離。

 帰宅の遅いオレのために両親が玄関灯を点けてくれている。その光にこれほど大きな安心感を今まで感じたことなどなかった。

 二階の妹の部屋にもまだ明かりが点いている。

「ビビり兄貴」

 いつもそう言ってオレを嗤うが、嗤われても馬鹿にされてもいい。

 早く、早く帰るんだ。

 あと三メートル、あと一メートル、もう少しで門扉に辿りつく。

「!」

 伸ばした手があと(わず)かというところで止まった。

 右足に何かが巻き付いてきたのだ。ぐるぐると足首から脹脛(ふくらはぎ)へと巻き進み、思い切り引っ張られた。

 (うつぶ)せに地面に叩きつけられ、「うぅっ」と(うめ)き声が漏れる。

 胸の辺りまで巻き付いてきたものを確かめたオレは、それが汚れの沁み込んだあの古ロープだと気づいたが、悲鳴を上げる間もなく口元まで覆われた。

 強い力で今来た路地を凄まじい速さで引き摺り戻されていく。

 我が家の灯は遠ざかり、すぐ見えなくなった。

 額や鼻がアスファルトに擦れて血の臭いがする。

 痛みに耐え兼ねて顔を持ち上げていたが、それも力尽き、引き摺られるままになるしかなかった。

 やがてあの廃屋の石塀が見え、自分の身体が扉のない門内へと引き摺られていく。蔓延る雑草が引き千切れて血のにおいに青臭さが混じった。

 引き戸が開くがたがたという音が聞こえ、身体が敷居を乗り越えた。

 ガラスのない引き戸がぴしゃりと閉まるのが見えた。



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