白い手
満月が照らす田舎道、車で帰宅中の男はヘッドライトに浮かんだ道路脇の木立の陰から白い手が自分を招いているように見えてぎょっとした。
通り過ぎる一瞬のことで、見間違いに違いないとそのまま忘れてしまえばよかったのだが、男は気になって仕方なく、思い切って車をUターンさせ、確認に戻ることにした。
「たしかこの辺りやった……」
路肩に車を止めて、大体の場所まで徒歩で近づくと、
「あははは」
男はあまりにおかしくて笑った。
招く手と見えたのは、誰かが捨てたのか枝に引っかかる薄汚れた軍手だった。
「オレ、どんだけ神経質になってたんや」
男はきょう職場で嫌な話を聞いたせいだと苦笑した。
同じ部署の女性社員が自殺したという。
女性は男の恋人だった――と、思っていたのは女性だけで、男の本心はただの遊び。
結婚願望を強く押し付けてきた女性に嫌気が差し、別れを切り出した途端の自殺――
そんぐらいで普通死ぬとかせんよな……他に死にたいほど悩みあったってことよな……
遺書もなかったらしく、男は自分のせいではないとそう思い込もうとしていたが、それでも心のどこかに罪悪感があったのだろう。
「そやさけ小汚い軍手が白い手に見えたんやな」
彼女の艶めかしい白い手が男の記憶に残っている。だがそれだけだ。
男は車に戻るため踵を返した。
その肩に女の白い手が乗っていることを男はまだ気づいていない。