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恐怖日和  作者: 黒駒臣
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復讐完了

  

  

 小学校の帰り道、少年が塀の上で丸まっていた野良の三毛猫に思い切り石をぶつけた。

 猫はぎゃっと鳴きながら跳躍して逃げた。

 少年はにやりと口角を上げ、また石を拾ってその後を追いかける。

 路地裏を走る野良猫は雑草が生い茂る空き地に入り込み草の陰に身を隠した。

 だが、少年にはその場所がお見通しで、追いかけていた足を止めると、今度は忍び足で猫の背後へと歩を進めた。

 追いかけてこないと思ったのか、野良猫はその場所に留まったまま、先ほど石をぶつけられた横腹の辺りを舐め始めた。

 少年は途中でランドセルを下ろし、空き地に置かれていたブロックを持つと再び猫へと近づいていく。

 そしてその頭めがけてブロックを振り落とした。

 野良猫は、今度は鳴き声を上げることなく気絶し、ぴくぴくと身体を痙攣させた。

 にやにや笑いを浮かべた少年はズボンのポケットから雑に丸めたビニール紐を取り出すと猫の首に巻き付け思い切り引っ張った。

 さらに身体を痙攣させた猫は口の隙間からだらりと舌を出すとぴくりとも動かなくなった。

「復讐完了」

 少年はそう言ってふふんと鼻で嗤った。

 つい最近この猫に引っ掻かれたことを少年は根に持っていたのだ。ふいに頭を撫でようとして驚かせた自分の非は棚に上げて。

 首に巻いた紐をそのまま、猫の死骸を草むらに置いて少年はランドセルを背負うと鼻歌を歌いながら空き地を後にした。


 しばらくして担任から殺された野良猫が空き地の草むらで発見されたと話があった。

 すでに昨日、不審者を見かけたら速やかに連絡するようにと、注意喚起の連絡網が各家庭に回ってきていた。

 きっと腐敗した臭いで死骸が見つかったんだな、と少年は思った。

 クラスは不穏な雰囲気が漂い、ほとんどの女子は怯えて青い顔をしている。軽薄な男子たちは、「臨時休校にならないんですかぁ」と訊いて先生に叱られていた。

 少年は学校中を騒動させていることが楽しく、心の奥でほくそ笑んだ。

 また野良猫を殺したら、今度はどんな騒ぎになるんだろう。

 新しい野良猫が見つかったら、今度はもっと残酷な方法で()ってやろう。

 少年はあれやこれや思いを馳せてわくわくした。


 放課後、帰路途中の路地裏から猫が目の前に飛び出してきた。これも三毛で、少年の存在に気付き、慌てて反対方向へと逃げていく。

 今は何の道具も持っていなかったが、捕まえてどこかに閉じ込めておけば、後でゆっくりと楽しめる。

 少年はにやっと笑って追いかけた。

 猫は植え込みや塀の隙間に逃げ込まず、路地をまっすぐ逃げていく。

 少年はこれなら捕まえられると、どんどんスピードを上げた。

 先はT字路になっていて、猫は突き当りを右に曲がった。

 スピードを落とすことなく、少年も同じく右に曲がった。だが、目の前に軽トラが迫ってきて、驚く運転手の顔がガラス越しに見えた。

 正面衝突した少年の身体は吹っ飛んだ後、地面に落ちた。


 ピ、ピ、と音を立てる心電図や生命維持装置に繋がれた少年の点滴の様子を確認しながら夜勤の看護師はそっと溜息を吐いた。

 かわいそうにまだ小学四年生だというのにこんな大怪我をしてしまって。

 辛うじて命が繋がったもののいまだ予断を許さないし、もし危機を脱したとしても全回復までは時間がかかるだろうと哀れに思った。

 先輩は休憩に入っている。

 集中治療室の重篤患者は、今晩はこの少年だけだった。

 状態の確認後、看護師はカルテにチェックするためデスクに戻ろうとした。

 念のために少年のバイタルモニターの変化がないことを再度確認する。

 にゃあ……

 猫の鳴き声が聞こえた気がして看護師は首を巡らせた。

 にゃあ……

 声は自動扉の向こうから聞こえる気がする。

 いるはずがないとわかってはいるものの、看護師は吸い寄せられるように扉に近付き、スイッチに手をかざして自動扉を開けた。

「え……」

 仄暗い廊下に猫がいる。

「え? ちょっ……ええっ!」

 看護師に見つかった猫は暗い廊下を走って逃げた。

 病院内では犬猫など動物の入室は禁止されているし、もちろん野良の侵入も厳重に注意している。

 それを掻い潜り入り込んできたのか――

 看護師は猫の後を追った。

 しなやかな身体で廊下を抜け、階段を上がっていく。

 どこからきたのか、いつどうやって入り込んだのか、誰かが連れ込んだのか、勝手に入ったのか――ぐるぐる考えている間に、気付けば一般病棟のある階まで来ていた。だが、そこで猫を見失ってしまった。

 廊下の隅に置かれた飲料自販機のぶーんという微かな音ではっと我に返った看護師は、猫のせいとはいえ持ち場を離れたことを反省しつつ、急いで集中治療室に戻った。

 中に戻ると、緊迫した状況になっていて、看護師は血の気が引いた。

「山田さんっ、なにしてたのっ!」

 忙しく動き回る先輩看護師が怒鳴る。

「すみません、猫がいたんで捕まえようと追いかけて……」

「猫ぉ? んなわけないでしょっ! 佐藤貴也くんが急変したのよっ! まだ予断を許さないっていうのになぜついてなかったのっ!」

 叱責の荒い声を上げながらも先輩看護師は必要な器具や薬液を次々準備している。

 看護師も慌てて作業に加わった。

 すでに当直の医師が救命処置を施している。

 準備の済んだ医療ワゴンを押してベッドに近付いたが、少年の顔色も、うっすらと開いた目の奥もすでに生者のそれではなく、看護師は自分の至らなさが申し訳なくて泣きたくなった。だが、

「これはなんだっ?」

 医師の突然の声に驚き、看護師は先輩と思わず顔を見合わせ、酸素吸入器のチューブを持った彼の手元を覗き込んだ。その細い管の中に端から端まで何かがびっしりと詰まっている。

 医師はチューブをはずし、鑷子(せっし)を使って中身を少し穿(ほじく)り出して手のひらに乗せた。

 それらは白や茶や黒色をした動物の毛――そうまるで猫の毛のように見えた。



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